第48話
半径10mほどの円のような、なぜかそこだけ木が生えていない開けた場所にフードを被った顔の見えない人物が1人だけ立っていた。
「そこで止まりなさい」
怪しい人物がそう言うと何か強制力のようなものがアーノルド達に襲いかかったがすぐにそれは霧散した。
その人物を観察すると茶褐色のフード付きのコートで全身を覆いフードで顔は見えないが声からして女であろうことはわかった。
「お前達は何者だ。何故ここまで来た?」
フードを被った人物は凛々しい声色で
顔は見えないはずであるがその言葉の節々から感じられる棘によって心なしか睨んでいるように思えた。
「それはこちらのセリフでございます。貴方達は何者なのでしょうか?何故このような場所で結界魔法などを発動しているのか・・・・・・。我々に害を為す者ではないというのならば正体と目的を明かしなさい」
クレマンが1歩前に進み出て
その瞬間目の前のフードの女以外を認識していなかった者達がアーノルドを護るように囲った。
周囲にはこのフードの女の気配しかしない。
コルドーは今でも女の気配以外を感じ取れない。
だが、クレマンは貴方達と口にした。
気づいていない騎士達にとっては明らかな失態だった。
最初の目の前の女の強烈な気配に気を取られ意識を持っていかれていた。
だが、クレマンの他にメイリスとロキは気づいていたため、クレマンはたとえアーノルドが攻撃されようと護ることが出来ると判断した。
だから、クレマンは急ぐことも直接騎士達に言うことはなく間接的に伝えたのである。
クレマンも注意を簡単に逸らせるほど目の前の女を軽んじることは出来なかった。
顔も見えず、その実力も揺らめいており見通すことが出来なかった。
「実に見事な隠形魔法ですが私には見えています。隠すということはそれだけやましいことがあると認識いたしますが・・・・・・」
クレマンは声を荒げることもなく終始余裕を持って話しかけていた。
クレマンにとって最も忌避することはアーノルドが傷つけられること。
その点はメイリスとロキがいることで万に一つもないと2人を信用していた。
クレマンの態度とは裏腹に目の前の人物は別に動いているわけでもないにもかかわらず、何か焦っているかのように忙しなく見えた。
何かを隠している、クレマンはそれを暴かなければならないと思った。
隠すのならば容赦はしないと。
アーノルドは目の前の人物の表情は見えないが苦虫を噛み潰したかのように歯噛みしたのがわかった。
そして隠形魔法を解くべきか迷っているのか目の前の女は沈黙を貫いていた。
しかしクレマンもいつまでも待っている気はなかった。
「正体を明かす気はないと・・・・・・。それならば申し訳ありませんが怪しい者を放置するほど我々は甘くありません。全員この場で処理させてもらいます」
クレマンは少しばかりの
女はピクリと動きクレマンの攻撃に備えるために咄嗟に構えの姿勢を取ったが、その
フードの女はチラリと後ろを見てこのままではまずいと思ったのか声を発した。
「お前達にそんなことを答える義理はないはずだ!だが、私たちはお前達と敵対するつもりはない!この場はそれで見逃してもらいたい!」
本来なら答えることも嫌だが後ろにいる者のために仕方ないから答えたと言う感じであった。
だが、この者の必死な言葉から嘘をついているようにも見えなかった。
クレマンは一旦
「ふむ、困りましたね。ですが、申し訳ありませんがこちらにも事情がございまして敵対しないと言われた程度で怪しい者を見逃すほど穏便に事を済ませるつもりでしたら、わざわざ結界魔法に抗ってまでここに来ておりません。それと一応聞いておきますがそちらのお方達は貴方様のお連れ様ですかな?随分こちらに敵意のようなものを向けていらっしゃいますが・・・・・・、違うのならばこちらで処理させていただきます。我が主人への無礼を見逃すほど私は甘くありませんので。ですがそれがあなたの仲間であるのならば、その者が子供でありいきなり現れこちらも無礼な態度を取ったことを考慮して一度は矛を収めましょう」
クレマンは穏やかな口調であったが、その言葉には有無を言わせぬ圧力があった。
いきなり現れた者に近しい者が苦しめられている状態を子供が見たらその者に敵意を抱くのは当然のこと。
子供ながらに無謀にも守ろうとするだろう。
だからクレマンはアーノルドへ対しても向けた敵意を一度だけは許すと口にした。
それが最大限の譲歩であると。
それ以上牙を向けるなら子供であっても容赦しないと。
「っく!この者達は私の仲間達だ。手は出すな。・・・・・・お前も敵意を向けるのをやめろ」
女は忌々しげな態度でクレマンに手を出すなと言うと、アーノルド達に敵意を向けていた者にも注意した。
だがアーノルドはそんな弱々しい敵意など全く感じ取れてはいなかったので女の方から注意を逸らすことはなかった。
「賢明な判断です。それと隠形魔法は解いてもらいたいものですな。敵意がないのならば問題ないはずです。我々押し問答をしに来たわけではないのです。我々が欲しいのは貴方達が敵ではないという証。それを示す気がないなら殺すほかありません」
これほどの結界魔法を扱える術者であるならば無名ということはない。
侯爵に加担する者なのかそうでなくたまたま居たのかは顔を見ればわかると考えていた。
その程度の情報はクレマンは当然持っていた。
「・・・・・・はぁ、致し方あるまい。だが、その前に一つ保証が欲しい」
女は諦めたようにため息を吐くと一つと胸の前で指を掲げた。
「保証、ですかな?」
クレマンは懐疑的な視線を向けて目を細めた。
「ああ、正体を晒した後に襲ってこない保証だ」
クレマンがチラリとアーノルドの方を見た。
これを決めるのはクレマンの範疇を超えている。
相手との契約は従者ではなく主人の役割である。
アーノルドは護衛の者から離れ過ぎないように一歩前に出た。
「悪いがそれはできん。だが、貴様達が私の敵ではないのならば私が貴様を襲う理由はない。だが、正体を明かさないというのならお前達は問答無用で私の敵と見做す。たとえそれがお前達にとっては理不尽なことであろうとな」
アーノルドは問答の余地なしという毅然とした態度であった。
そのフードの女は突然話し出したアーノルドの方を見て、驚いたかのように息を呑み、その後観念したかのように息を吐いた。
「いいでしょう。お前達はそこにいなさい。動いてはダメですよ」
フードの女はそう言うと自らの仲間にかけていた隠形魔法を解いて動くなと指示をした。
その仲間もフードを被っており顔は見えないが、背丈から子供が4人に大人が2人ということはわかった。
アーノルドがそちらを見ていると、女は自らのフードに手をかけてフードを脱ぎさった。
フードを脱いだ女を見たアーノルドは思わず目を丸くし驚愕の表情を浮かべた。
その表情を浮かべたのはアーノルドだけではなく他の騎士達も同様であった。
「エ、エルフ・・・・・・?」
誰が呟いたのか、1人の騎士がそう弱々しく呟いた。
フードを取った女の容姿はロングの銀髪にこの世の者とは思えぬほどの透き通った肌。
類を見ないほどの整った容姿。
そしてエルフの何よりの特徴である人間のものより明らかに尖った長い耳。
それが何よりも目の前にいる女がエルフであると物語っていた。
クレマンはチラッとフードの子供達を見て、少しばかり不機嫌そうに言葉を発した。
「なるほど・・・・・・。そういうことですか」
そもそもエルフとは今のこの世界で人間が目にすることなどないはずの種族なのである。
アーノルドがこの世界に来て初めてエルフという種族がいると知ったのはアーノルドが3歳のときに使用人が読んでくれた童話の中であった。
その童話はこの世界にいる者ならば大半の者は子供の頃に親に読んでもらう童話であり、実際に昔あった出来事を元に作られたとされる戒めの童話である。
実際にどれくらい昔かは知らないが数百数千年前、未だ人間とエルフが共存とまではいかなくとも交流のあった時代があった。
見目麗しいエルフ達は基本的に森の中で暮らし出てくることがないため、ほとんどの者達は見ることすらなく皆伝聞で見目麗しいと聞くだけで実際にどれほど美しいかなど想像上のものでしかなかった。
エルフ達も商人達と必要なものをやり取りするだけで極力人間と関わることもなかった。
だが、バカな人間というものはどこにでもいつの時代でもいるのである。
過去にも見目麗しいエルフを攫い奴隷にしようと目論んだ者はいた。
だが、エルフ達は長い者では数千年、長老クラスなら万を超えるという者もいると噂される長命種である。
その分子供が産まれることは滅多に無いのだが、人攫いなどと汚い行為に身を染めているたかだか数十年生きた程度の者達が襲ってきたところで相手にもならないため問題とはならなかった。
それゆえ今まではたとえ襲われようとただその者達が殺されて終わるだけ。
エルフ達も別段人間数人が襲ってきたからといって人間全員と交流を絶つということはなかった。
それが変わったのがとある王国が起こした一件である。
基本的にエルフに会うことが出来る者はエルフとそれぞれの国から許可が得られた者達だけという風に決められていた。
これは貴族達にも要らぬ考えを起こさせるのを防ぐために接触できる者は最小限とするためである。
そしてこれだけ優遇されていたのもエルフ達が作り出すものが人間やドワーフでは創り出せず遥かに優れていたためエルフにちょっかいを出し交流断絶といったことを起こさないためでもあり、各国がエルフの技術を独占しようとするのを牽制するためであった。
今は無き王国にとても王妃に溺愛している王がいました。
王としては優秀であり民からの信頼も篤く人気な王でした。
玉に瑕であったのが自らの妻を溺愛しすぎていたことであったが、それも愛妻家であり夫婦仲が良好ということで民には好意的に受け止められていました。
妻に甘いといってもその妻も贅沢三昧などということはなくこの国の王妃としての自覚を持っており許容の範疇であったため別段問題ではなかった。
そんな王妃がエルフを一目見てみたいと言ったことがこの先の世の中を大きく変えてしまったのです。
初めにそう言われた王は困った顔をしながらも流石に王妃を商人に紛れさせて連れて行くわけにはいかないので妥協案として商人達の中に1人だけ絵師を忍び込ませ、見てきたエルフ達の絵画を王妃にプレゼントすることにしたのでした。
それを受け取った王妃は大層喜び四六時中その絵画を見つめるようになりました。
そして最初は満たせていた欲求がどんどん次へ次へと膨らんでいくことになりました。
その結果、結局王は王妃の頼みを断りきれず王妃を商人に頼んでエルフの里に連れていってしまったのです。
当然それには各国も王に対してかなり非難を浴びせました。
そして当然ながら王妃は自由に外には出れなくなり、王宮に閉じ込められました。
エルフに会いたい、見たいという欲求が抑えきれなくなり暴れ出すようになったのです。
今まで我慢などしたことがない人間が初めて我慢するなどということは出来ませんでした。
そして遂に王妃は王に内緒でエルフの誘拐を目論んだのです。
王も各国からの対応に忙しく王妃にそこまで目が行き届いていませんでした。
だが、王妃も馬鹿ではありません。
エルフ達がかなり強いことは知っていました。
だが、エルフにとっては不運にも、王妃にとっては幸運にもエルフの里について行った時に数百年に数人しかいない子供のエルフの存在を確認していました。
エルフにとって子供は何よりも大切な宝でした。
それゆえ外部の者へと見せることなどないのですが子供達が大人の目を盗んで盗み見しにきたのを王妃は見つけていたのです。
そして本当かどうかはわからないがエルフの子供達には大人のエルフのような戦闘力はなく、ほとんど戦うことはできないということがどこからか人間の中では広まっていました。
そして王妃の企みは成功しエルフの子供を誘拐することに成功したのです。
そして奴隷の首輪をかけ王妃は四六時中エルフの子供達を鑑賞し部屋に籠っていました。
しかし、当然エルフ達も子供がいなくなったことにすぐに気づきました。
その結末が王国の滅亡だった。
たった数十人のエルフ達によって数万という数の騎士達が殺され数十、数百万もの被害者が出ることとなった。
そしてエルフ達は子供達を救出したのちエルフ達しか辿り着けないどこかに引き篭もったと伝えられている。
人間にとってはエルフ達は手を出してはいけない恐怖の象徴として描かれているのである。
そして我儘ばかり言うとエルフが来ますよ、というのがこの世界の子供達が我が儘を言ったときによく言う言葉となっている。
アーノルドにはこの話を聞いてエルフが恐怖の象徴になっていっているというのが全く理解できなかったのだが。
所詮は童話であるのでどこまで正しいのかはわからないし、そういう話は大抵誇張されるものである。
だが、目の前の女エルフはいまこの場にいる者達にそれが真実であるかもしれないと思わせる風格があった。
それほどまでに目の前の女エルフが放つ威圧感は群を抜いていた。
公爵と同じ王者の風格といったものが備わっていた。
そしてその容姿も透き通るような肌に整った造形、童話の王妃ではないが見ていたくなるというのも頷ける話であった。
自分かはたまた隣にいる騎士の誰かか、ゴクリと唾を飲む音が聞こえた。
だが、その均衡もクレマンの一言によって破られた。
「その程度になさってはいかがですかな?」
その言葉は殊の外、皆の耳に響いた。
そしてクレマンがアーノルドにはわからぬようにエルフに対して内心の怒りを露わにすると威圧のようなものがスッと引いていった。
「失礼。人間というものはエルフを見ると正気を失う者が多くてな。大抵の者は恐怖により理性を取り戻す」
エルフの女はこちらを警戒したように鋭い声を出し一瞥した。
その顔その声が襲いかかってくるなら容赦はしないとそう示していた。
「理解は致しましょう。しかし、それが我が主人に不敬を働いて良い理由にはなりませんが・・・・・・」
クレマンは不機嫌さを滲ませ言葉を発したが、その不機嫌さはアーノルドによって抑えられた。
「クレマン、かまわん。ただでさえ面倒事の最中に更なる面倒事は避けたい。敵でないのならばわざわざ片手間で殺せぬ敵に挑む理由はない。貴様が頑なに正体を明そうとしなかった理由はわかった。そしておそらく私の敵でもないこともな。・・・・・・改めて確認しておくが貴様はこちらの敵ではないということでいいんだな?」
一層剣呑な雰囲気になったクレマンを抑えアーノルドはエルフに対して話しかけた。
エルフが人間の味方をする可能性はかなり低い。
元々気位がかなり高いという話であった。
ならば渋っていたのも人間如きに従うのが嫌だったからだとも考えられる。
だが、守る者がいるこの状況で相手も敵対するほどの余裕がないため正体を明かさざるを得なかった。
アーノルドはそう捉えていた。
そしてここにいる理由にもなんとなくわかっていた。
「ああ。そちらが敵対してこないのならばこちらから敵対する理由はない」
エルフは先ほどとは違い威圧するでもなく凛とした様子でそう答えた。
そこには人間を見下すといった様子は微塵もなかった。
「もう一つ。あっちにいる子供達は・・・・・・エルフの子供か?」
クレマンが先ほど察したようにアーノルドも察していた。
そして違ってくれという想いもあった。
「・・・・・・ああ」
アーノルドがそう確認すると、女エルフは今までで1番剣呑な雰囲気を醸し出し、戦闘も辞さぬ姿勢を見せた。
「勘違いするな。エルフの子供に興味はない。それよりも、だれが、エルフの子供に手を出した?まさか観光にでも来たと言うつもりじゃあないだろう?」
アーノルドは気色ばんでそう問いかけた。
それ次第ではまた巻き込まれる可能性がある。
アーノルドの鍛錬の時間がまた減るのだ。
「それに答える義理はない」
だが、エルフは一瞬の逡巡もなく答えることを拒否した。
が、それで納得し放置できるほどこの問題は甘いものではなかった。
「もしそこの子供を攫ったのがこの国の貴族であり、エルフが子供を攫った報復に来るというのなら私も他人事ではなくなる。否応なく巻き込まれるだろうからな。この国に関係ないのであればいい。だが、面倒ごとは出来るだけ先に避けたいんだ。もし貴様らを逃した結果、後に一人一人が国を滅ぼせる力を持ったエルフの集団と戦うことになるというのなら今ここで貴様らを始末せねばならない。ただ攫われた者を取り戻しただけの被害者のお前達には同情しよう。だが私は今世では他者のために自己を犠牲にするくらいならその他者を捨てると決めている。私の歩く道を邪魔する者は例え善であろうと何人たろうと斬る。だからこそ、貴様らが害を及ぼす存在かもしれぬならここで斬らねばならん。だが、贖罪代わりにそいつらを攫った貴族は私が処理してやる。面倒ごとを持ち込んだ罰としてな」
その言葉には子供が発したとは思えぬほどの重みがあった。
ただ傲慢なだけではなく、その内に秘められた覚悟の重みである。
エルフは目を細めアーノルドを睨みつけた。
アーノルドはその眼光に一切怯む事なく見つめ返した。
まさに一触即発の空気であった。
主人の話を遮るわけにはいかないので騎士達は女エルフが動く素振りを見せればいつでも攻撃できるように備えていた。
だが、先に折れたのはエルフの方であった。
「はぁ・・・・・・、何もこの子達が攫われたと決まったわけではあるまい」
エルフはアーノルドから目を逸らしてそう言った。
騎士達は警戒を緩めてはいないが一発触発の剣呑な雰囲気は霧散し、内心安堵の息を吐いた。
アーノルドもまたそんなエルフに対して呆れとも取れるようなため息を吐いて話を続けた。
「では、エルフの宝であるはずの子供をわざわざ自らが引き篭もる領域から連れ出してまで探検していたとでも言うのか?そのような愚行を犯すとは存外エルフというのは学習能力がないのか?・・・・・・それとも自らの力を過信しているのか?まぁ、過信するほどの力は持っているようだがな」
アーノルドは吐き捨てるようにそう言った。
「我々エルフの実力を随分と過大評価してくれているみたいだが・・・・・・確かに大昔にエルフが一国を滅亡に追いやったのは事実だ。だが・・・・・・、我々エルフが境界に引きこまざると得なくなった理由を貴様は知らないのか⁈私はお前達のことをよく知っているぞ⁉︎たとえ名前が変わろうが姿形が変わろうが我々にはわかる‼︎」
エルフが初めて声を荒げて凄まじい殺気をアーノルドへと向けてきた。
その瞬間クレマン、メイリス、ロキの3人がエルフを地面に押し倒し、それぞれがいつでもエルフを殺せる状態であった。
「流石に今のは見過ごせないでしょ」
ロキはニヤニヤとした表情を浮かべうつ伏せで抑えられているエルフの首を踏みながら顔の横に剣を当て、クレマンは険しい顔をしながらエルフの背中を足で押さえながら右腕を捻り、メイリスは無表情のまま左足を踏みつけていた。
「いや、トーカ‼︎」
「トーカ‼︎」
そこまでじっとしていた子供の2人がトーカと呼ばれた女エルフが抑えつけられたのを見て、手を伸ばし近づいてこようとしたのを周りの大人に抱きしめられ止められていた。
アーノルドがチラッとそちらを見ると大人2人が子供3人を庇うように胸に抱き1人の子供がフードでわからないがアーノルドを睨んでいるようだった。
「来るなっ!お前達!」
駆け寄ろうとした子供達にトーカが顔を上げ渾身の力を入れて叫んだ。
ロキは足を添えていた程度であったためその反動で首から足が離れた。
「・・・・・・私が敵わぬ化け物3人相手に勝ち目のない戦いをするつもりはない。感情のコントロールが出来なかっただけでお前達に敵対の意志はない。殺すならば殺せばいい、だが・・・・・・あの子達はどうか見逃してやって欲しい。だが、あの子達を殺すというのなら私も最後まで抗わせてもらう」
地面に押さえつけられ動くことも許されないエルフはそれでも子供達のためならば死ぬことも辞さないという強い意志が見えた。
凄まじい殺気を向けられたアーノルドであったが、クレマンのときのように倒れそうになることはなかった。
むしろその殺気はアーノルドを通り抜けていったような感触であった。
拘束されながらもアーノルドを決意の目で睨みつけているエルフに対してさっきの言葉の意味が気になったため問いかけた。
「・・・・・・ならば一つ聞かせろ。先ほどの言葉はどういう意味だ?なぜ私に対して憎悪を向けた?」
アーノルドは憎悪に敏感である。
先ほどのエルフの瞳には一瞬ではあったがたしかに憎悪が宿っていた。
だが、当然ながらアーノルドはこんなエルフに会ったことはないため憎悪を向けられる意味がわからなかった。
「我らエルフが元々住んでいた森を追い出され、境界に締め出されることになった原因が貴様の祖先によるものだということだ。私は人間の子供の年齢は見た目からは然程わからないが話ぶりからそれなりに年月を生きているのだろう?ならば貴様らの家門の歴史も勉強しているだろう‼︎何故知らぬ⁈」
エルフは再び感情を露わにしアーノルドへ問いただした。
「一つ問う。貴様らが森を追い出されたのは何年前だ?」
「今から約8000年前だ」
エルフは淡々と口にしたがアーノルドにとってはそんなに軽いことではなかった。
「なっ⁈そんなに前だと?」
今いるアーノルド達の王国が始まったのが約1500年前。
ダンケルノ家としての歴史書はそこが始まりなのである。
だが、その初年、建国の年の記録は破かれていたため、ダンケルノ家がどのように生まれたのかわからないのだ。
ただ、建国当時からある古き家門だということしか。
それよりも遥か6500年前の祖先がこのエルフを閉じ込めたという話を聞いて怪訝な顔を浮かべざるをえなかった。
「何故貴様はお前達を追い出した者が私の祖先であるとわかる?我らの家門の記録は1500年ほどしかない。それ以前のことなどどこにも記録などないはずだ」
実際にないのかはアーノルドにはわからない。
それこそ公爵ならば知っているのかもしれない。
だが、クレマンに聞いたときは言えないではなく存在しないという返答だった。
「そうか。確かに人間にとって数千年の歴史とは失うのが容易いほどの年月なのであったな。それで何故わかるのかであったな。我らエルフは人間を姿形で識別するのではなく我らエルフの間では『ティティ』と呼ばれる魂のようなもので認識しているのだ。そしてそれがお前とあの者達の血の繋がりがあると示している。お前には特に濃くその気配を感じる。故に我らエルフはお前達のことを憎んでいると同時に恐れてもいる。だから我らエルフはお前達ダンケルノ一族のこともよく知っている。だが、我らエルフも全員が全員同じ考えをしているわけではない。エルフの子供が攫われた一件のことについては知っているか?」
エルフに問われたアーノルドは鷹揚に頷いた。
知っているといっても童話の話と正確かもわからない古い資料に書いてあったことだけなのだが知っていることには変わりない。
「そのことで当時過激派のエルフ達が人間全てを殺そうと主張し出した。昔からエルフが襲われるたびに人間は悪だと主張していた者達だ。当然1人の人間が悪だからと人間全てが悪だなんて理論は成立しない。だからこそ当時エルフは三分していた。過激派、穏健派、中立派と。だが、過激派エルフ達が遂に勝手に実行に移したのだ。子供達を助けた後に人間達全てを殺しに行くと。それを止めたのがお前達の祖先であった。それはいい。我らエルフもどのみちその者達は始末するつもりであった。人間達に手を出した時点で我らが止めたとしても許すなど論外であった。子供を拐われたことで我らが罪人だけでなく、罪なき人間まで巻き込んで血による恩讐を求めたのならば、人間にもあやつらの命を捧げなければ道理に合わぬ。だからこそあやつらが殺されたことはどうでもいい。だが、お前の祖先はエルフ全てが悪であると言い、我らエルフを無理矢理境界へと閉じ込めたのだ。納得できぬと、その恨みを忘れぬ者達も多い。私とて当時は全く納得できなかったし今も納得したわけではない。だが数千年も暮らせばもはやあの境界を出ていこうという者もそういないがな」
トーカは自嘲気味にフッと笑いその容姿に見合わぬ憂いを帯びた笑みを浮かべた。
アーノルドはそのエルフの姿を凝視したあとクレマン達に拘束を解くように命令した。
「そいつを離してやれ」
拘束を解かれたトーカは押さえられていた首や腕をさすりクレマンの方を見た後、不可解そうな視線をアーノルドに向けた。
「殺さないのか?」
トーカは自身の捻られていた腕の調子を確かめながら直球で聞いてきた。
周りにはまだクレマン達が目を光らせているので下手なことはできないが、引く気もないようだ。
「殺されたいのか?」
アーノルドはそう聞いたがトーカは無言で見つめ返すだけだった。
「貴様に説明する義理はないぞ?」
アーノルドはわざわざエルフに対して自身の感情を説明する気など毛頭なかった。
「だが、私は義理を果たしたぞ?」
自分も義理などなかったが正体を明かしたんだからその分の義理を果たせと言わんばかりの態度であった。
それに殺される寸前までいったにもかかわらずこの太々しい態度である。
エルフの気位が高いというのも本当のことだなとアーノルドはフッと笑みを浮かべた。
「まぁいいだろう。正直に言えば貴様を殺す意味がわからん。確かに貴様は私に殺気を向けたが、中身のない殺気だ。私に向けられたわけではないクレマンの殺気の方がよほどおどろおどろしかったぞ」
アーノルドがそういうとクレマンが表情をピクリと動かした。
ロキがニヤニヤとした笑みを浮かべそれを見ていた。
「お前はなまじ力を持っている。だからこそ向けた憎悪に殺気を孕むこともあるだろう。ようはただむかついただけ、偶発的に出てしまっただけ。そのようなものにまでいちいち私は反応し殺すつもりはない。まったくもってくだらん。私が手を下すのは私の邪魔をする者、殺すに値する者、私が殺したいと思ったクズ、そして敵対する者だけでいい。貴様の殺気には殺意ではなく憎しみしか感じなかった。だから貴様が敵対しないのならば私にとってはどうでもいい。だが、その怒りの矛先を筋違いにも私に向けようというのならそのときは貴様を殺すだけだ。理解したか?」
「・・・・・・ああ」
明らかに完全に納得したという顔ではなかったがアーノルドはこれ以上このエルフには説明する気などなかった。
エルフが果たした義理程度は果たしたのだ。
それでチャラである。
「それじゃあ、話を戻そう。お前達エルフが報復しにくる可能性はどれくらいだ?」
アーノルドはさっきまでの緩んだ空気ではなく真面目な顔で問いただした。
「・・・・・・大丈夫だ。私が来させはしない」
エルフは苦々しい顔つきでそう言った。
「ふっ、それを信じろと?」
アーノルドは思わず鼻で笑ってしまった。
明らかに自分でも100%ではないと分かっているにもかかわらずその場しのぎの言葉を言ったエルフにアーノルドはエルフも人間と変わらんなと何とも言えぬ感情を抱いた。
「エルフは契約を重んじる。今回のことは人間との間で既に話はついている。たとえ被害が出るとしてもそれは今回の加害者だけだと。もしそれ以外の者に危害を加えようとする者がいたならこちらで始末する」
苦しい言い訳をするように顔を顰ませながらアーノルドの目を見なかった。
「その契約者は誰だ?」
アーノルドは呆れ半分でため息を吐き問いかけた。
「それは言えない」
先ほどまでの逃げの姿勢ではなく、エルフは確固たる意志をもって見据えた。
先ほど言ったようにエルフは契約を重んじるのだと無言で訴えかけるかのように。
アーノルドとエルフは数秒の間見つめあった。
今度先に折れたのはアーノルドであった。
「はぁ〜、害がないなら放置で構わん。行くぞ」
アーノルドは騎士達に撤退の合図を出しエルフに視線をやることもなくクレマン達と離れていった。
他の騎士達はアーノルドの決定に少しだけ驚いたような顔をし、エルフのことを横目に見ながらその場を去っていった。
エルフはアーノルド達が去って行ったのを確認すると大きくため息を吐き首を振りながら仲間と共にもう一度姿を消してその場を離れた。
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