第50話

 アーノルド達は最後に襲ってきた襲撃者を退治し、森を抜ける前に最後の会議をしていた。


「既に相手はこのように陣取っております。少数を相手取る陣としては無難なものでしょう。しかし想定よりもかなりの数を集めてきております。約4000人です。そのほとんどが民からの強制徴収でしょうが、その中に紛れてよからぬことを企む者もいるでしょう。十分お気をつけください」


 アーノルド達は最後の休憩場所で先に行って相手の陣形や数などを偵察してきた者から聞いた精度の高い情報を元に作戦を調整していた。


 偵察に行ってきた者は土に上に木の枝で敵の配置を書いていき、相手の陣形を伝えていた。


 しかしアーノルドはそこに大事なことが欠けていることに気づいた。


「相手の切り札はどこにいる?」


 今回の特異点。


 言ってみればそいつさえ抑えれば今回の戦いは終わったようなもの。


「それが・・・・・・見当たりませんでした。申し訳ございません」


 戦場を偵察に行った者が頭を下げた。


 偵察に行った者もその者を探しに行っていたのだが、侯爵のところにも、相手の将校らしきところにも、民兵達の集団の中にも、それらしき者はいなかった。


 あまり時間をかけることもできず、帰ってこざるを得なかった。


 だが、アーノルドは特に気にしてはいなかった。


 いや、気にしていないわけではないがそいつはコルドーに任せた相手である。


 だから、わからないとしてもアーノルドは侯爵に、そいつはコルドーに任せると決めているからである。


 アーノルドがやるべきは侯爵の捕縛、もしくは殺害。


 それ以外は些事である。


「逃げたか?どう思う、コルドー」


 アーノルドはその男のことをよく知っているコルドーに意見を聞いた。


 アーノルドに問いかけられたコルドーは思わずといった様子でフッと表情を緩めた。


「あの男が昔のままであるのなら逃げるということはないでしょう。大方暇なのでどこかで暇を潰しているといったところではないでしょうか」


 あの男が逃げることなどありえないと。


 あの人ならば嬉々として挑んでくるだろうという確信を持っていた。


「ならば、相手の数が増えただけで作戦に変更はないな。民兵がいくら増えようがどうでもいい。不測の事態には適宜対処しろ。私の判断を仰ぐ必要はない。敵は、全員殺せ。それと誰も死ぬことは許さん。全員で生還せよ」


 アーノルドは最後の命令を下した。


「「「は」」」


 ここまで色々とあったがあとは侯爵の首を取るだけだと気持ちが引き締まった。


 ――∇∇――


 マグル平原にある少し高くなった丘で侯爵は焦燥感に襲われながら苛々としながらアーノルド達が現れるのをいまかいまかと待っていた。


「来たか」


 少し高い丘の上にある天幕の前で侯爵は遠くにある森の入り口からアーノルド達が出てきたのをこの世界では希少な双眼鏡を使って目視した。


「報告します!ダンケルノ軍が森より出てきたのを確認致しました。数は約80から100ほど———」


「そんなことはわかっておる‼︎一々そのようなことを報告するな!射程圏内に入れば焼き殺せ‼︎いいな⁉︎」


 その騎士は当然の報告をしただけであり、報告しなければそれはそれで侯爵に罰を喰らう。


 侯爵の機嫌一つで同じ行動をしようが怒られる。


 理不尽の権化。


 しかしそれもまた貴族という一つの側面。


 納得は出来ないが、かといって楯突く気もない騎士達や使用人はそれを粛々と受け入れる。


 受け入れざるを得ない。


 この世界はそういうことが当然のものとして受け入れられている世界なのである。


 侯爵はただでさえイライラとしているのに、既に知っていることを報告してくるだけの無能であると怒りの感情を隠し切れなかった。


 無能な者など正直殺してやりたかったが、戦争前に戦力を減らすなど馬鹿のすることだから賢い私は我慢するのだ、などと自身に酔いしれていた。


 こういう人間はなぜか自信を賢いと思い込んでいる。


 ただ貴族としての特権を持っているだけなのにそれを賢いなどと変換する。


「よ、よろしいのですか?」


 だがそこに空気を読まずさらにその騎士が話しかけてきたため侯爵の機嫌は最低値まで下がり、何日も寝ていないかのような血走った眼でギロリとその騎士を睨みつけた。


「何か問題でもあるのか?」


 普通、戦争をする前には口上を上げるものである。


 にもかからわず慣例を無視していいのかという問いであったのだが侯爵にとってそんなものはもはやどうでもよかった。


「い、いいえ、ございません」


 下手を言えば殺される。


 騎士は震える唇をなんとか抑えて返答した。


「そうか、ならばさっさと行け!それと奴はどこに行った⁈さっさとここに連れてこい‼︎」


 侯爵はその騎士を視界に入れていたくもないとばかりに追い払い、侯爵の側に控えている別の騎士にヴォルフがどこにいるのかと問いただした。


 ヴォルフがまだ帰ってきていないことも機嫌の悪さに拍車をかけていた。


「うるせぇな、まったく」


 そんな侯爵の機嫌など知るよしもないヴォルフが耳をほじりながら天幕の後ろから歩いてきた。


 その手にはヴォルフと同じかそれよりも大きい大剣が握られており、その刃の片側は刃こぼれでもしているのかノコギリのようにギザギザと欠けていた。


 何千何万と人を斬ってきたその剣は特に何も発しているわけでもないが、他を萎縮させる何かを持っていた。


 そしてそれを持つヴォルフの立ち姿は他を威圧するには十分であった。


 だが、いまの侯爵にはそんな威圧感など怒りの前ではないに等しかった。


「おい!今までどこに行っていた⁉︎」


 侯爵は焦れたようにヴォルフに怒鳴ったが、当のヴォルフはどこ吹く風であった。


「どこだっていいだろうが。約束通り始まる前には戻ってきたんだからよ。少しは落ち着けよ。まだ始まってすらいねぇんだ。焦ったところで結果は変わんねぇよ」


 ヴォルフは天幕の前まで来ると近くにいる騎士に椅子をもってこいと命令しそのままドカリと足を組んで横柄な態度で椅子に座った。


 侯爵相手にこの態度である。


 文句の一つも言ってやりたいが小心者の侯爵が言えるわけもなく、戦争のために自分が我慢するのだと自己弁護して気を鎮めていた。


 逆らって勝てぬ相手には何かと理由をつける。


 できない理由を、やらない理由を。


 しかし、侯爵はそれくらいの態度なら許すほどヴォルフの強さを信じ当てにしているのも事実である。


「・・・・・・はぁ〜。それで勝てるのだろうな」


 侯爵は気持ちを落ち着けるために息を吐き、ジロリとヴォルフを睨んだ。


「さぁな。相手次第だろうよ」


 だが、ヴォルフは侯爵の気持ちなど知ったことではないと気休めに勝てるなどとは言わなかった。


「・・・・・・貴様が弱音を吐くなんて珍しいではないか?」


 侯爵も別にまともな回答を求めて聞いたわけではなかったがいつも尊大な態度のこの男の弱気な発言は無視できなかった。


「俺はまだ殺りあったことがねぇから実際どの程度なのか知らねぇが、ダンケルノの騎士共はこの世でも屈指の強者が数多くいるっていうじゃねぇか。その中でも今回どれくらいのレベルのやつらが出てくるのか知らんが・・・・・・、少なくとも少し前から俺の肌は今までに感じたことがないくらいビリビリときている。今まで殺ってきた雑魚じゃねぇ。それだけ強い相手がいるってことだ。テメェは精々死なねぇように祈っときな」


 ヴォルフはニヤッと好戦的な笑みを浮かべながら戦場を見下ろしていた。


(ッチ!この戦闘狂め。だが、こいつの力は欠かせないものだ。奥の手を使わずに勝てるのならそれに越したことはない。教会に借りを作れば後々面倒なことになるしな。精々こいつには頑張ってもらうとしよう。フフフ)


 侯爵が今後の展開に思いを馳せ、悦に浸っている間にダンケルノの軍が魔法の射程範囲に入ろうとしていた。


「お?ガキはどこかで護られて待っているのかと思えばガキごと突っ込んでくるのかよ!いいじゃねか!評判通りダンケルノはイカれてやがるな!それとも護りながらでも余裕で勝てると舐めているのか?ククク、それに懐かしい顔もあるじゃねぇか。腕が疼くじゃねぇか」


 ヴォルフは大剣を手に取り、今にも侯爵を置いて駆けていきそうな雰囲気であった。


 そんなヴォルフを見た侯爵は焦った顔でヴォルフに詰め寄った。


「わ、わかっているな?契約は守るんだぞ⁉︎」


 ヴォルフは油ぎったオッサンが詰め寄ってきたのを七面倒そうに舌打ちをした。


 ヴォルフも即座に戦いに行きたかったが金の分の仕事はきっちりとするというのがヴォルフの信条でもあったため嫌々ながら自制した。


 金は裏切らねぇし、金を裏切ってもいけねぇ。


「ッチ!心配すんな。金の分くらいはしっかりやるっつんだよ」


 ヴォルフは荒々しくそう言うと一度手に取り肩に担いでいた大剣を地面にもう一度突き刺した。


 それを見ていた近くの騎士がびくりと身を震わせた。


 地面に突き刺してなお、立っているその騎士よりも大きいその剣はとても振り回せるようなものに見えなかった。


 だが、ヴォルフはそれを紙でも持っているかのように軽々と扱っていた。


 そしてその剣に見惚れていると突然辺りに響き渡った大声に再びびくりと身を震わせた。


「魔法師団!放て〜‼︎地雷術式も展開せよ‼︎」


 その声が張り上げられた瞬間に一気に戦場が騒がしくなった。


 ついに始まったのかと魔法の弾丸が相手に降り注がれる瞬間を緊張に身を包みながら皆が待っていた。


 しかしいつまで経っても魔法は放たれなかった。


 代わりに起こったのは魔法師達による悲鳴で奏でられた大合唱だった。


「何が起こった⁈」


 侯爵は声を張り上げてキョロキョロと周りを見渡した。


 なぜそんなことが起こるのか本気でわかっていなかった。


 侯爵にとっては始まってすぐに起こった不測の事態である。


 ヴォルフはそんな侯爵を冷めた目で見て鼻で笑った。


 多人数の戦いにおいて魔法師を最初に叩くのなど定石である。


 魔法師共は単体では弱いが、集団となると途端に厄介になる。


 そんなことも分からず奇襲の備えすらしていない侯爵にヴォルフは呆れて怒りも起きなかった。


 そもそも侯爵には期待すらしていない。


 それを指摘できない騎士達にも。


「しゅ、襲撃、襲撃された模様‼︎」


 今更になって騎士達が叫んでいる。


 状況判断も遅い。


「何をやっている‼︎中央付近にいる者がなぜ襲撃されるのだ‼︎探知役は何をしておった‼︎」


 意味のわからない戦術を捲し立て探知役を別のところに配置したのは侯爵であるが既に忘れているらしい。


 そんな侯爵は拳を握りしめ今にも伝令役を殴らんばかりの勢いで激怒していた。


「た、探知には引っ掛からなかったようで・・・・・・」


 伝令役はお前のせいだろという言葉を飲み込んであくまで事実のみを口にした。


 それを聞いたヴォルフは吹き出すのを我慢するのが限界であった。


(たしかに引っかからねぇわな。別のところで探知してたんだからよ。クククク)


 伝令役が尻すぼみに報告をあげると侯爵が我慢の限界が来たのか遂に殴りつけた。


「地雷術式はどうした⁈別のところに配置していた起動する者達もやられたとでもいうのか?ありえないだろ!どいつもこいつも役に立たんやつばかりだ!私の足を引っ張りおって」


(こいつのこの自分は優れてるって自信は一体どこから来てんだ?)


 ヴォルフは侯爵と伝令役のやり取りを頬杖をついてニヤニヤとしながら見ていた。


「い、いえ、その者達は確かに起動したとのことですが発動しなかったと・・・・・・」


 殴られた騎士は大して痛みもなかったが侯爵の機嫌をこれ以上損ねないためにも殴られた箇所が痛いふりをしながら返答した。


 それを後ろで見ていたヴォルフは鼻で笑った。


 ミスをすれば他人のせい、成功すれば自分のおかげ。


 典型的な自己奉仕バイアス。


 本当に仕える価値もねぇくだらん男だとヴォルフは鼻で笑った。


 こんな男に仕える道しか選べん馬鹿共を見て冷笑することはあっても同情などする気は微塵もおきなかった。


「何を笑っておる」


 ヴォルフがニヤニヤ笑っていることに気づいた侯爵が不機嫌そうにヴォルフを睨んだ。


 だが、ヴォルフはそんな侯爵の態度に気を悪くするようなこともなくむしろ上機嫌だった。


「いやなに、これから死んでいく馬鹿共のことを考えるとな・・・・・・笑いも止まらねぇよ」


 それを聞いた侯爵は上機嫌そうに笑みを浮かべた。


 ヴォルフとしてはアーノルド達のことではなく侯爵に仕える馬鹿な騎士共のことであったのだが、侯爵はそんなこと考えもしない。


「そうだな。あと数時間後、いや、数十分後には奴らの悲鳴を聞けるかと思うと少しはこの不機嫌さもマシになるというものだな」


(自分のことを強者だと思っている馬鹿ほど滑稽なものはないが・・・・・・、まぁこいつもここまでだろうな。少なくともやりそうな奴が2人いやがるな。あれは今の俺には少しばかり手に余る。1人ならまだしも2人を相手にするのは確実に無理だ。あんなのが簡単に出てくるほどダンケルノの層は厚いってことか?上がいるってのは張り合いがあって楽しいもんだが、流石に自殺願望はねぇな。どうにかして1対1で殺りあえねぇか。死なねぇ程度にテメェらの力見せてもらうぜ)


 ――∇∇――


 アーノルド達は侯爵の陣営が混乱で騒々しくなったのを感じ取った。


「襲撃は成功したようですね」


 パラクが相手の後方で上がった狼煙を見てそう言ってきた。


 アーノルドがクレマンに人間味を見せてからそれまで気安く接してはいけない、話しかけてもいけないというような神のような扱いは少しずつ形を顰めてパラクや他の騎士達も休憩の時にアーノルドを少しでも理解しようと少しずつアーノルドと話をするようになっていった。


 アーノルドもそれに対して不敬であるといった様子はなかったため主従という前提は崩さないくらいにはコミュニケーションを取るようになった。


「・・・・・・もう緊張は解けたのか?」


 アーノルドが出陣する前にパラクに声をかけたときパラクは明らかに緊張している様子で少し震えていた。


「あ、あれは、初陣なら誰でもああなりますよ!むしろ緊張しないアーノルド様の方がおかしいんですよ・・・・・・」


 パラクは咄嗟に大声を出してしまい少し恥ずかしそうにしながらどんどん声が小さくなっていった。


 その言葉を聞いたアーノルドは思案げな表情で突然黙り込んだ。


「・・・・・・そうだな。確かにお前の言う通りかもしれんな」


 アーノルドも前世の感覚で言うなら間違いなく緊張どころではなく怖くてそもそも戦場にすら立てなかっただろうと思った。


 アーノルドは自分も変わったものだ、と感慨深げに心の中で呟いた。


「で、ですよね?」


 まさか同意が得られるとは思っていなかったパラクは少し驚いてしまい、疑問のような返事となってしまった。


 アーノルドはいつでも勇猛果敢に敵に挑み続け恐れなどという感情とは無縁の存在だと思っていたからだ。


 まさか自分の弱気な考えに理解を示してくれるとは思わなかった。


 その瞬間地面に突然巨大な魔法陣がいくつも現れた。


 地面を埋め尽くすように浮かび上がった魔法陣は1つ1つがアーノルド達の小隊を丸ごと飲み込むような大きさであった。


「う、うぇ⁈」


 パラクが素っ頓狂な声をあげて足元をキョロキョロと周りを見渡した。


 アーノルドと並走していたクレマンが魔法陣を見つめ、それが何かを看破した。


「地雷術式ですか。腐っても貴族としては名門ということでしょうかね。ロキ、貴方の得意分野でしょう。さっさと対処しなさい」


 クレマンは有無を言わせずロキに命令した。


 地雷術式は希少魔法と呼ばれる類のものである。


 限られた者だけが知っている魔法陣を予め地面に描くことによって使える魔法の一種である。


 結界魔法に比べればその希少さは比べるまでもないが、それでも知っているものはごく僅かである。


 大抵は貴族の中でも爵位が高い当主のみが知っている秘術のような扱いである。


 そして当然ダンケルノ公爵家ともなればそれを知っている者も存在するし対処できる者も存在する。


 クレマンでも対処できるのだがこの手のことはロキの方が圧倒的に得意であるため丸投げした。


 しかし任されたロキは不満そうな声を上げた。


「ええ〜!僕が1人でですか〜⁈人使い荒いですよ、クレマン様?」


 クレマンはロキのその言葉を無視して、ただひと睨みした。


 さっさとやれとその目が物語っていた。


 ロキは渋々やっていますよ感を出しながらこの戦場全てに張り巡らされた術式をその場で呪文を唱えて一瞬で無効化した。


 ほんの2秒程度である。


「はぁ〜、疲れたな〜?」


 一瞬で片付けたにもかかわらずかなり疲れたアピールをクレマンにしたが、当然ながらクレマンはそんな言葉に反応しなかった。


 ロキはニヤリと笑みを浮かべ、さぞ哀れに見える表情を浮かべてアーノルドの方に向き直った。


「アーノルド様〜、クレマン様が酷いんですけど〜」


 ロキはクレマンが絡んでくれないためアーノルドへと絡みだした。


 その雰囲気はとても戦場にいるとは思えないものであった。


 そんなロキをアーノルドも無視していると、全く主従揃って薄情者ですね、などといじけだしたあたりで突然ロキの姿がアーノルドの横から消えた。


 そこには空中で蹴りを放っている姿勢ということがわかるメイリスがいた。


 正直アーノルドにはメイリスの動きが全く見えなかった。


 後ろでグヘェッっとカエルが潰されたような声が聞こえたと思ったその瞬間にはロキはメイリスに傷ついたという大袈裟な身振りを交えて文句を言いながらもアーノルドの前を走っていった。


 無茶苦茶である。


「あの人も・・・・・・何なんですかね?」


 パラクが困惑気味に口を引き攣らせながらアーノルドへと向き直った。


「知らん。お前の方が詳しいんじゃないのか?」


 パラクの言葉に無下に返したアーノルドも内心ロキの行動を理解することはできなかった。


 アーノルドが今までに会ったことのないタイプだった。


 ロキはアーノルドと初めて会ったときからあんな感じであり、誰に対してもあんな感じなのである。


「あ〜、あの人が鍛錬の場に来たのを見たことないんですよね」


 同じダンケルノ家に所属する者として一緒に鍛錬をしたことがあると思っていたのだが、パラクは困ったような表情をするだけだった。


 示し合わせたわけでもなく2人がロキの方へと目を遣ると、前方のダンケルノの騎士と相手の騎士が今まさに衝突しようとしていた。


 戦いが始まったのを見たパラクが表情を硬くしたのが分かったアーノルドは緊張を解きほぐしてやろうと声をかけた。


「そう緊張する必要はない。この戦いでどうせ私たちの出番などない。経験を積みたいのなら私の護衛などではなく前線に行ってもいいぞ?」


 アーノルドは笑みを深め余裕の態度を示した。


 上に立つものが焦れば焦るほど下の者も焦る。


 逆に上に立つものが落ち着いていれば落ち着いているほど下の者の精神にも余裕が出てくる。


「い、いいえ。私は私の務めをしっかりと果たします!アーノルド様の臣下ですから!」


 パラクもまた思うところがあった。


 パラクがついて来れたのはアーノルドの臣下に願い出たからであった。


 臣下であるのに他の騎士に任せて付いてこないのはおかしい。


 そうでなければ実力に劣るパラクがこのメンバーの中に選ばれるはずがなかった。


(今回ついてきたけど、まだ全然良いところ見せれていないから頑張らないと!)


 アーノルドはパラクが変に力んでいるなと思ったが、特に何も言わなかった。


 良いところを見せるよりも堅実で地味な仕事をこなす者を好む者もいれば、堅実で地味な仕事をしている者より良いところを見せようと派手に立ち回る者を好む者もいる。


 アーノルドはどちらでもよかった。


 空回りして失敗しないのであれば。


 アーノルドにとってもこの戦いは転換点である。


 今までのようにただ平穏に暮らすのではなくこの世界に自らの存在を刻み覇を唱える第一歩である。


 そういう意味でアーノルドの胸も高まっていた。


 パラクと話しているうちに前方にて作戦通りハンロットの一撃が相手陣を襲った。


 凄まじい轟音とエーテルを凝縮したオーラが発する輝かしい斬撃がアーノルドがいるところからも見え、悲鳴と怒号が戦場により一層響き渡った。

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