第25話

「そこまでだ」

アーノルドとパラクの間にロマニエスが割って入ってきてアーノルドの剣を自身の紫色に光る剣で受け止めていた。

「試験はもう終わりです。充分見せてもらいました」

そう言われるとアーノルドの体に纏わりついていた金色のオーラが霧散し、持っていた剣もパラクと同じように砕け散ってしまった。

アーノルドとパラクが持っていた剣は従騎士級エスクワイア用の剣でありエーテルを纏わせた運用は考慮されていなかった。それゆえエーテルを纏わせるなんてことをすると剣がその負荷に耐え切れず砕けてしまうのである。アーノルドは無意識に剣をオーラで固定しなんとか砕けさせずに使っていたが、オーラを解除させると同時に砕けてしまったのである。

そしてオーラを解除したアーノルドは立っていられなくてそのまま崩れ落ちた。

「ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・」

明らかなオーバーワークによるツケと斬られた痛みが一気に押し寄せてきたのである。

「大丈夫でございますか? おい!」

ロマニエスはアーノルドに心配の声をあげ、治癒魔法を使える者にアーノルドの傷を治させた。

「ハァ・・・・・・、ああ・・・・・・、ハァ・・・・・・」

傷自体は完全に治りなんとか返事は出来たものの体力は戻らず全然起き上がれそうにはなかった。


パラクも息を乱し、起き上がることが出来ていなかった。

「おい、大丈夫か?」

ライザックがパラクに話しかけにいった。

「ばい、だいじょうぶでず・・・・・・ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・」

初めてのエーテルの発現による疲れで全然大丈夫そうではなかった。

顔は青くなっており斬り飛ばされた耳から血がまだ出ていた。

そしてパラクも治癒魔法で斬り飛ばされた耳を治してもらっていた。


――∇∇――

その後2人がある程度落ち着くのを待ってから試験の結果発表となった。

十数分くらい経っていたのだが、その場を離れる者はごく一部を除きいなかった。


「アーノルド様そろそろ大丈夫でございますか?」

「ああ」


息の乱れ自体は落ち着いてきていたが、やはり体力は即座に戻らず座ったまま試験の結果を聞くこととなった。

パラクもまた無理矢理立とうとしていたが、ふらついてそのまま倒れ込んだので起き上がる必要はないと座らせた。


ロマニエス、ライザック、バフォリーがアーノルドの前に立った。

「御前にて失礼いたします」

「ああ」

「アーノルド・ダンケルノ様の昇級試験の結果は可とする‼︎異議がなければ沈黙せよ‼︎異議があるのなら申し立てよ‼︎」

本来ならばここにいる4人の判断で事足りることであるが、ロマニエスはあえてこの場にいる皆に問いかけた。

アーノルドの戦いは金色のオーラが出る前であっても従騎士級エスクワイアとしては充分なレベルであった。パラクは剣術のレベルだけならば騎士級ナイトとも張り合えるレベルなのである。序盤に手を抜いていたことを考慮に入れても、身体強化ありとはいえ3時間もやり合えるのならば実力としては充分である。

それゆえ、試験前にアーノルドが貴族の八百長で騎士階級を上げようとしていると思っていた者は少しバツが悪そうな顔をしていたが、何も言うことはなかった。

「それでは異論もないとのことなので、アーノルド・ダンケルノ様をこの時点より従騎士級エスクワイアに・・・・・・」

「いいえ、異論ありです‼︎」

訓練場にそぐわない甲高い声が響き渡った。

場違いな動きにくそうなドレスを来たオードリーとザオルグ、それに後ろに付き従う様に数人の騎士がアーノルド達の方へ歩いてきていた。

「・・・・・・異論ありということですが理由をご説明いただけますか?」

ロマニエスはオードリーに対して丁寧に対応していたが、少し言葉に棘を含んでいるような声色だった。

「そのような娼婦の子がたかだか2週間程度訓練したくらいで従騎士級になるなんてありえないでしょう?」

「ほう、確かに一般論では2週間程度の訓練ではありえないでしょう」

オードリーはロマニエスの言葉に得意気になり扇子で口を隠しながらアーノルドを見下してきていた。

「ですが、夫人は直接アーノルド様の試験を見たのでしょうか?」

オードリーが眉を顰めロマニエスを一瞥した。

「見ていないけど、それが何か関係があるというの?」

オードリーは本気で不思議そうに聞き返していた。

「当然あります。それに期間をおっしゃるのならば1週間の訓練で従騎士級となられました夫人の御子息のザオルグ様という前例があるではないですか」

ロマニエスは丁寧な言葉遣いではあったが、明らかに嘲笑の態度が見え隠れしていた。

オードリーは自身の息子をアーノルドと比較されたことで眉間に皺を寄せロマニエスを睨みつけた。

「それは私の息子とあそこのクズが同じレベルだと言いたいのかしら?」

オードリーはアーノルドを指差しながら鋭い目つきでロマニエスを睨みつけた。

「そうであっても何も不思議ではないかと存じますが?」

ロマニエスはオードリーの睨みなど全く気にすることもなくむしろ肩を竦め挑発さえしていた。言葉では丁寧に話しているがそこにオードリーへの敬意は微塵も存在しなかった。

「私の息子とそこの娼婦の子を比べるなど不敬罪で殺しますわよ‼︎‼︎」

ヒステリックになって叫ぶオードリーに周囲の視線は冷たいものであった。

「武術の強さに生まれは関係ございません」

だが、ロマニエスは一切怯むことなくピシャリと言い放った。

「なっ‼︎」

まさか言い返されるとは思っていなかったのかとても驚いた表情をしていた。

これまでの人生で使用人に言い返されるなどということを経験したことなどなかったのだろう。

正論を言われたオードリーは何も言うことができず顔を歪ませているだけだった。

貴族至上主義のオードリーは貴族と平民で武術の強さに違いがあると叫びたかったが、この公爵家の騎士はその大半が平民である。

もしその発言をすればこの公爵家の大半の騎士を敵に回す。だが、オードリーはそんなことは気にしないだろう。オードリーが気にしていることは、平民の騎士を積極的に雇用している公爵をも侮辱することになるということである。オードリーの言葉を貴族の言葉として訳すのならば、貴族の方が平民よりも強いにもかかわらず平民を雇うなどありえない。公爵は見る目がない、と公爵に言うようなものである。それゆえオードリーは反論することができなかった。その程度のことは流石に貴族令嬢として弁えていた。

「それでは、他の理由が無ければ異議を棄却させていただきますがよろしいですね?」

しかしオードリーはまだ諦めていなかった。

「いいえ、私の騎士が先ほどの試合内容に不満があるそうよ?そもそも対戦相手があのようなまだ少年の騎士だなんて試験官の実力に違いがありすぎるんじゃないかしら?私の息子のザオルグは騎士級の試験官相手に一撃入れて従騎士級になったのよ?せめて騎士級に近い人物じゃないと不公平というものでしょう?」

オードリーがそう言った瞬間、その場にいた騎士達の視線が圧となって1人の騎士に注ぎ込まれた。

「ヒィ‼︎」

その圧を受けた騎士は思わず悲鳴をあげたが、オードリーはそんな圧を感じれるほど敏感ではないので、自身の騎士が声を上げたことに少し眉を顰めたが何も言うことはなかった。

「そうだわ?今から私の騎士ともう一度試合をすればいいのよ!そうすれば同じ条件で試験を受けられるでしょう?」

指名された騎士はそれどころではなく、もはや消えそうなくらい縮こまっていた。

ザオルグの昇級試験は当然ながらオードリーによる八百長であった。

オードリーはうまくやったつもりでいるようだが、騎士達から見れば手加減しているのが丸わかりであったし、ザオルグの実力も従騎士級には程遠い腕前であった。

しかし、武術を全く知らないお嬢様であったオードリーは本気でバレていないと思っていた。

そしてザオルグが1撃を入れた騎士がアーノルドを完膚なきまでに叩き潰すことで、アーノルドよりザオルグの方が優秀であるという印象を植え付けようとしているのだが、全く効果はない、むしろ逆効果である。

オードリーは野心のあまり周りが見えておらず典型的なお嬢様であったので世間というものを全くわかっていなかった。そして世界の主人公は自分であり、自分を中心に回っていると本気で考えていたため自分の策に疑問を覚えるなどと言うことはありえなかった。

「ほう、お前は先ほどの試験内容に不満があるそうだが、具体的にどういった不満があるのだ?」

ロマニエスが不満を持っていると仕立て上げられた騎士を詰問した。

「い、・・・・・・」

そう問いかけられた男は、不満などないと言ってしまいたかったがそう言えばオードリーに楯突くことになり派閥内での扱いが悪くなるのは言うまでもないので何も言うことはできなかった。

「どうした?不満があったのであろう?」

「ええ、さっき——」

業を煮やしたオードリーが何も言わない騎士の代わりに口を挟もうとした。

「申し訳ございませんが、今私はに聞いております。いかに公爵夫人といえど口を挟まないでいただきたい」

普通の使用人ならばこのような対応はありえないだろう。オードリーにとって侯爵家にいる頃から使用人など如何様に扱おうがいいのものあった。だが、この公爵家では公爵が使用人に対して、主人たる者、と認めない者に対して礼を取る必要はないと許されている。


「な!」

もはや公爵夫人に対する扱い、それどころか貴族に対する扱いでもなく、これまでに経験したことがないことに直面したオードリーはロマニエスの態度に絶句し口を魚のようにパクパクとさせながら顔を真っ赤にしていた。

「それで私の先ほどの試験に何か不満があるそうだな?後学のためにどこら辺が至らぬ所であったか教えてもらえるかな?」

アーノルドは自らの問題をまだ会ってそれほど経っていないロマニエスに対応させるなどすべきことではないと思い、何とかこの場まで歩いてきた。

「な、なにもございません・・・・・・」

ついにはアーノルドまで出てきてしまい、もはや殺気に近い視線を他の騎士から浴びせられている騎士の男は観念したかのようにそう絞り出した。組する相手を間違えるとこのような末路になるというのを皆に示した瞬間であった。

オードリーは騎士の男を呪い殺さんばかりに睨みつけ、歯を軋ませ口の端が歪み上がっていた。

結局オードリーの行動は自らの陣営への求心力を下げる結果になっただけなのであった。


その時のザオルグはというとこちらの事になど全く興味がないのか騎士を数人連れて辺りを見回していた。

そしてシンと静まりかえっていた訓練場に突然ザオルグの声が響いたのだった。


「お前とお前!俺様に仕えることを許してやる」




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