第31話

 アーノルドが振り返ると、そこにいた使用人全員がその男に対してこうべを垂れて跪いていた。

 そしてその男がいるだけでこの場の空気が1段階重くなったように錯覚するほどであった。


「珍しいですね、公爵様。このような場所に来られるとは・・・・・・。いえ、初めまして、父上の方がよろしかったですか?」

「ほう、何とも不遜な態度よ。よもやオーラを扱えた程度で思い上がっているのではあるまいな」

 アーノルドはその言葉を聞き身構えた。


「だが、今日は許そう。今日は争いに来たわけではない。それに呼び名もどちらでも良いぞ?」

 公爵はそう言ってニヤリと笑った。


「それで?なぜ其奴らを殺さぬ?敵となったのなら、邪魔になったなら殺せばよかろう?」

 威圧感をもって公爵はアーノルドに問い詰めた。


「確かに、殺せば後顧の憂いも晴れるでしょう。ですが、もはや敵でなくなった無抵抗の者を殺すことは私の信条に反します。敵は殺す・・・・・・、その考えには賛同いたしますが、敵の定義は私が決めるものです。断じてあなたが判断するものではない」

 アーノルドは公爵の威圧になど負けず堂々と自分の意見を言い放った。


「その歳で信条などと宣うか。結構なことだ。だが貴様の言は正しい。そうとも自らのことは自らで判断すればいい。そこに他者が介入する必要など皆無である。だがな、その結果の責を負うのもまた貴様であるということを忘れるでない。そしてその甘さが命取りになるということもな」

 公爵は吐き捨てるようにそう言った。


「それで?其奴らはもう貴様の敵ではないと判断したというのか?我にはあと2つの家門を敵に回すことを避けたいがために其奴らを殺さぬようにしか見えんぞ?」

 責めるような口調ではないのだが、アーノルドはその厳かな声に棘を感じたように思えた。


「この者達が私を害する力も気概もないのはもはや明白です。それに私は身の程を弁えているのです。誰かに遜るつもりなどありませんが、今の状態でどこもかしこも敵にまわすことを強さとは思いません。そんなものはただの蛮勇です。敵に回るというのなら受けて立ちますが、わざわざ自分から敵を増やす必要を感じないだけです」

 そもそもが5年間は力をつける期間にするつもりだったのである。

 実戦経験という意味ではいいかもしれないが、それも出来ることが少ない状態でやっても身になるものも少ないだろう。


「ほう・・・・・・。だがな、貴様はもう既に己より強い者に対して反抗していることに気づいているか?何を思い、何を為すかは貴様の自由であるが、それを押し通すだけの力がなければただの妄言であるぞ? 貴様が吐いた大言、成し遂げられるのか試させてもらうぞ?」

 薄ら笑いを浮かべながら公爵はアーノルドを真っ直ぐと見据えた。

 部屋の空気が一瞬で変わり息苦しさと重々しい空気に立っていることすら出来なくなりアーノルドは床に倒れ込んだ。

 荒い息遣いで懸命に呼吸をしなければいますぐにでも気絶してしまう状態になり、息苦しさから首を手で押さえながらアーノルドは何とか耐えていた。


「気絶は免れたか。たしかに大したものだ。その歳でそれだけの精神力があればたしかに充分ではあるだろう・・・・・・。だがな、理不尽とはいつ何時なんどき襲ってくるかわからん。そんなときにまだ子供だからなどという言い訳など通用せん。そこにあるのはな、結果だけだ。望む結果とは待っているだけでは得ることができん。自分から掴みにいってこそ得ることができるのだ。そしてそれを得ることができるのは強者のみ。弱者に残るものなど何もありはせん。貴様も、何も失いたくないというのならばせいぜい足掻け。足掻き足掻いた末にこそ強者への道は存在する。それでもなお手に入らぬものならば、手に入るまで自己を研鑽せよ。それこそが覇道への第1歩となる。終わりのない欲望の果てにこそ真に得たいものが存在するのだ」

 公爵が力を収めたことにより部屋の空気が元に戻り、普通に呼吸することが出来るようになった。


 リリーとランを見ると地面に倒れており一瞬殺されたのかと思ったが、呼吸はしているみたいでただ気絶しているだけだった。


「ふん、彼奴らはお前の判断に任せよう。そしてそれが齎す結果を楽しみにしておこう」

 リリーとランを一瞥した公爵は真剣な表情でそう言い放った。


「・・・・・・それで、まさか用事がこれだけというわけではありませんよね?何用で来られたのでしょうか?」

 アーノルドはあくまでも公爵に遜るつもりはなかったので、気丈に振る舞いながらなんとか言った。


「フハハハハ、あれだけやられてまだ減らず口を叩けるのか。だが、そうでなくてはな。 それで用事であったな。昨日の件についてだ。貴様も知っての通りあのヴィンテールの小娘はやりすぎた」

「知っての通りと言われてもよくわかりませんが」

 アーノルドが当たり前のように知っている体で進められたので公爵の言葉を遮った。


「なんだ?まだ聞いていなかったのか⁈あやつが珍しく上機嫌で報告してきたもんだからそのくらいはもう聞いていたものだと思っていたが・・・・・・、どうやらまだまだ甘いらしいな。まぁ知らぬならどうでもいい。とにかく、彼奴は我が決めたルールを破った」

「それで殺したのですか?」

「いいや、まだ処分は下していない。その前に義理は果たしておかなければならんからな」

 厳かな声ではっきりと言った。

「義理、ですか?」

「ああ、あの場においてそのままお前が続けていたのなら、お前はお前の望むものを得ただろう。その末に失うものがあったとはいえ、それが貴様の望みであるのならばそれもまたよい。そして、我は後継者争いに積極的に介入するつもりはない。にもかかわらず運悪くとでも言うべきか貴様の邪魔をしてしまったようだ」

 公爵は少しわざとらしい口調でそう言ってきた。


「ですが、強者であるのならばそれこそ何をしようと気にする必要もないのでは?」

「然り!だが、貴様の言葉を借りるのであれば、それこそが我の信条に反するがゆえに許せんことだ。それゆえお前には一つの権利を与えよう。我が彼奴の処分をするまえに貴様の要望を1つ聞いてやろう。絶対に叶えるとは言わんが言ってみるといい」

 アーノルドは少しの間考えた。

 公爵は考えの読めない顔でアーノルドのことを見つめていた。


「それではあの女を殺さないでください」

「ほう、殺せ、ではなく殺すなと申すか」

「当然です。私の敵を誰か別の者に譲るつもりはありません。それにこの程度のことで殺すなど甘すぎます。自らの力でもないくせに思いあがり他者を虐げるような奴には地獄を見せねば」

 どす黒い感情を出しながらアーノルドが答えた。


「なんだ?貴様は弱者のための強者にでもなるつもりか?」

 冷めた視線で公爵はそう問い掛けた。

「いいえ、私が我慢ならぬからするだけです。その結果弱者が助かることはあるかもしれませんが、他者のための自己犠牲など死んでもなるつもりはありません。私が動くのは私のためだけです」

「解せんことはあるが・・・・・・、まぁ貴様の好きにするといい」

 公爵はアーノルドが本心からそう言っていることはわかっていたが、それは弱者を救うための言い訳にしか聞こえなかった。自身の心の内すら騙すこの小さき幼児を公爵がどう思ったのかはわからない。


「それとは別にもう一つ要件があったのだが、もうそれは済んだ。・・・・・・我の言葉を忘れんことだな」

 公爵は言うだけ言ってそのまま上へ上がる階段に向かっていったが、階段を登る前に立ち止まりアーノルドの方を見て言った。


「最後に一つ助言をしてやろう。貴様の見ているものが全て真実であるとは限らんぞ。では、せいぜい励めよ」

 公爵は今度こそ帰っていった。

 残されたアーノルドは1人公爵が言っていた意味を考えるのであった。

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