第4話 兄と妹

「おい、これ」


 脇息に寄り掛かり本を読んでいると御簾の中に男が一人、断りもなく入って来る。


「いらない」


 差し出された幾つもの紙束を一瞥して言う。


「いやいや、読めよ! せめて受け取れよ!」

「お帰り。お菓子あるけど食べる?」


 喚く男の言葉は無視して櫃に入ったお菓子を勧める。


「食べる、食べる……って話聞けよ」


 初季の隣に腰を降ろし、菓子を口に運ぶ。


「で、腕の調子はどう? 兄上」


 目の前で菓子を頬張る男は初季の兄である和泉だ。

 和泉は朝廷に努める武官だ。家柄と武術の腕を見込まれ内裏の警護を許された高位の武官である。


「お前、話し逸らすつもりだな」


 もぐもぐと口を動かしながら初季は頷く。


 霜月の舞姫を務めてからというもの、初季の元には引っ切りなしに男から文が届くようになった。


 初季は今年で十八歳になる。同じ年頃の姫達は結婚している者も多く、身内にも事あるごとに結婚の話を持ち出すのでうんざりしているのだ。


「お前、頼むから受け取って、読んで、返事を書け。文の催促をされる俺の身にもなってくれ」


「君が預かって来た文の山を片付ける私の身にもなってみろ」

「片付いてねーじゃねぇか」

「片付かないんだよ、量が多すぎて」


 初季は文の山に視線を落とす。文箱に収まりきらず溢れ返っている。

 和泉が邸に戻る度に文を預かってくるので裁ききれないのだ。


「その気がないなら、そう書け。いや、そのまま書くなよ? 直球は駄目だからな」


 始めは体調が悪いと言って誤魔化してくれていたのだが、これ以上引き摺ると物の怪に憑かれたと噂が流れかねない。


「病気説もそろそろ限界か……別の手を考えないと」

「いや、考えなくても返事書いて断れよ」

「だいぶ経つのに何でこんなに……」


 霜月、師走、睦月、如月、弥生、卯月と月日は巡り、冬を越え春を迎えた。

 日差しが温かくなり、間もなく桜が咲く季節となった。庭にある桜の蕾も大きく膨らんでいる。


「そういえば、流鏑馬出るんじゃないの? その腕で大丈夫な訳?」


 桜が見頃を迎えるのに合わせて春の宴が催される。妓女達の舞、楽の音を楽しみながらの花見である。宴の余興で行われる流鏑馬の大会に和泉は毎年のように参加している。しかし、少し前に腕を傷めてしまい治ったばかりなのだ。


「その件について話がある」

「?」


 珍しく真剣な表情をする兄に首を傾げる。


「俺の代わりに流鏑馬に出てくれないか?」

「……は?」


 何言ってんだ、この男。

 思いもよらない兄の言葉に初季は唖然として手にしていた菓子を畳の上に落とした。



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