第10話 差出人

「和泉」


 静まり返った部屋に雪平の声が小さく響く。


 初季は女房に連れられて出て行ったため、室内には雪平と和泉の二人だけだ。

 雪平と視線を合わせまいと、和泉はあからさまに視線を逸らした。


「そなたの妹、あれは何だ?」

「……何だと言われましても。やはり気付いておられましたか」


 和泉はまだ千歳が女であり妹の初季であることを雪平に告げていなかった。大内裏で初季は親王から魔を退けた功労者として祭り上げられている。注目されている初季が実は女だったなどと知れればただでは済まない。


 雪平が初季が女であると察していると気付いたのは初季が最初に運ばれた部屋からわざわざ私室に移した時だ。


 雪平は犬が消えた後すぐに起き上がった。起き上がった雪平は丁重に初季を運ぶよう命じ、一度運ばれた部屋から雪平の私室へと移動させたのだ。


私室に入れることすら普通はしないことだが部屋を移した後は女房達にも触れさせず、自ら看病していたのである。


 私室への出入りを許された和泉はいつ真偽を問い質されるのかと内心はびくびくしていたが、最後まで初季に関して問われることはなかった。


「当然だ。はぁ、初めて見た時は拙くも懸命に舞う姿が健気で可憐だと思っていたというのに。詐欺ではないか」

「騙される方が悪いんですよ」


 悪役じみた台詞を和泉は口にする。


「あぁ、私は上手く騙されたようだ。文を贈った男どもに忠告してやりたい。この娘でいいのかと」

「散々、私が申し上げたではありませんか」

「覚悟はしていたがここまでとは思わなかった。あの様子では私の文は読まれてないのだな?」

「おそらく……再三、贈られた文には返事をするようにと言ってはいるのですが」


 雪平に頼まれて何度か文を渡したが、おそらく一度も目を通していないだろう。


 高級和紙に香を焚きつけ、季節の花を添えたものだ。普通の女であれば、どこの公達なのだろうか、どんな人物なのかを想像して胸をときめかせると思う。


添えられた花は飾ったり、押し花にして楽しんでいたが。


「いつから女だと気付いておられたのです?」

「冬姫が私を馬から降ろそうとした時だ。まさかとは思ったが、見間違えるはずもない。そもそも何故、姫を連れて来たのだ?」


 和泉は流鏑馬を欠場出来なかった理由とその経緯を話した。


「なるほど。周りがはやし立てたか。腕の怪我は運が悪かったな」

「えぇ、万が一の事があっては困るので、確実に勝てる方法を取りました」


 賭けた物が金銭ならば不戦敗で懐が多少痛くなるだけだから良かった。しかし、負けたら初季との逢引きを手伝わなければならなくなる。それだけは絶対に嫌だった。


しかも、あれだけ惚れた腫れたと言いながら、初季だと気付かずに馬鹿にしたのだ。


雪平はその点、助けに来た男が初季だと見抜いたのだから凄いとは思う。

女は馬になど乗らないという先入観が初季が女であることを隠すよい隠れ蓑になると踏んでいたが甘かったと和泉は反省した。


「事情は理解した。ここにいる間は男として振る舞ってもらうのが良いだろう」

「感謝致します」


「和泉、そなたはこの御殿付近の警護をせよ。自由に出入りして構わぬ。姫に顔を見せて安心させてやるが良い」

「ありがとうございます、宮様」


 和泉は額を床に擦り付けるほど深く頭を下げ、心から感謝の気持ちを示した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る