第46話
クレマンが『傀儡士』と戦っている間にアーノルドとコルドーは一つ手前の街付近まで戻ってきていた。
遠く離れて見えない今でもクレマンとあの男による戦闘の破壊音がうっすらと響いている。
アーノルドがコルドーに抱かれて逃げる際に遠目からでもわかる凄まじい破壊を目の当たりにしコルドーの判断は正しいと理解できた。
アーノルドがあの場所に残っていれば、まず間違いなく成す術なく巻き込まれただろう。
それほどまでに人智を超えた攻撃であった。
無理やり残っていればあれほどの攻撃を繰り出せる相手に対してクレマンは主人を守りながら力を制限して戦わなければならなかったところであった。
アーノルドは前世の体験から他者の気持ちを慮ることをやめた。
少なくともアーノルドにとってはそれが事実だ。
傲慢な態度、横柄な態度、尊大な態度。
そのどれもがアーノルドの前世には無縁のものだった。
だからこそ自身が取るには分不相応な相手にそのような態度を取ることが他者を慮っていないとすら考える。
こんな子供にそんな横柄な態度を取られるなど嫌だろうと、だが、必要ならば躊躇うことはないとそういう態度を取ることが他者に配慮する気はないと勘違いしているのだ。
自らが決めたことを為すため、他者を犠牲にするような選択はできていない。
本当に他者がどうでもいいなどと思っているのならコルドーや他の騎士が死のうがお構いなしに自らを守らせ観戦したはずである。
たとえその場でコルドーを斬ってでも残るはずである。
自らが戦いの邪魔になるなどという発想はまずもたない。
本当に我儘な者ならば他者に配慮したりしない。
そもそも生まれながらにそうあれかしと育てられたものは慮るという概念すら持っていない。
自身のために他者が最善を尽くすことなど当たり前であり、自らの願いを叶えることなど当然なのである。
極論を言ってしまえば本来ならばコルドー達はあの場でアーノルドに傷を負わすことなく敵から、あらゆる攻撃から守りながら戦いを見せろと言われたらそれを叶えなければならない。
もちろん、やらなければならないと出来るは別なのでその我儘によって死ぬ貴族の子息令嬢もいる。
身の丈以上のものに手を出した者の末路などどの世界でも同じである。
従者と主人の距離が近ければ忠言もできるだろうが大抵の場合貴族というのは従者を奴隷の如く考えている者が多いため従者は命令には逆らえない。
この場まで避難させアーノルドからの裁きを待っていたコルドーはアーノルドの前で固まっていた。
たとえコルドーが命令を下したとはいえアーノルドがコルドーに罰を与えることは当然のことであり、それを従者として釈明などせず受け入れようと思っていたコルドーはアーノルドの言葉を聞き驚愕に目を丸くし固まった。
アーノルドはコルドーに罰を与えることはなかった。
アーノルドにとってあの避難は当然のことであり、むしろ言葉には出さないが感謝の念すら抱いているのだ。
が、アーノルドに現在教え込まれているダンケルノ公爵家の帝王学に他者の意見を聞けなどという文字は存在しない。
生まれながらに上に立つ者として教育されているアーノルドにとって自らの意見は絶対であるはずである。
大人になるにつれて失敗を学び他者の意見の大切さも知っていくのだがダンケルノの教育は他者を慮るようにはできていない。
自らで考え自らで為す。
臣下は主人を影から手助けし主人の考えを読み取って動く。
だが、コルドーの視点からではアーノルドはそのようなことを学ぶ機会がまだなかったのにも関わらず自らの意見とは対立する他者の意見をこうも簡単に聞き入れたのだ。
それもまた上に立つ王の資質。
人間は完璧ではない。
だがらこそ人は寄り添いあって生きていく。
王たる者が他者の意見に左右されるなど論外であるが、唯我独尊な王もいずれは破綻する。
この国の王も、公爵も全てを1人でやっているわけではない。
最後に正しい行いを自ら選択できる者こそが優れた王たりえる。
他者に寄りかかるだけの者が王になれば悲惨である。
人間とは欲深い生き物であり、自ら考えれない王など甘い汁を啜りたいだけの寄生虫どもに寄生され最後まで食い散らかされるだけの害悪でしかない。
食われるのは王だけではない、民が、国が喰われるのだ。
大抵の貴族は学院に行って他者と関わることでやっと気づく。
もちろん気付かぬ者も多いし、そのまま他者を食い物にして生きていく者もいる。
だが、上に立つ者であるにも関わらず気付かぬ者は自らに仕える者すら消耗品のように扱いいずれ自滅していく。
1人だけで何もかもをこなす者などそうはいないからだ。
そしてそういう者に人は付いてこない。
いい人材が付くことはない。
さらに、そういう者は失敗を他者のせいにする。
自分が成功しないのは他者が失敗したからだ。
自分は完璧だったのにと。
成長も出来ず、有象無象の凡俗として人生を終えることになる。
コルドーはアーノルドに上に立つ者としての資質を見たのだ。
コルドーはアーノルドが罰を与えると考えてしまった。
そう考えなかった者などいないだろう。
特に子供の頃などは従者など自身の望みを叶える存在でしかないのだ。
そんな者に反発されれば、生来の気質で大人しい者でもなければ子供ながらに短絡的に罰を与えるだろう。
コルドーはアーノルドの資質を疑い信じていなかった自らを恥じて拳をギュッと握り込んだ。
だが、今回のことは当然ならがそういうことではない。
アーノルドには前世の庶民としての記憶があるため、ただ単に正しければ人の意見を聞くことの大事さなど当然知っているというだけのことである。
だが、そんなことなど分からないコルドーはアーノルドに対して片膝をついて跪いた。
アーノルドは突然跪き頭を垂れたコルドーを見て一瞬面食らった表情になった。
「申し訳ございません。アーノルド様。私は貴方様のことを全く理解できていなかったようです。いえ、今もまだ貴方様が何を考えているのかなど分かりませんがそれでもただ強くなりたいなどと漠然的な思いで動いているわけではないと理解致しました。何を為すためにそれほどまでに強さに焦がれているのかは正直想像も付かないことです。しかしアーノルド様の指南役となりまだ短い時間ではありますが、その生き様の危うさに何度もヒヤヒヤとさせられましたが、それでも貴方様が将来何を為すのか、それが楽しみで期待せずにはいられません。そして立ちはだかる困難を除き支えていきたいという気持ちが強くなりました。まだ早いかとは思っていましたが・・・・・・、まだ未熟な身ではございますが不肖このコルドーをどうか貴方様の臣下の末席に加えてはいただけないでしょうか?」
コルドーは此度のことを利用してあることを考えていた。
それはいつアーノルドの臣下になるかというものである。
コルドーとしてはアーノルドを見ていると危なっかしくもあり、その生き様に期待させられもし、早めに臣下に願い出たいという気持ちを既に持っていたが、指導役としてまだまだ教える身としては早くに臣下になるというのもどうかと思っていた。
コルドーは残りの2人も拝見したがアーノルドほどの苛烈さはなかった。
片や傍若無人、片や薄志弱行。
まだまだ幼いのだ。
いま決めるには早いかもしれない。
だが、そのいまの段階でも目が離せなく、どうにも
そこで、言い方は悪いがアーノルドがどれほど優秀か、上に立つ者としての資質があるのかを見極めようとした。
それが今回アーノルドの命令に背いたことによる対応であった。
もちろんそのために命令に背いたわけではなく、ああすることが最善であるとした上での行動である。
そしてコルドーはアーノルドに自身から罰を求めたなら、何かしらの罰が下ると予想していた。
アーノルドの考えからしたら普通は罰を与えるのが当然だからだ。
それ以外の選択肢などありえなかった。
そしてもし罰が下らなければコルドーは臣下に願い出ると決めていた。
もはや自身が教えるまでもなく穎達した才を持っており、であり十分上の者としての資質があると。
それならばあとは臣下となりアーノルドを支えればいいと考えた。
そんなことなどいざ知らず、アーノルドは突然のことに息を呑んだが、表情にはその驚きを出さなかった。
アーノルドはごく僅かの間苦悩した表情を浮かべゆっくりと口を開いた。
「パラクにも言ったことだが・・・・・・、私は誰に何を言われようと私の決めた道を行く。それが必ずしもお前の望むような道になるとは限らないし、私はその道を行くためならば臣下にとっていい主君たりえるつもりもない。お前はそんな人間、それも子供などに本気で仕えるてもかまわないのか?それに私にとって公爵になるというのは通過点であり、通る必要もない道だ。私の臣下になったからとダンケルノのためになるとは限らんぞ。私以外にも後継者の候補はいるし公爵に仕えるという手もある」
少しだけ感情の乗った言葉は近くにいたパラクにも向けられたものだった。
アーノルドにしては弱気な言葉であった。
パラクが臣下になり初めて誰かの上に立ったことで改めてその意味を考えていた。
自らが目指す道は多くの血を流すようなものになるだろう。
お世辞にも聖人君子などと言われるような道を行くつもりはない。
人の屍を山ほど積み上げてたどり着く道になるだろう。
英雄のように他者のために屍を積み上げるのではない、ただ自らの欲を満たすためだけに積み上げる屍だ。
罪なき人ですら殺すこともあるかもしれない。
自分ならそんな人間を主君と仰ぎ、付き従えるだろうか。
否。考えるまでもない。
まともな者ならば無垢の人間を殺すなど自責の念に耐え切れないだろう。
正義感の強い者ならばまず止めようとするだろう。
突き放してしまえば楽だ。
他者との関わりを絶ってしまえばそんなことを考える必要はない。
だが、アーノルドは人の温もりや優しさを知っている。
邪険にしてくる者ならばともかく自らに付き従う者を突き放すことが出来るほどまだ心が強くなかった。
アーノルドが未だ答えのでない問題に葛藤していると、コルドーはアーノルドの迷う心を払拭するかの如く強硬な態度で言い切った。
「当然でございます。貴方様の臣下になると誓ったその時から私の進むべき道はアーノルド様の道と重なるのです。たとえそれが数多の屍を積み重ねるような道であったとしても、無垢な民を斬れという命令であったとしても、私めが貴方様の進む道を邪魔する者全てを斬りましょう」
コルドーは操を立てるかのような強い瞳でアーノルドを見上げ自身の変わらぬ意志をその身をもって呈した。
そんなコルドーを見て臣下を持つことに迷いを抱いていたアーノルドの心にも変化があった。
「・・・・・・好きにするといい。お前が俺の臣下となることを認めよう。・・・・・・裏切りは許さないが・・・・・・堅苦しく縛るつもりもない。励むといい」
アーノルドはコルドーの言葉を聞き、複雑な感情を抱いていたがそれ以上突き放すようなことを問うことはなかった。
――∇∇――
アーノルドがこの場に戻ってきてから1時間ほどが経過した。
時折凄まじい圧のようなものを感じることからもまだ戦いが続いているのだろうと思われた。
もう少し緊張感があるのかと思ったが誰もクレマンを心配する素振りすら見せなかった。
あれからずっと無言で立っていたアーノルドは側に控えているコルドーとパラクに話しかけた。
「クレマンのあの様子の原因とあの男について何か知っているか?短い付き合いだが、あれほど荒々しいクレマンを見たのは初めてだ」
アーノルドはニコニコと穏やかな顔をしたクレマンしかほとんど見たことがなかった。
チラッと見えたクレマンの瞳は憎悪に支配された瞳であった。
執事としてもはや条件反射のようにアーノルドを避難させるように指示していたが、その瞳にアーノルドのことなど一欠片も映っていないことはアーノルドにもわかっていた。
「私もあのようなクレマン様は初めて見ました。『傀儡士』・・・・・・クレマン様はあの男のことをそう呼んでおりました。しかし『傀儡士』などという人物を私は聞いたことがございません」
パラクもクレマンのあの様子には驚いた様子を示した。
「パラクが知らないのは無理もないことです。『傀儡士』、そう呼ばれる奴はクレマン様の最大の仇であり、分かっていることは教会所属の使徒の一人だということだけです。性別、年齢、素性その他一切がわかっておりません。我々騎士の中でもその存在を知るのはクレマン様ほどの古株かある程度階級が上のものだけなのです」
「使徒というのはなんだ?」
アーノルドは勉強で教会について学んだときに、教皇を頂点とし、大司教、司教、神父などいくつかの役職や肩書を勉強したが、その中に使徒というのは含まれていなかった。
「申し訳ございませんが、教会については臣下となった今でも申し上げれることに制限がございます。本来ならばそのようなことあってはならないことですが誓約魔法にて縛られているため言うことができない我が身をお許しください」
コルドーは申し訳なさそうに歯噛みして頭を下げた。
「よい。それについては聞いている。私に付き従ってくれているだけで十分だ。最良を望む気はない。最善を尽くせばそれで良い。その程度のことで一々謝るな」
騎士達には公爵からいくつかアーノルド達後継者候補には話してはいけない情報が決められている。
そして臣下となったあとにも話すことができないように誓約魔法によって縛られているのだ。
これはクレマンに色々質問したときに教えてもらっていた。
どう足掻いてもできないことを責める気はないしそんなことで謝られるのはむしろ気分が悪かった。
普段ならばその程度で感情が揺れ動くことなどないが、クレマンのあの姿を思い出すと見せる心が騒ぐのだ。
コルドーはそんなアーノルドの機微を察して一礼した。
「以後気をつけます」
微妙な空気がその場を支配した。
コルドーにとってクレマンが負けるなど考えられないことだ。
あの理不尽の権化を倒せるのはそれこそ公爵くらいしか思い浮かばない。
パラクにとっては生ける伝説。
実力もどういう戦い方をするのかも何もかも知らない。
だが、その噂だけは伝え聞いていた。
自分が心配をするなんて烏滸がましいほどの人物。
アーノルドもその場の空気を払拭するために口を開いた。
「誰に聞けばわかる?」
コルドーも特に引きずるようなこともなく自然に返答した。
「公爵様に聞くのがよろしいかと思いますが、おそらく教えていただけることはないでしょう。ですが、時期が来れば教えていただけると思います」
「わからんな。情報というものは常に持っていた方が良いだろう。なぜ隠す必要がある」
アーノルドはその意味が理解できなくて訝った。
「差し出がましいことを申しますが、ときには知っているからこそ危険な目に合うということもございます」
主人の考えに異を唱えるなど差し出がましいとは思いつつも、指南者として、臣下としてコルドーはアーノルドに教導した。
「ああ、そういうことか」
アーノルドは前世の映画などでよくある裏社会の秘密を知ったために命を狙われるなどといったことを思い出していた。
情報を持つにもそれに持つにふさわしい力がいる。
言われてみれば当然であった。
「まぁいい。必要に迫られれば公爵に問うとしよう。それよりも・・・・・・クレマンは奴に勝てるんだよな?」
アーノルドはクレマンの実力を知らない。
戦っているところなど見たこともないし強さの程を尋ねたこともない。
ただ漠然と強いだろうと思っていた程度だ。
そして実際に見た先ほどの戦いは、もはやアーノルドには測ることすら出来ない次元の戦いであった。
前世のゲームや特撮の中で起きていたことが現実となっているという感覚だった。
アーノルドがいくら強くなったと言っても所詮はまだ人の領域。
身体強化などによって年齢に見合わぬ、前世の一般男性に比べればかなり強いという程度の力を手に入れているが魔法などを除けば所詮は人が為しても誰も驚かない領域である。
地を砕くことも、消えるほど速く動くことも、一撃で木々を薙ぎ倒すとこもできず、相手を殺すと思っただけで威圧することもできない。
人があれほどの破壊を生み出す光景をアーノルドは初めて見た。
コルドーも今までアーノルドに必要以上の強さを見せはしなかった。
強さというものは、ときに人を魅入らせる。
やる気のない子供のやる気を引き出すのには有効であるが、既に魅入られているものにとっては過ぎたる強さは毒になりえることもある。
そのためコルドーは必要以上の強さを見せなかった。
だが、今回の戦争に備えて『オーラブレイド』のような基本技は見せなければならなかった。
知っているのと知らないのでは対応に差が出るからだ。
そのときのアーノルドの反応は淡白であり、コルドーが思っていたような反応ではなく拍子抜けしたような顔をしてしまった。
「っ⁉︎」
そのときその場にいた全員が全身を貫く怖気に肌が粟だった。
示し合わせたかのようにバッと先ほど戻ってきた道の方を皆が向いた。
いつもの端厳な表情を崩し歯を噛み締め全身へ力を入れた。
そうでもしなければ体が震えてしまいそうであった。
「いま・・・・・・のは・・・・・・?」
少しの時間が経過し、あの悍ましい気配が消えて落ち着いてからなんとか絞り出すように口から言葉を紡いだ。
小声で言ったその言葉を拾った者が話しかけてきた。
「クレマン様のものですよ」
ロキは満足そうな、嬉しそうとも取れるような笑みを浮かべクレマンがいる方角を向いていた。
「わかるのか?」
「ええ、私も一度、あれをくらっているので」
ロキはそれだけ言うと一礼して去っていった。
すると、入れ替わるように隣で少年のように顔を輝かせているコルドーが口を開いた。
「問題ございませんよ。あのお方が地に伏す姿どころか傷つく姿すら見たことがございません」
コルドーは自分のことでもないにも関わらず憧れの者について話すかの如くいきいきとしていた。
パラクもまた同じような顔をしていた。
「公爵相手でもか?」
その言葉にコルドーはうっと言葉に詰まった。
「一度だけ、・・・・・・一度だけお二人の手合わせを拝見したことが御座いますが、当時の私には理解できぬ次元の戦いでございました。そのとき次に私が認識できた時のは、一糸乱れぬ姿でお立ちになっていた若き公爵様と少しばかり服が破れてはいますが体は無傷のクレマン様が向かい合い、クレマン様が負けを認めるお姿でした。しかし公爵様が汗を拭っているお姿を見たのは後にも先にもあの一度のみでした」
コルドーは当時のことを思い出しているのか苦笑しながらそう言った。
「あの方は本来執事などというお立場にいる方ではないはずなのです。ダンケルノ家の使用人の中でも1、2を争うほど強いはずです。本来なら公爵様直属の——」
コルドーが顔を険しくしながら話していると後ろからかけられた声によって話を遮られた。
「そのようなことはありませんよ。この私ももはや老耄の身。コルドー様に抜かれるのも時間の問題ですよ。それよりもアーノルド様の執事という立場を低く見做す発言は看過できませんね」
そこには一切の傷を負っていない普段通りのクレマンが立っていた。
責めるような言葉ではあるがそこに棘はなかった。
ハッとなったコルドーは即座にアーノルドに跪いて先程の発言を謝罪した。
アーノルドは別に気にもしていなかったので許すと発言しようとしたときにクレマンもアーノルドの前に跪いた。
「アーノルド様。この度の勝手は振る舞い、誠に申し訳ございません。如何様にも罰は受ける所存でございます」
クレマンは深々と頭を垂れ、首を差し出すような姿勢をした。
「・・・・・・まずは話を聞いてからだ。聞かせてもらうぞ?」
「仰せのままに」
その後、アーノルドはクレマンの過去の話から始まりクレマンの人生について一通り聞いた。
『傀儡士』のことは全ては話せないみたいだが、それでもクレマンがどのような思いで今まで生きてきたのかは嫌というほどわかった。
話し終わったクレマンはアーノルドの裁きを待っていた。
だが、アーノルドは目の前の男の態度に受容しがたい気持ちを抱いていた。
いま一時的とはいえクレマンの主人はアーノルドだ。
だからこそあの場の勝手な振る舞いについて罰を求める気持ちはわかる。
それでこそ忠臣たりえると、その献身に身が引き締まるとさえ思うだろう。
だが、違うのだ。
それは違うとアーノルドの心の奥底から叫び声が聞こえてくるのだ。
断じて否だと。
「・・・・・・もし私がこの場でお前の首を刎ねると言えばお前はそれを受け入れるのか?」
クレマンの話を聞き終わったアーノルドは冷めた目でクレマンを見下ろしていた。
その突然の変わりようにコルドーや他の騎士は焦りに焦ったが、普段接しにくい雰囲気ではあるが横暴ではないアーノルドが他者を一切寄せ付けないような王者の雰囲気を醸し出しているため口出しすることは誰にも出来なかった。
「仰せのままに」
クレマンは短くそれだけを口にした。
そんなクレマンの態度に我慢ならんといった感じでアーノルドは目を細め歯を剥き出しにし拳を握りしめた。
「なんだと?お前の話では完全に殺したとは限らないということだったな?殺しきれたわけではないかもしれぬとさっきその口でそう言ったな?」
アーノルドは眉間に皺を寄せ頭を垂れるクレマンを射殺さんばかりの勢いで睨みつけた。
そしてアーノルドの言葉には普段はない熱がこもっていた。
「はい」
クレマンは頭を垂れたまま淡々と口にした。
「それにもかかわらずここで死んでもいいとお前は言うのか?」
怒りを押し殺すようにそう口にした。
「アーノルド様の御心のままに」
だが、クレマンはあくまでアーノルドに従うと口にした。
従者としては正しい姿であるがアーノルドは我慢ならなかった。
「先ほどのお前は従容(しょうよう)たる様子でお前自身の過去を話していたな。だが先ほどあの『傀儡士』なる人物と相対したお前は飽くなきまでの憎悪をその身に宿らせていたぞ?この私でもわかるくらいにな。そいつを殺すためだけに自身を高めて高めてやっとの思いで見つけた怨敵の死をきちんと確認せずに死んでもいいと言うのか⁈あの場でのお前の選択には一片たりともミスはなかった。お前の憎悪などと関係なくあの場では足手纏いとなる私は逃げるべきであった。今の私が立ち向かえる相手ではなかったからな。立ち向かえるお前に任せ私は去るのが最善だっただろう。にもかかわらずたかがこんな子供が癇癪のように残りたいなど言った言葉に逆らったという程度でお前はその憎悪を捨てて諦めるだと?」
アーノルドは怒りを露わにし声を荒げるが、クレマンはただただじっと跪いて顔を伏せたままであった。
「主人の命令に逆らうのは確かに悪だ。従者としてはあるまじきことだ。だが主人のために正しい行いをしたことが悪だとでも言うのか?お前の憎悪はそんな不条理で諦められるくらいに軽いのか⁈それならばまだあの野盗の方が骨はあったぞ!貴族を殺してでも自らの欲を貫き通したのだからな!私を失望させるなクレマン!・・・・・・お前は先ほど私の臣下への誘いを断ったのは自らがあいつに遭遇したときに私の命令を優先できる自信がなかったからだと言ったな。だから同じ理由で先代公爵も現公爵からの誘いも断ったと。あいつを殺すまでは自身を制御できる自信がないと。確かに主君の命令を聞かぬ臣下などいりはしない。だが、それはお前の憎悪がそれほどまでに大きく、私のことを考えた末の決断だということはわかった。お前があの『傀儡士』に並々ならぬ憎悪をもちながらも助けてくれた先代公爵への恩を感じているのもわかった。ダンケルノ家の使用人としての矜持を持っているということもわかった。だが、お前の人生で1番大切なのは先代公爵への恩か?使用人としての矜持か?お前がさっき私にお前の過去を話した時に冷静だったお前が唯一感情を動かしたのは先代公爵への恩でも使用人としての矜持でもなく『傀儡士』への怨念だったぞ?お前自身もわかっているはずだろ?見方を変えれば先代公爵や現公爵、私の誘いを断ってでも優先しているのは『傀儡士』のことだろう?お前が真に望むことは『傀儡士』への復讐を成し遂げることだ。それ以外のものなど捨ててしまえ。半端な忠誠心などない方がマシだ。お前の人生で大切なことはこんなガキのために命を差し出すことではないはずだ。人生に2度目があるのかもしれんが・・・・・・1度目の人生でしか得られないものもある。それを為すと決めたなら何をおいてもそれを為せ。後悔など後でいつでもできる。やりたいと思ったことは最後までやり通せ」
最初は激昂したように声を荒げていたアーノルドであったが徐々に我を取り戻したのか冷静になっていった。
「・・・・・・まぁ、こう偉そうなことを言っているが、私はたしかにお前達に縋らなければ今は1人で戦うこともできん。だが、私のために尽くそうとする他人の人生を犠牲にしてまで何かを得ようとは思わないしさせるつもりはない。二心を持つことも裏切りも決して許さんが、それが私の道に反しない限りは少しばかりの臣下たる者の我儘、願いを聞けぬ者になどなるつもりはない。お前のその言動はその程度の狭量な心しか持っていないのだと私の格すらも貶めるものと理解しろ。あの場面でお前が私を避難させた理由すらわからない馬鹿だと思っているのならもう一度さっきの言葉を言ってみろ。そうでないのならばもう黙っておけ。・・・・・・罰を求めるというお前の使用人としての姿勢がわからないわけではないが、少々不愉快だ。私の感情をコントロールできないほどにな。2度とやつを殺す前に死んでもいいなどと口にするな。・・・・・・奴の首をお前が死ぬまでに私の前に持ってこい。それがお前に課す今回の罰だ」
アーノルドは心を鎮めながらクレマンに訴えかけた。
アーノルドは言いたいことを言い終えると、もはや話すことはないとばかりにクレマン達に背を向けて今後の流れを再確認するために小隊長達が集まっているところへと歩き出していった。
コルドーやパラクなど他の騎士達もいつも何を考えているのかよくわからず近寄り難い雰囲気を出しているアーノルドがこれほどまでに感情を露わにしたのを初めて見た。
「ありがとうございます、アーノルド様。必ずや奴の首をお持ち致します」
クレマンは歩き去っていくアーノルドに静かにそう言った。
一方コルドーはずっと跪いたままであり、動いていいものかと計りかねていたがクレマンが立ったことでようやく動けるとホッとしていた。
そしてコルドーやパラクだけでなく周りで聞いていた騎士達も初めて見る感情的なアーノルドを見て初めて人間味を感じていた。
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