第49話

 エルフ達がいた場所から離れたアーノルド達は途中で脱落していった騎士達と合流した後に何があったかの情報共有を行った。


「エ、エルフですか⁈」


 素っ頓狂な声をあげて驚いたのはパラクであるが、他の騎士達も驚きを隠せないのかザワザワとしていた。


 エルフなんてものは、もはや童話の中にのみ存在する伝説の生き物と言ってもいい。


 実際にその目で見なければ信じ難いだろう。


 そんな様子を遠くから見ているアーノルドにコルドーが声をかけてきた。


「ですが、よろしかったのですが?」


「何がだ?」


「残りの者達を確認なさらなくとも・・・・・・」


 正直後ろのフードを被った連中は怪しすぎた。


 単純に考えれば攫われたエルフの子供が4人と助けにきた大人のエルフが3人という構図である。


 だが、どうにも怪しさを拭えなかった。


 なので後顧の憂いを断つためにも確認するべきだったのではないかとコルドーは思ったのだが、アーノルドはそれをしなかった。


 主君の決定に異を唱える気などなかったが、アーノルドがどのように考えているのか臣下としては知りたかった。


 それによって今後の行動も変わってくるからだ。


「確かに怪しさはあった。攫われたにしては子供の数も多かった。今のエルフの子供の数がどうなっているのかはわからんがな。それにあのトーカとかいうエルフと違って、あのとき残り2人の大人共は敵意を向けてくることはなかった。・・・・・・少なくとも私には感じ取れなかった。これもあのエルフが言うように全員が全員同じ考えではないという主張から否定できるが同じエルフならば少しくらい反応してもいいはずだ。全く反応がなかったのは不自然に思った。そして契約者の存在。もしあいつらが契約者ならば限りなく面倒なことになる可能性がある」


 エルフと交渉したということはどこかの貴族に捕まっていたエルフの子供達を助ける代わりに何かを要求したはずだ。


 貴族を相手にできるということは同じ貴族か大きな組織に属する者ということになる。


 もし奴らが契約者の従者や仲間、もしくは本人なのであれば、確認しようとすればそいつらが敵に回る可能性がある。


 正直言って今のアーノルドに無差別に敵を増やすような余裕はない。


 この戦争もさっさと終わらせてまずは自己研鑽に励むべきなのである。


 いつまでも臣下頼みでいるつもりなどなかった。


 クレマンなどはわかっていたのかもしれないが、アーノルドには目の前の3人以外に他のエルフが隠れているかどうかもわからなかった。


 最悪の場合、かなりの人数のエルフと戦わなければならない可能性もあったわけだ。


「正直私には全然わからなかったが、お前は後ろの2人の大人どもの強さを測れたか?」


 アーノルドには見た感じ全くの素人に見えたが、たかだ少し訓練しただけのアーノルドではその判断が絶対などと思うことはできなかった。


「そうですね。私もまだまだ未熟なので完璧に強さを隠蔽されていたのかもしれませんが、確かに全く強さは感じませんでしたね。あのフードにも認識阻害の魔法などがかかっていたのなら強さを欺くことも出来るやもしれません。それに森はエルフの領域です。それこそ溶け込むことなど容易でしょう」


「もし奴らがエルフならば問題はあのエルフよりも強いのか弱いのか。もし戦いになればおそらくあのエルフが私たちを足止めし、残りの2人が逃す算段だったのだろう。もしお前ならどっちにより強い者を置く?」


「・・・・・・そうですね。あのトーカというエルフの強さを前提とするならば、より強い方を逃す方にするかと。囮になる側が弱いのならばともかくあのエルフの強さは私でも1対1では勝てるとは断言できません。それならばできるだけあの者が時間を稼ぎ、あのエルフが数人に抜かれて逃げた方に追いつかれたとしてもさらに強いエルフが足止めをする。それに弱い者が護衛になるより強い者が護衛になる方がその段階までいったなら護れる確率は上です。そこまで迫ってきているということは精鋭になりますから。以上のことから、もしあの2人がエルフであったのならおそらくあのトーカなるエルフより実力が上だと考えられます」


 アーノルドもそう考えていた。


 エルフだったならば。


「では、エルフではなかった場合だ。考えられるパターンは奴が言っていた契約に関係がある者。もしくはエルフの子供が捕らえられていた貴族のところで一緒にいた同じく子供と大人の奴隷という可能性か。だが、奴隷だったにしては些か気が強かったがな」


 どの子供達も自己を持っておりビクビクと怯えていたわけではなかった。


 この国では奴隷の売買は基本的には禁じられているが、禁じられているからといってゼロなどということはない。


 エルフを奴隷とするようなやつならば人間の奴隷をもっていておかしくはない。


「確かにその可能性はありえそうですね。しかしその場合エルフの領域にまで連れていく気なのでしょうか?」


 コルドーはただ単に疑問に思い口に出してしまった。


「攫われたところまで送り届けるということも考えられるが、どうでもいいな」


「そうですね。それよりも私はあの子供がやたらとアーノルド様に敵意を向けていたのが気になりました。なぜ責めていたクレマン様ではなくアーノルド様にあれほど敵意を向けていたのか・・・・・・」


 普通であるならばエルフを虐めているように見えるクレマン達に敵意を向けるものである。


 エルフの子供といえど人間にしてみたら年齢的にはもう大人といっていいくらいは生きているのでアーノルドがトーカを虐めている人間の主人であると見抜いたということは考えられるが、どれだけ考えてもわからないことは考えるだけ無駄である。


「さぁな。だが、だからこそ私はあの集団の正体を明かすのを止めたのだ」


 その言葉にコルドーはピクリと固まった。


 アーノルドはエルフが正体を明かしてからはあっちの集団の正体を明かす気はなかった。


 あのエルフはしきりにあの者達に意識を向けていた。


 大事なものがまだそこにいるのか確認するかのように。


 そして親が子を猛獣から守るかのように。


「おそらくあいつらの正体を知れば戦闘になっただろう。あいつらが本当にエルフの子供であろうがなかろうが。ただの勘だがな」


 アーノルドには予言めいた勘のようなものが働いていた。


 奴らは逃す方がよいと。


「か、勘ですか?」


「ああ、それだけで戦闘になるような奴らなら、疑わしきは罰しよ、といま始末しておいてもいいかもしれない。だが、私はしない方がいいと思った。最終的な決断はただの勘だ。不満か?」


「いいえ、滅相もございません」


 本心からの言葉であった。


 コルドーは臣下となったからにはアーノルドを心の底から支えるつもりである。


 なのでアーノルドの考えを知りたいとは思ってもその決定に異を唱えるつもりなど毛頭ない。


「まぁ、私の勘が外れて後に面倒なことが起こればそのときに対処すればいい。少し楽観的すぎると思うか?」


 アーノルドも改めて考えると勘などと少し短絡的に物事を考え過ぎたかと思ったが、あのときはアーノルドの勘こそが絶対不変の真理だと確信し疑いなど微塵も持っていなかった。


 そして今もその決断を後悔などしてはいない。


「いいえ、私はそうは思いません。未来など起こってみなければ何もわかりません。ですが、アーノルド様の望む未来に導くのが我々臣下の役割です。そのために準備をし成し遂げるのが我々の役割です。主君、貴方様はただ思うままに行動すれば良いのです。そこに疑問を持つ必要はございません」


 そしてコルドーもまた一切の逡巡なく言いきった。


 自身のやることに一切の迷いなどなかった。


「しかし、選択を迫られるときに迷われることはあるでしょう。そのときに大事なことはリスクを徹底的に取り除くことでも、リスクから逃げることでもないと私は考えております。のちに後悔をしない選択をすることです。後悔しなければたとえそれが悪い選択であったとしてもあとで良い結果に変えることはできます。しかし一度した過去の選択というものは絶対に変えることはできません。だからこそ選択するならば後悔しない選択をすることをお勧め致します」


 コルドーは片膝をついて力強い瞳でアーノルドを貫いた。


「良い選択をしたいと思うのは人間の性だな。だが、後悔のしない選択か。覚えておこう。まぁ、奴は加害者にしか累は及ばんと言ったのだ。一先ずはそれを信じるとしよう。目先の問題もまだ片付いていないしな。もしもの時は頼んだぞ?」


 アーノルドはフッと笑いアーノルドに視線を合わせるように跪いていたコルドーの肩に手を置いた。


「は、お任せください」


 コルドーはアーノルドのその行動に感涙に咽ぶ思いであったが、先ほどの出来事を思い出し素直に喜ぶことはできず歯噛みした。


 1対1では勝てるか分からないと見栄を張ったが、コルドーはあのとき公爵を前にした時と同等の圧を感じ、敵であるかもしれないエルフ相手に畏れを抱いた。


 あのエルフを前にして、実力など関係なく心に鬼という幻想を作ってしまった。


 それはあの3人を除く他の騎士達も同様であった。


 口ぶりからして8000年前の当時を経験している長老クラスに差し掛かっているであろうエルフが相手とはいえコルドーはそんな自身の弱い心を看過出来なかった。


 少なくともコルドー達は騎士として心で負けるなどということを許すわけにはいかなかった。


 人間だから、数千年も生きたエルフだから、など関係ない。


 まだ戦ってもいない内から心が逃げるなど騎士としてあってはならない。


 そしてその引け目に拍車をかけるように起こったのが、アーノルドへ敵意が向けられたときのことである。


 コルドーもすぐに動こうとはしたのだが、そのときにはもう3人がエルフを押し倒していた。


 さらにクレマンが言うにはあのエルフが抵抗する気がなかったから簡単に押し倒せたが、もし本気で抵抗していたならあれほど簡単にはいかなかっただろうと言っていた。


 あれだけの速さで対応しても簡単ではないのにコルドーの速さでは到底主君を守ることなどできないと唇を噛んだ。


 あの3人との実力の差を改めて感じ、大騎士級になって慢心していたのではないかと思いコルドーは気を引き締めた。


 自らの主君を決めた以上もはや自分が弱いことは罪である。


 改めて自らの力とコルドーは向かい合っていた。


 ――∇∇――


「クレマン様、クレマン様〜」


 場にそぐわぬふざけた声がクレマンの耳に入った。


 クレマンは振り返るまでもなくそれが誰かわかった。


「前にも言いましたが私に様をつける必要はございませんよ。それで何用ですかな、ロキ様」


 クレマンは振り返り、ニヤニヤと軽薄そうな笑みを常に浮かべている人物を見た。


「ちょっとお尋ねしたいんですが、何でアーノルド様はあれに耐えられたんだと思います?自分で考えてもこれっぽっちも分からなくて。最初は相手の方がアーノルド様を誘い出しているのかとも思ったんですが、どうもあれを見る感じそういう風じゃなかったですし。そうなるとなぜまだまだ未熟なアーノルド様があれに耐えられたのか不思議で不思議で・・・・・・」


 ロキは大袈裟な身振り手振りを加えながらその笑っていない細い目でクレマンの変化を探ろうとしたのだが、ロキの内心は一瞬で焦りへと変わった。


「少々口が過ぎるのではないですかな?」


 一見穏やかな口調ではあるがそれ以上主人を侮辱するのならば容赦はしないとその雰囲気が物語っていた。


「失礼しました。驚きのあまり失言してしまいました」


 ロキは恭しく一礼し謝罪をしたのだが、この男が丁寧に言えば言うほど胡散臭くなり白々しい演技をしているようであった。


 クレマンは心の中でため息をついた。


「まぁいいでしょう。それと質問にお答えすると、あれに耐えられた原因は私にも分かりかねます」


 クレマンの返答を聞いたロキは答えを聞いたわけでもないのに1人で狂喜していた。


「ってことは、あれがやっぱりアーノルド様の潜在能力ってことですかね⁈アハハ、いいね、いいね、最高だよ!あのお方は本当に僕を楽しませてくれる」


 ロキが浮かべる表情はとても人に見せられるようなものではなかった。


「ロキ」


 クレマンが鋭い声でロキを呼んだ。


「はい?」


 悦に浸っていたロキは邪魔をするなと言わんばかりの声色で返事をしたが、すぐに後悔することになった。


「・・・・・・貴方の趣味を邪魔する気はございませんが、それが我が主人の害となる場合・・・・・・賢い貴方ならばわかりますね?」


 クレマンは言葉にしなくてもわかるほどの明確な殺意を叩き込んだ。


 いや、実際には叩き込んでいない。


 ただ単にロキが錯覚するほどの無言の圧を感じただけだった。


 その場合はお前を殺すという無言のメッセージを。


 それを受けとったロキは表情に笑みを浮かべながら飄々としていた。


「大丈夫ですって。流石にそこまで馬鹿じゃないですよ」


 降参といった感じでロキは手を上げ手首から上をぶらんぶらんとさせた。


「今回の件も貴方の差金だという風に報告を受けておりますが?」


 この戦争の引き金となった女に魔法をかけたのは目の前にいるロキであった。


 だがそう言われようと全く悪びれる様子のない態度で首を傾げていた。


「確かにそうですが・・・・・・、何か問題でも?」


 ロキは飄々とおちゃらけた態度を崩さなかった。


 悪意のある行為ならば処罰すればいいがこの男の悪意のない善意というものほど厄介なものはなく、さらにこの男は自他問わず困難な状況を楽しんでいる節もある。


 トリックスター。


 扱いを間違えなければ優秀であるが、扱いを間違えれば問題だ。


「良いか悪いかでいえばどちらでもない・・・・・・でしょう。今のところはですが。使用人としては出過ぎた真似ですが、確かに貴方の行いが悪い選択とも言い切れません」


 クレマンはアーノルドがどう動こうと基本的には見守り、所々助言をし導いていくという姿勢であったがアーノルドがしようとしていた行き過ぎた使用人の放置はクレマンは悪手であると思っていた。


 たとえ後に一掃するとしても最初についたイメージというのはなかなか離れない。


 一度弱いというレッテルが貼られた者が強い者に勝ったとしても、まぐれや運が良かったなどと言われ、強者側もまた弱者に負けたことを認められない。


 一度染み付いた意識を変えるのは難しいからだ。


 それに早いうちに自らの力を見せることも大事であると考えていた。


 そういう意味では今回の戦争は渡りに船であった。


 だが、それでも早すぎるのだが。


「でしょ、でしょう!」


 ロキは我が意を得たりと言わんばかりの勢いでクレマンに迫った。


「ですが、独断専行は褒められません。結果的には悪くなかったというだけの話です。アーノルド様を貴方の趣味に巻き込んで良い理由にはなりませんよ。少々分を弁えなさい」


 クレマンは先ほどとは違い優しい声色であったが、ロキはクレマンから悪魔のようなオーラを幻視した。


 これ以上踏み込めば死地に踏み込むというのがまざまざとわかった。


 ロキはそういう一線を見極めるのが異常にうまかった。


「失礼致しました。これからは自重致します」


 ロキが真面目な声色でそう言うとニヤッと底意地の悪い笑みを浮かべた。


「で、も〜、クレマン様だってど・く・だ・ん・せ・ん・こ・う、したじゃないですか」


 アハっとふざけた態度でクレマンに迫った。


 今度は自分が責める番だと、楽しそうに意地の悪そうな笑みを浮かべていた。


「そうです。だからこそ反省しているのです。私がやったからといって貴方もやってはいい理由にはなりませんよ」


 クレマンの自身の非はわかっているのか先ほどまでの棘はなかった。


 ロキはそんなクレマンを見てピタッと動きを止めたかと思えばため息を吐いてクレマンから距離をとった。


「・・・・・・でも、よかったですね。やっと念願が叶ったんですから。それで、アーノルド様に仕える決心はついたんですか?」


 ふざけた態度から一転してロキは真面目な声でそう言った。


「いいえ、私はまだ誰かに仕えるには未熟過ぎます。アーノルド様の罰もまだ完遂していない身で臣下になることを願い出るなど汗顔の至りですよ。パラク様とコルドー様にも合わせる顔がございませんよ」


 クレマンは申し訳なさそうな顔で首を振った。


「ふ〜ん、考えすぎだと思うけどね〜。力になってあげた方が嬉しいでしょ」


「いいえ、アーノルド様は他者を頼りにするような方ではございません。だからこそ我々が率先して助けるべきなのですが・・・・・・。そういう貴方はどうなのです?ロキ」


「そうだね。僕もまだ決めかねているよ。確かに興味を惹かれる存在ではあるけど・・・・・・、まだ決めるのは流石に早いよね。あの少年もコルドーもなかなか思い切ったことをするよ」


「それだけアーノルド様に惹かれる何かがあるということでしょう。斯く言う私もその1人ですが。ところで、他の御二方はもう拝見したのですか?」


「ああ、見てきましたよ。あっちはあっちでなかなか面白そうでしたよ。ザオルグ様はあれから——」


 2人の密談のようなものはこの後も少しだけ続いた。


 ――∇∇――


 2人の男が天幕の中で座っていた。


「ふあぁ〜・・・・・・。侯爵様よ〜。まだ来ねぇのか〜?良い加減ここに座っているのも飽きてきたんだが。集めんのが早過ぎんだよ」


 ワイルボード侯爵の隣で頬杖をついて脚を組みながら偉そうに座っている大男のヴォルフは気の抜けたあくびをしながらギロリと侯爵を睨みつけた。


「ッチ!もう少し待っておけ‼︎もうその辺まで来ているという情報が来ている!お前の出番まで大人しくしておけ!」


 侯爵はイスから立ち上がりその前でウロウロとして苛立っていた。


 さっさと殺したくて仕方がないと、怨敵を早く仕留めたくて仕方がないと。


 だが、その感情も突然のギロチンの前には無力であった。


「おい」


 ヴォルフは突然低い声で侯爵を呼んだ。


 侯爵が振り返りその貴族たる自分への態度に文句を言おうとしたが、その男の野獣のような眼光を見ると怯んで何も言えなかった。


「俺に命令すんじゃねぇ。テメェに従っているのはテメェが俺との契約を守っているからに過ぎねぇことを忘れんな。俺はテメェの召使いじゃねぇんだからよ」


 ドンと足を地面に踏み込み侯爵を睨みつけると侯爵はヴォルフの気迫に狼狽して一歩下がった。


「あ、ああ。すまない」


 侯爵は怯えた顔で額に汗を浮かべていた。


 その頭の中に苛立ちの感情は隅へと追いやられていた。


「ふん。まぁいい」


 ヴォルフはそう言うと座に堪えないとばかりに椅子から立ち上がり天幕から出て行こうとした。


「お、おい。どこに行く⁈」


 爆弾を取り扱うように慎重な言葉で侯爵は問いかけた。


「ああ?暇だから少し遊びにいくだけだ。ちゃんと出番までには戻ってくるさ。どうせテメェが集めた軟弱な騎士共じゃあ相手にもならんだろうしな」


 ヴォルフは鼻を鳴らして出て行こうとしたが、侯爵が焦ったように更に声をかけた。


「戦力は4000も集めたのだぞ⁈相手は100人あまり、捻り潰すなど造作もないはずだ!それにわかっているのだろうな!お前の役割は私を守ることだぞ⁈」


「何度も確認すんじゃねぇよ!怖ぇなら戦場になんて出ようとすんじゃねぇよ‼︎それにテメェこそわかってねぇんだよ!数合わせの雑魚が何人いようが意味なんてねぇんだよ!」


 そう言ってヴォルフは天幕を荒々しく出て行った。


「〜〜〜〜〜‼︎どいつもこいつも私を馬鹿にしやがって!何故どいつもこいつも私に従わない!私は侯爵だぞ!」


 侯爵はヴォルフがいなくなった途端気を大きくし、髪を両手で掻きむしりながらそう叫んだ。


「はぁ・・・・・・、だが、最後に勝つのはこの私だ。天は私に味方した。いや、当然なるべくしてなっただけだ。この力があれば・・・・・・。あのクソ王子も私を馬鹿にしよって。この戦いが終われば私こそが正しいのだと証明出来るだろう。それすらわからぬ無能な王家になどもはや従う価値もないかもしれんな。この私が王としてこの国を統べるのも悪くないか?・・・・・・だが、そうなるとあの忌々しいダンケルノが邪魔をしてくるか?いや、今回の戦いに勝てば他の貴族共もこちらにつくだろう。どいつもこいつもあの男には煮湯を飲まされているだろうからな。フフフフフ」


 昔は典型的な権力を追い求めるバカな貴族という感じであったが、娘が出来てからは堅実に仕事をこなしていた。


 だが、娘を失った悲しみからか男は正常ではなくなっていた。


 昔の他者を追い落として自らが上に立ってやるという思考に戻ってしまっていた。


 娘が産まれる前に戻ることによって娘を失った悲しみを忘れるかのように。


「失礼しま——」


 報告のために入ってきた騎士は不気味に笑う侯爵を見て顔を引き攣らせ後ずさった。


「なんだ」


 侯爵は不機嫌そうな声でその騎士を睨みつけた。


「は、はい!ダンケルノ家の軍はあと1日ほどでこちらに辿り着くとの報告をしに参りました」


 その血走った眼で睨まれた騎士は内心即座に立ち去りたかったが、報告しなくても後で罰が下るため震える声でなんとか報告を終えた。


「そうか。もうよい。下がれ」


 騎士が足速に天幕から出ていくとまた不気味な笑い声が天幕から漏れ出ていた。


「フフフ、そうか。やっとか。やっと殺せるのだな」

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