第26話
「お前とお前!俺様に仕えることを許してやる」
そう言ってザオルグが指差したのはマードリーとパラクであった。
その瞬間静まりかえっていた訓練場がより一層静まりかえったように感じた。
「ん?どうした?さっさと俺様の前に跪け」
断られるなど微塵も想像していないザオルグは自分の前に来ることが恐れ多いのだろうと思いさっさと来るように2人を急かした。
「い、いえ」
パラクがか細い声で発した。
「ん?」
マードリーの方を向いていたザオルグが聞き取れなかったのかパラクの方を向いた。
「わ、私はザオルグ様に仕えることは出来ません。申し訳ございませんがお断りさせていただきます!」
パラクはザオルグに対してハッキリと言い放った。
ザオルグは動けないパラクにゆっくりと近づいていった。
「そうか、俺様に仕えないというのなら俺様の糧となることで許してやろう」
ザオルグはそう言って自身が持っていた剣でパラクを斬り捨てた。
本来のパラクならば絶対に避けられる攻撃であったが、まだ満足に動けないパラクはまともに斬られてしまった。
「・・・・・・貴様、なぜその男を斬った?」
少しの間呆然としていたアーノルドはその後ザオルグに対して静かな声で問うた。
ザオルグはアーノルドの方を見て煩わしそうに顔を顰めた。
「うるさいぞ?下郎が喚くでない。この俺様の誘いを断ったのだ。死んで当然であろう?だが慈悲深い俺様は無意味な死ではなく未来の公爵であるこの俺様の糧となることを許してやったのだ。この下郎も俺様の糧となれたことを感謝していることだろう」
心の底から本心で話している様子にアーノルドの心の中に薄暗い感情が芽生えてきていたが、マードリーの精神力を鍛えろという言葉を胸に抱きなんとか堪えていた。
「お前はそうやって何人も殺してきたのか?」
アーノルドは心の中の黒い感情になんとか耐えながらそう聞いた。
「? 当然であろう?」
何を言っているんだお前は、といった感じで、さも当たり前のようにザオルグは答えた。
「それは、たかだかお前の勧誘を断っただけで殺したというのか?」
「俺様の誘いを断るなど重罪であろう。それに上の者が下の者をどうしようと勝手であろう?下の者はせいぜい俺様の役に立っておけば良いのだ、それを拒むのならその命を持って役に立ってもらうしかなかろう。むしろ一度は直接聞いてやっただけ俺様は優しいほうだ。まぁ役に立ちそうにないやつは問答無用で殺すがな」
そういって笑っているザオルグを見てアーノルドの我慢は限界に達していた。
「・・・・・・・・・・・・うぅ」
その時パラクがうめき声を上げた。
思いっきり肩から胸にかけてばさりと斬られたていたので明らかに致命傷に見えていたが、まだ息はあったようであった。
他の騎士達は一切動く気配がない。騎士達であろうとこの公爵家では自らの発言に責任をもたらければならない。パラクは自ら断るという選択をしたのだ。その結果の行く末を決めるのはパラク自身であり、その結末がたとえパラクの死であろうが自己責任なのである。自身の意見を通したければ強くあるしかない。それは使用人にすら適用されているのだ。主人を選ぶ資格があるものもまた強者のみが選べる特権である。もちろん今回のようなことは極端な例ではあるが、過去にも当然このような暴君はいたのである。そういった者と接する術を身につけることも大事であるのだ。
誰も動かないのを見たアーノルドは使ったことなどないが治癒魔法をパラクに施すために駆け寄ろうとしたが
「ふん、なんだ・・・まだ生きていたのか。さっさと死ねばよいものを」
ザオルグが再びパラクに対して剣を振おうとした。
それを見たアーノルドの我慢が遂に限界を超えたのだった。
Side:ザオルグ
(まったく、下郎の分際でごちゃごちゃとうるさい奴だ。この男をさっさと殺してあの女を連れて帰るか)
そう思いながらパラクに向けて剣を振り上げた。
パラクはもはや傷で動くこともできず、そもそも先ほどのアーノルドとの戦いによってエーテルが底をついた状態になっており、体を満足に動かせていなかった。
そしてザオルグはパラクの方を碌に見もせずに勢いよく振り下ろした。
その瞬間ザオルグの手に衝撃を感じた。
(ん?)
ザオルグが手の方を見ると手首から先が無かった。
それを知覚すると途端に痛みが襲ってきた。
「グァアアアアアアアアアアアアアア‼︎いたいいたいいたい〜」
そう言って両手がなくなっているので患部を抑えることも出来ず痛みにのたうち回っていた。
「ザオルグ様‼︎」
即座にお付きの騎士がザオルグに駆け寄り治癒魔法を施した。
「遅いぞ‼︎さっさと治さんか‼︎」
そう言ってザオルグは治癒魔法を使った騎士を治してもらった腕で殴った。
殴られた騎士は大したダメージはなさそうではあったが、その表情を見ることはできなかった。
ザオルグは自らの腕を斬り飛ばした要因を探した。
「・・・・・・ヒィ‼︎」
ザオルグは辺りを見渡し、それを見つけて目を引き攣らせ思わず悲鳴を上げた。
ザオルグが見つめる先にいたのは禍々しい漆黒のオーラを身に纏った少し成長した姿のアーノルドであった。
金色の瞳は真っ黒に塗りつぶされ、髪色も黒色であるのでアーノルドの全てが黒で包まれていた。
黒いオーラが漆黒の黒衣のようにアーノルドの体に纏わりつきゆらゆらと揺らめいていた。
そしてその姿は見る者全てに、そのどこまでも飲み込まれていきそうな漆黒の黒に対する根源的な恐怖を呼び起こさせた。
アーノルドがパラクに近づいていくとザオルグはその分だけ後退し、アーノルドがパラクのいるところにたどり着くとパラクの体をアーノルドから出てきた黒いオーラが包み込んでいった。
それはまるで黒い怪物に人が捕食されているような光景であった。
そして黒いオーラが引いていきパラクの姿が見えた。
アーノルドはザオルグの方を向き語りかけた。
「剣を取れ。人を人とも思わぬお前が上に立つなど俺が許さぬ。お前のその取るに足らぬ
少し成長した姿になっているアーノルドはいつもの幼なげな声とは違い、どこかどっしりとした泰然としている声に変わっていた。
ただ静かに話しているだけなのだが、その声は訓練場によく響き、そしてその声すらも威圧となってザオルグに襲いかかった。
「っく‼︎こ、殺せ‼︎あいつを今すぐ殺せ‼︎」
ザオルグは半狂乱状態で自らの騎士達に命じた。
オードリーはアーノルドのその姿を見て、ただただ震えて何も言うことが出来なかった。
周りで見ている
そしてアーノルドがザオルグに向けて歩を進めると、その間に割って入るように騎士が立ち塞がった。
「行かせん‼︎」
「止まれ‼︎」
2人の騎士がアーノルドの前に剣を構えて立ち塞がった。
「邪魔だ」
アーノルドは静かな声でそう言い、自身の黒いオーラを手足のように使い騎士達に攻撃を仕掛けた。
まるで意志を持っているかのような禍々しいオーラが騎士達に襲いかかった。その騎士達は
アーノルドは焦るでもなく泰然とした態度で歩を進め、ザオルグの方に向かってきていた。
すると先ほどの騎士だけでなく他の騎士も合流しアーノルドを囲うように陣取った。
「俺に2度も言わせる気か? 君主同士の争いに下僕風情が邪魔をするとは万死に値するぞ? これ以上邪魔立てするならば貴様達の命をもってその咎を償ってもらうぞ」
そう言うや否やアーノルドが身に纏っていた漆黒のオーラが勢いよく溢れ出しアーノルドの周囲を地面を這うように黒く染めていった。
騎士達は即座に避けようとしたが、その広がる速度に抗えずあえなく騎士達の足元に黒いオーラが満たされていった。しかし時間が経てど特に何も起こらないのを見てアーノルドに視線を向けた。
そしてアーノルドの目を直接見てしまった正面にいる騎士はその目の中に怪物を幻視し恐怖に震え動くどころではなかった。
しかし正面以外にいる騎士はアーノルドの圧に屈することなく襲いかかっていった。
「死ねぇぇえええええええ‼︎」
正面を除く5人の騎士がアーノルドに襲いかかってきた。
「フン」
アーノルドは仏頂面のまま、襲い来る騎士達を見ることもなく指を下から上に持ち上げるように少しだけ動かした。
すると、アーノルドが広げた地面の漆黒から無数の無骨な剣の形をした漆黒の何かが生み出され、周囲に浮かび上がった。
それを見た5人の騎士はそれぞれエーテルを身に纏い攻撃に備える者、止まらず攻撃をしかけてくる者など様々に別れた。
アーノルドはまず左から攻撃してきていた者を一瞥した。
すると、先ほど生み出された剣の形をした漆黒な何かがその騎士1人に全て集中砲火した。
辺りの漆黒のオーラがゆらゆらと立ち込め騎士がいた周辺が見えなくなっていた。
アーノルドは歩を止め騎士がいた方を見ていた。
オーラが揺れ動き、そこから先ほどの騎士が飛び出してきた。
その騎士は攻撃された瞬間エーテルによる防御膜を張り、漆黒の剣をほとんど防いでいたのだった。
「死ねぇええええ‼︎」
飛び出してきた騎士はそのままアーノルドに斬りかかってきた。
しかしアーノルドはその男を一瞥しただけで全く避けようとする様子はなかった。
そしてアーノルドはくだらなさそうに鼻を鳴らした。
「あの程度の攻撃を防げて思い上がったか? 身の程を弁えよ」
そしてその騎士の剣がアーノルドに届く瞬間に騎士の剣が止まった。
「あ・・・・・・が・・・・・・ゴボ・・・‼︎」
そしてその騎士は口から血を吐き、地に倒れて動かなくなった。
その騎士の体から数本の図太い黒い棘のようなものが飛び出ていた。
「全ての闇は俺の支配領域だ。貴様ごときがどうにか出来るとでも思ったか?」
アーノルドは冷たい瞳で、もはや聴こえていないであろう騎士に対してくだらなさそうにそう吐き捨てた。
アーノルドがしたことは太陽や鎧の
影ができぬ場所などない。この世のどこを探しても、何かが、誰かがいる限りそこに黒は存在するのである。そしてその全てを今のアーノルドは操ることができるという。
並の騎士では初見で対処することは出来ないだろう。
そして漆黒のオーラがアーノルドの周りを荒ぶるように動き回っていた。
「な、なんなんだあれは・・・・・・!化け物めッ!さっさと殺せ‼︎」
ザオルグは震える声で自らの騎士達に命令したが、アーノルドの異様な姿、そしてその黒が発する凄まじい圧に呑まれてもはや動くことが出来なかった。動けば先ほどの騎士同様串刺しを免れることはないと頭で理解できてしまったのである。
「何をしている‼︎貴様らの存在価値なぞ俺様に比べたら塵芥も同然であろう‼︎さっさと立ち上がってあの化け物を倒さんか‼︎」
ザオルグにとっては下々のことなど自らの肉壁くらいにしか考えておらず、またどう扱ってもいい存在であった。
だがこれはオードリーの英才教育の結果であった。
ザオルグとてアーノルドと同じ5歳児なのである。
周りの環境が違えば育ちも性格も変わるのは当然である。
ザオルグはオードリーの使用人を人とも思わない扱いを見聞きしそれが普通であると思っていた。
もちろんザオルグが何も考えず唯唯諾々とオードリーの言うことを盲目的に信じたのも悪いのは明白であろうが・・・・・・
そしてそのような態度では当然騎士達も命を賭けてまでザオルグを守ろうなどとは思えなかった。
「そう喚くな。臣下を使い捨てにするようなやつについていこうなどという者がいるはずなかろう?それすらわからんならお前は君主たる器ではない。それともお前はただの暴君にでもなろうというのか?」
別に解を求めて聞いたわけではないが、ザオルグは何も答えなかった。
「貴様も君主たろうと思うのならば剣を取り立ち向かってきたらどうだ?臣下に押し付け自らは逃げるなぞ、とても君主の姿とは思えんぞ?・・・・・・ククク、それはなかなか滑稽な姿であるぞ?それとも貴様は君主ではなく道化の類であったか?」
ザオルグは尻餅をついた姿で後ろに後ずさっていた。
ダンケルノとしては無様極まりない姿であった。
そして、それを指摘されたザオルグは顔が真っ赤になった。
自分より遥かに下の身分である下郎ごときにバカにされたのだ。
ザオルグの頭を支配していた恐怖の感情が怒りの感情に変わるには充分であった。
「下郎ごときがこの俺様をバカにするだと・・・・・・‼︎許さん、許さん、許さんぞ‼︎未来の公爵たる俺様を侮辱したのだ。貴様は確実にこの俺様が殺してやる‼︎」
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