第47話
野盗の襲撃での一件においてアーノルド達の損害はアーノルド個人の怪我程度であり、ほとんど皆無であった。
クレマンも結局はかすり傷一つない状態で帰ってきたのですぐに出発することにした。
もう一度森の入り口に戻ってきたアーノルド達が見たのは原型すら留めない凄まじい破壊痕に大量の何かが焼け焦げた跡だった。
アーノルドは無意識にゴクリと唾を飲んだ。
「うへ〜・・・・・・、何ですかこの光景は・・・・・・」
アーノルドの隣にいるパラクが口を開いたままそう呟いた。
パラクだけでなく他の騎士達もこの光景に絶句して顔を引き攣らせていた。
被害に遭っているのは森の入り口だけでなく、何かがなぎ倒して行ったかのように木々が倒れ一本の道のようになっているところが多々あった。
森の前にアーノルド達がきた時に、様子を見にきたのか森の中から出てきた密偵と鉢合わせになり騎士達が捕らえることに成功していた。
死なないようにした上で騎士達が拷問にかけ情報を引き出した。
クレマンが放った凄まじい殺意の波動を感じ取り様子を見に来たらしい。
既にこいつらはここに様子を見にきた第二陣であり、この場の惨劇は本隊へと伝えられているらしい。
着いた時にはもう誰もいなかったため誰がやったかは分からないが雇った野盗の姿すら無く、人がやったとは思えない破壊痕や燃え残った魔物の残骸を見て何らかの不測の事態があり奥から魔物が出てきたのだと考えたらしい。
そして大量の灰などがあったことからそれを撃退したが手傷を負って一旦撤退したのではないかということを本陣へと報告に行ったらしい。
しかし、あの殺意の奔流を人が放った者とは思っておらず魔物の威圧であると思っていたらしい。
なので侯爵への報告ではこちらが大物の魔物と交戦した可能性大と伝えられたらしい。
そしてその時は報告のため細かく調べられなかったため、更なる痕跡を調べるために来たのがあいつららしい。
前世であればあのような悲惨な目に遭っている者を見れば顔を顰めるか目を逸らしただろう。
だが、今のアーノルドには何の感想も浮かばなかった。
仲間でもない人間がどんな目に遭おうとアーノルドにとってはもはやどうでも良かった。
森に入って2日目。
拷問にかけた者に聞いていたよりは襲撃の数は少なかった。
あの惨状を見て少数による攻撃は無駄だと判断されたのか、襲撃役があの殺気に臆したのか。
魔物であると思っていたのであれば、その魔物が来るかもしれないこんなところに長くはいたくないだろう。
襲撃をかけてきた者達もダンケルノの騎士達の相手にはならず結局はただの無駄死にで終わっている。
むしろアーノルド達の神経を削られたのはあちこちに仕掛けられているトラップであった。
死ぬほどのものは存在しないしほとんどはそもそも無視できるものであったが、その中に巧妙に隠された死に至る可能性の罠があるのである。
他のものに注意がいっているときなどを狙ってタイミング良く発動されるそれは人の心理をよく分かっている者が設置したのだろう。
そのせいで気を抜くことは難しかった。
だが森の中の進軍は順調であった。
この調子で行けばあと1〜2日もあれば抜けることが出来る。
――∇∇――
異変が起こったのはその翌日であった。
昨日の夜あたりから一気に襲撃者が減り、今日は全く襲撃者がなく黙々と皆が進んでいた。
しかしその静寂は突然破られた。
「おい‼︎お前達何をしている⁉︎真っ直ぐ走らんか!」
アーノルドが走っているとアーノルド達よりも前方にいる騎士の1人が突然声を張り上げた。
右翼に属する騎士達が徐々にアーノルド達のいる中央へと寄ってきており、中央で走る者も叫んだ者と数人を除き隊列から急激に逸れていっていた。
「・・・・・・え?い、いえ、我々は真っ直ぐ走っているはず・・・・・・です?」
声を張り上げられた騎士は本気で意味がわからないといった様子で困惑した声をあげていた。
自分の認識では真っ直ぐ走っているつもりだが結果だけ見れば走れていないことに気づいたその騎士はその矛盾に頭が混乱していた。
その一連の会話に視線が釘付けになっていたアーノルドだけでなく、同じく釘付けになっていたクレマンやコルドーも即座に周りを見渡すと左翼の騎士達もアーノルド達から離れるように逸れていっていた。
そして先ほどまで並走していたはずのパラクと他の騎士数名もアーノルドの分隊から逸れているのにそれに気づくこともなく走っていた。
その異変に今の今まで誰も気づけていなかった。
「総いいいいいいいいいいいいいいん厳戒態勢いいいいいいいいいい‼︎」
異常に気づいたコルドーが即座に耳を聾するほどの大声を張り上げた。
大気を震わすほどの大声に全ての騎士達がすぐに停止し、迎撃体勢を整えた。
しばらくして先ほどまでの喧騒が嘘かのようにその場は静寂に包まれていた。
いや、静寂すぎるほどに異常な静寂であった。
コルドーの大声に鳥が飛び立つ音も動物が逃げ出す音もなかった。
森に入ってから常に鳴っていた虫の鳴き声すら聞こえず、生き物という生き物がその場には存在しなかった。
アーノルドがその異様な状況に緊張し、コルドーとクレマンにチラッと目をやった。
「・・・・・・これはおそらく生物避けの結界魔法ですね。それも相当強力で巧妙なものです。私は魔法が苦手とはいえ異常が露わになるまで気づくことができませんでした」
クレマンが地面を見渡しながらそう言った。
クレマンは術にかかることはなかったが、術の領域内に入ったことを看破することはできなかった。
それが更にアーノルドや騎士達の警戒を高めさせた。
言ってしまえばこの場で最も強いクレマンが気づけなかったとなると相手は相当強力な術者である可能性が高い。
自分では認識していなくとも心の奥でクレマンがいることに安心感を覚えていた者も多い。
それほどまでにクレマンの武が他を圧倒することを騎士達はわかっている。
そんなクレマンが苦手分野とはいえ見破れなかったのは顔には出さないが衝撃だった。
いつ襲ってくるかと内心冷や汗を浮かべているものも多い。
(これほど強力なものともなれば失われた古代魔法ですか。それに認識阻害の魔法までとは。今でも使える者がいるとしたら教会の人間か・・・・・・それとも。何にせよこれを扱えるとなると相当強力な術者ですね。どちらにせよ厄介事であることには変わりありませんね。無視はできませんね)
「どういたしますか?」
クレマンはあくまでアーノルドに選択させることを是としていた。
あくまでクレマンの今の役割は大人として幼き君主を導き成長を促すことである。
「私は、正直今の状況を把握しきれていない。簡潔に説明しろ」
クレマンから説明を受けたアーノルドは迷っていた。
術者はまず間違いなくアーノルドにとっては手に余る相手である。
すぐさま襲ってこないことからも敵であると決まったわけではないのでこのまま無視するというのも選択肢の一つだ。
だが、一つ気になるのはアーノルドが術にかかっていなかったこと。
アーノルドがコルドーやクレマンほどの実力があれば自力で術を破ることもありえただろうが、今のアーノルドにはそんなことを出来る実力はない。
それは自分が1番よくわかっている。
ならばなぜアーノルドが術にかからなかったのか考えると術者がアーノルドに術を意図的にかけなかったというのが最も有力である。
術者の狙いはおそらくアーノルドが気付かぬうちに1人になった際に襲撃をかけることであったが、術にかからない者が思いの外多かったために襲撃してこなかった。
または今も術が発動していることからもアーノルドだけをどこかに誘い出そうとしているということ。
無害な第三者がたまたま人に会いたくないという理由で発動している可能性もあるが、そんな希望的観測に縋るなどありえなかった。
それに仮に無視して敵だった場合これほどの使い手が後ろから攻撃してきて挟撃されることになりかねない。
だから無視はありえない。
「勝てるか?」
アーノルドはクレマンにそう尋ねた。
少なくともアーノルド個人でどうにかできるレベルではないことはクレマンの話から分かった。
「問題ございません」
クレマンとコルドーは内心アーノルドが他者を初めから当てにしたことに顔には出さなかったが驚いた。
この手の術というのは術者の力量に左右される。
ダンケルノの騎士のほとんどは術にハマっていたが、少なくともアーノルドを含めて10人以上はその術が効いていなかった。
術があるとわかればあとは意志の持ちようで耐えることもできる。
先ほどはその意志を認識阻害にて耐えようと思う気にすらさせられなかったのがほとんどの騎士が真っ直ぐ走れなかった原因であり、相手の術者のレベルの高さを醸し出している。
しかし、クレマンは術者の存在よりもなぜアーノルドに術が効いていなかったのかの方が気になっていた。
いくらアーノルドの才覚が優れているとはいってもまだ今ここに居るダンケルノの騎士の誰よりも弱いのは明らかである。
(ふむ。考えられるとすれば、マードリーによる魔法の教えによるものかあらかじめ何らかの付与を施していたかですね。ですが、私は魔法は得意ではないですが発動したかどうかくらいは読み取れます。そんな兆しは感知できませんでした。いや、ですがあの女の魔法ならば私を出し抜くということもありえますか・・・・・・相手の魔法も感知出来ませんでしたし、『傀儡士』と出会ったことで少々気が高まっているのやもしれませんね)
クレマンは念願の『傀儡士』に出会えたことで興奮し注意力が散漫になっているのではないかと考えた。
それと同時に自身の実力を過信し弱くなっているのではないかと猛省した。
(もし相手の術者がアーノルド様だけを狙い撃ちしたのであれば私も相討ちを覚悟しなければならないかもしれませんね。アーノルド様の罰を完遂するまで死ぬつもりはありませんが、それまでアーノルド様には生きていてもらわなければなりませんからね。罰を完遂するためには仕方ないのですよ、アーノルド様)
クレマンは自信満々に勝てると答えたしそれは本心からのものであったが、もし本当にそんなことができる術者ならばかなりの使い手である。
それこそマードリークラスの相手を覚悟しなければならないだろう。
あれは世界屈指の魔法師だ。
クレマンであろうと片手間で倒せるような相手ではない。
もしそんな相手が来たのなら命を賭してクレマンが責任を持って殺すつもりであった。
予め危険から遠ざけるのも従者の務めであるがダンケルノである限り危険は避けることができない。
だからこそ従者は主人が成長するまで命を賭して主人を守り通すのである。
――∇∇――
既にアーノルド達が立ち止まってから30分ほど結界の効力が強まる方へと走り続けている。
クレマン曰く術者は最初は逃げるように移動していたが今は移動せず立ち止まっているとのことらしいのだが、これほどまで遠いとは思っていなかった。
最初に脱落したのは騎士の中で最も若輩で弱いパラクであった。
前に行こうという意志に反して体が全く動かなくなり地に手をついて膝を屈した。
それからも数人の騎士が脱落していったが、それでもまだ半数以上は抗い続けていた。
そんな中でもクレマンを含む数人は涼しい顔をしており、アーノルドもまた全く意に介していなかった。
そこから更に15分。
100人近くいた騎士は既に隊長を任せられるレベルの十数人しか残っていなかった。
当初思っていたよりも多くの脱落者が出ていた。
わかっていても意志の力ではどうしようもないほどの強力な力。
かなり広範囲に渡り結界魔法を張ることができ、世界でも強者に分類されるであろう騎士達を多く篩にかけられるほど強力な魔法師であるということが確定している。
アーノルドは険しい表情を浮かべて走っていた。
アーノルドの感情の機微を感じ取ってかクレマンはアーノルドに声をかけた。
「アーノルド様。問題ございません。私にお任せください」
微塵も不安を感じさせないその声色にアーノルドは無意識に入っていた肩の力を抜いた。
そしてついにアーノルド達はそこだけ木々が生えていない少し開けた場所に出ると同時にその場の中央部にいる全身を茶褐色のコートで身を包み顔をフードで隠している怪しい人物を発見した。
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