第24話

 アーノルドとパラクのお互いが向かい合い場が静寂に包まれてほんの数秒間、アーノルドとパラクの視線がぶつかり合い、周りの観戦者は少しだけ気を引き締めた。


(動かぬか。まぁこれは私の試験である。私から攻めるのが当然か)

 パラクが完全に待ちの姿勢であるのを見てアーノルドは自分からパラクに攻撃を仕掛けていった。

 5歳児が出すとは思えない速度で接敵し剣を振るった。

 アーノルドはまだマードリーの教えのように自由にエーテルを扱うことは出来ず、未だに一度想像した体内にあるエーテルを使う方法でしか使うことはできなかった。そしてそれでもまだ使える量は多くなく使い方もなっていない。それゆえアーノルドは足だけを身体強化することでエーテルの使用量を減らしつつ効率的に使う術を身につけていた。

 だがアーノルドの振るった剣は難なくパラクに受け止められてしまった。

 そこそこ早いだけの攻撃程度で崩れるほどパラクは甘い相手ではなかった。

 だが、防がれることなど当然想定していたので焦ることなく次の攻撃へと移行した。

 アーノルドは腕にも身体強化を施しパラクに渾身の力で剣を振るった。


「ック‼︎」

 身体強化によって突然重くなった剣を受けパラクが思わずうめき声をもらした。

 しかしパラクの体勢を崩すほどの衝撃ではなかった。

 パラクはまだ身体強化を使うことはできないが、アーノルドが身体強化を使うことでやっとパラクの力と互角の力になっているのである。

 現在のアーノルドの腕力は5歳児相当に毛を生えた程度でしかないので、これは仕方がないことである。

 アーノルドは緩急をつけたり、型から外れた連撃を繰り出したりしたが悉くをパラクに防がれてしまった。

 パラクはアーノルドのちょっとした小細工などもろともせず、次はアーノルドがパラクの攻撃を受ける側に回っていた。


(ッチ!やはり経験の差はでかいか。なんとか崩す一手が欲しいところだが)

 アーノルドはフェイントを織り交ぜつつその後もパラクに攻撃を続けた。

 アーノルドとパラクはお互いに剣を受けたり、受け流したりしながら一進一退の熱戦を繰り広げていた。


 ――∇∇――

「ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・」

 試験開始から2時間ほど経ち、何度か掠るような場面はあったが未だに決定打となるような一撃はお互い打てないでいた。


(身体強化が使えて、使えない相手に互角程度か。このままじゃエーテルが切れてジリ貧になるな・・・・・・)

 アーノルドは腕に込めるエーテルを強めて競り合っていたパラクを弾き飛ばした。

 そして息つく暇もない攻防が一旦止まり再び2人は向かい合う形となった。

 アーノルドは乱れた息を整え、一息吐いたあとに脱力し身体強化を解いた。

 アーノルドは訓練を始めてそれほど経っていないため身体強化をすることでない体力をどうにか補っていた

 それにもかかわらず身体強化を解くというのは身体強化で補っていた体力を放棄したということである。

 それを見たパラクはアーノルドの行動の意図がわからずさらに警戒を強めた。

(エーテルが切れた?いや、まだもう少しは余裕はあるはず・・・・・・。何をするつもりか知りませんが、いつも通り真正面から叩き潰すだけです)

 パラクは同じ従騎士級エスクワイアの先輩騎士に嫌がらせという名の模擬戦闘を何度も仕掛けられているが、その都度あらゆる小細工を真正面から打ち破り見事勝利しているのである。

 普段はおどおどとしているパラクであるが、その経験がパラクの中で自信となって戦闘中の積極性を生み出していた。


 アーノルドもまた今の実力で正攻法で倒せる相手ではないということは嫌と言うほど身に染みていた。

(正攻法であの防御を崩せる気がしないな。身体強化が出来るくらいじゃあまだまだということか・・・・・・。限界を越えなければ・・・・・・)


 アーノルドの重心が前に倒れた。

(来る‼︎)

 パラクもそれを見て再度気を引き締めた。

 アーノルドは脱力状態から足を蹴り出す一瞬だけ身体強化をし、爆発的に速度を高めた。

 これほど微細なエーテルの操作は今まで成功したことがなかったので、この戦闘で初めて成功したのである。

 アーノルドは剣を渾身の力で下から振り上げた。

 剣と剣がぶつかる瞬間だけ身体強化を行い、普段の2倍近い力を出すことに成功していた。

 だが、当然のようにパラクにあえなく防がれてしまった。

 しかし、振り上げたことによってパラクの腕を跳ね上げさせることに成功し胴体部分がガラ空きだった。

(よし!もらった‼︎)

 アーノルドはそのままガラ空きの胴体部分に薙ぎ払い攻撃を繰り出した。

 その瞬間、パラクがとても滑らかな動きで自身の持っている剣を逆手に持ち直しアーノルドの薙ぎ払い攻撃を剣の側面で滑らすようにしてなん無く受け流した。

 受け流されたことによって力が外側に逃げてしまったアーノルドは体勢を崩してしまい、今度はアーノルドが隙を見せる番になってしまった。

「アーノルド様‼︎これで終わりです‼︎」

 アーノルドの初めて出来た明確な隙にパラクは食いついた。

 パラクは背を向ける形になっているアーノルドに対して上段から斬りかかっていった。

 その時アーノルドはニヤっと笑い、小声で呟いた。

「勝利を確信したときほど油断するなってな」

 アーノルドはありえない体勢から身体強化で無理矢理に体を動かしてパラクの首筋に向けて突きを繰り出した。

 完璧に意表を突いた一撃だった。


 が、パラクは右に首を傾けることで間一髪アーノルドの突きを躱したのであった。

(これをも避けるというのか‼︎)

 パラクの反応速度は常人のそれを遥かに凌駕していた。

 しかし、この程度の攻撃に反応できぬ程度ならば今頃有象無象に紛れ淘汰されていただろう。

 騎士級ナイトに上がれる素質ある者ならば、皆この程度出来なければ話にならないのである。


「その言葉、そっくりお返しします、よ‼︎」

 そう言うと同時にパラクはアーノルドの左側から片手で無理くり薙ぎ払い攻撃をしてきた。

 突きの攻撃で腕を伸ばし切っていたアーノルドは剣で受けるのは無理だと判断して即座に左手の側面で相手の手元を押さえることによって薙ぎ払い攻撃を中断させた。

 それと同時にパラクも空いている左手でアーノルドが剣を持っている右手を抑えた。

「ぐっ‼︎」

 もはやどちらが声を出したのかわからないほどの白熱した戦いとなっていた。

 お互いの力が拮抗しており静止した状態となっていた。


 パラクはついに今まで使っていなかった剣術以外の技を使い、アーノルドは足をかけられバランスが崩れた。

 体幹が出来上がっていないのに加えて、疲労による疲れで少しの衝撃を加えられただけで思った以上にバランスを崩されてしまった。

 当然できた隙は先程の比ではなかった。

「今度こそ本当に終わりです‼︎」

 そして今度こそ本当にアーノルドは疑う余地がないくらいパラクに斬られてしまい、その衝撃で地面をゴロゴロと転がっていった。

 アーノルドが転がった地面には血が点々とついていた。


 転がった後に動かなくなったアーノルドを見たパラクは終わったと思い、目を瞑り脱力して息を吐いた。

 しかし、パラクが目を開けるとアーノルドが血を吐きながら幽鬼のように立ち上がっているのを見て思わず瞠若して身を引き締めた。

 そして、息も絶え絶えにもかかわらず射殺さんばかりのアーノルドの鋭い目を見てパラクは慄いてしまった。


 アーノルドは刃が潰してあったため致命傷になるほどではないが体の前面にバッサリと斬られてできた血痕がついていた。訓練を受け実戦を経験している熟練の戦士ならばともかく、今まで怪我をしたこともないような5歳児が立ち上がり闘志を保つなど普通では考えられなかった。


「な、なんで・・・・・・」

 パラクはアーノルドのその姿に、その目に気圧され無意識に1歩下がった。

 そしてその瞬間アーノルドが動き、パラクに斬りかかってきた。

 パラクは1歩下がってしまっていたことにより重心が後ろに傾いていたので初動が遅れてしまった。

「ぐっ‼︎」

 パラクは何とか受けることはできたが、そのまま力で押し込まれてしまった。


(なんて力だ!満身創痍でなんでこんな力が出せるんだっ‼︎)

「ぅらあああ!」

 パラクは何とか跳ね返したが予想外な速度で即座にアーノルドの返し手がきた。

(速い‼︎)

 上体を逸らすことでなんとか避けたがパラクの髪先が少し切れた。

 パラクもすぐに剣を振るったが、アーノルドもすでに剣を振るってきていたためまた競り合いになった。

(あ、危なかった・・・・・・‼︎ なんで、傷ついた方がさらに強くなっているんだ‼︎体も満身創痍、体力もすでに限界のはず‼︎ なのに・・・・・・っ‼︎)

 口から血を流しているのに妖魔のような邪悪な笑みを浮かべているアーノルドを見てパラクは飲まれてしまった。

「っ・・・・・・‼︎」


 しかしそのときアーノルドの力が急激に弱まり始めた。

 身体強化がついに切れてしまったのである。

 パラクはその瞬間アーノルドに蹴りを入れ自身から引き離した。

 その蹴りでアーノルドはゴロゴロと転がって吹き飛ばされた。

 既に戦闘開始から3時間ほど経っており、ずっと身体強化なしで全力で動き続けてきたパラクも一度止まってしまうと流石に息が乱れてきていた。

「ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・」

 パラクは試験官の方をチラリと見たが試験官が何も言う様子がないのがわかると、止めをさすべくアーノルドの方に歩いて行った。


「グッ‼︎・・・・・・うぅぅ・・・・・・ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・」

 アーノルドは気絶こそしていなかったがもはや息も絶え絶えで立つこともできていなかった。

(いてぇ・・・・・・。強くなるためには痛みの訓練もしておいた方がいいかもな)

 もはや体力もエーテルも底をつき意識も朦朧としてきて、ここまでかとアーノルドは諦めの境地に立っていた。


 アーノルドが顔を上げると目に入ったのは、心配そうにこちらを見ているマードリーとコルドーの姿であった。

 その顔の表情を見たときにふと思い出したのは前世の妻であった。


(ああ、たしか冤罪をかけられた後に離婚しようと言ったとき優奈もあんな顔をしていたな〜・・・・・・)

 アーノルドがそんなことを考えていると、自分でももはや無意識にフラフラと立ち上がっていた。


 異様な様子のアーノルドを見てパラクは一旦足を止めて、それ以上近づくことはしなかった。


(そう心配そうな顔をするな。もう私は前の私とは違うんだ。今度こそ間違うことなく、誰にも侵されぬ力を、何もこの手から零さぬ力を手に入れる。そのためならば修羅にでもなろう)

 前世の生活において最後には誰もが自分を見捨て蔑んでいたのだと思い込み、もはや他者など一切信用しないとアーノルドは決めていた。だが、もう何十年も前過ぎて忘れていたが、あの時妻だけは最後まで自分を見捨てないでいてくれた。妻を捨てたのは私であったな、ということを思い出したのだった。

 アーノルドはパラクの方ではなくずっとマードリーとコルドーの方を向いており、その焦点は明らかに合っていなかった。アーノルドは意識が朦朧としておりマードリーとコルドーの姿に妻と娘の姿を重ねていたのであった。

(優奈、真由。今度はお前達を離さない力を手に入れる。だから見ていてくれ)

 そう誓った瞬間アーノルドから金色のオーラが溢れ出てアーノルドの体を覆っていった。

 そして普段から金色の瞳であるその目はより一層金色にキラキラと輝いていた。


 その状態のアーノルドを見たパラクはゾッとし背中に雷のようなものが走り即座にアーノルドから距離を取った。

 それまで静かに見ていた観衆達も少しざわつきはじめていた。


 アーノルドから溢れ出ていた金色のオーラが生物のように動き出し、アーノルドが持っていた剣に纏わりついた。


 Side:パラク


 アーノルドが金色のオーラを剣に纏わせたのを見たパラクは即座に剣を構えた。


 が、その瞬間視界にいれていたはずのアーノルドがいきなり消えた。


「え?」

 パラクは思わず惚けた声を出してしまった。


「パラク‼︎左だ‼︎」

 観衆の中から怒鳴り声が聞こえてきて、パラクは咄嗟に左に剣を構えた。

 その瞬間パラクは訳もわからず弾き飛ばされた。

(な、なにが起こった・・・・・・?)


「・・・ッ‼︎」

 先ほど自分が居た方を見るとそこには体にゆらゆらとオーラを纏わせ、金色に光った目でこちらを見下ろしているアーノルドが居た。

(な、なんだ⁈あれは・・・・・・?)

 アーノルドの目を直視したパラクは、まるで自分が今から食われる被捕食者であると錯覚させられるほどの正体不明の圧を受けた。

 カタカタと金属がなる音がし、ふとそちらに視線を向けると自分の手が震えて持っている剣が地面に擦れている音であった。

(ッ‼︎アーノルド様はたしかにダンケルノの一族ではあるけど、今はまだ5歳なんだ!この程度でビビっていていいのか⁈僕は・・・・・・僕は・・・・・・)

 パラクにも目標があった。その目標を達成するために人一倍訓練に取り組んだし嫌がらせにも耐えてきた。だが、いかにダンケルノ公爵家の子息とはいえ5歳児に負ければ、また意地の悪い騎士達があることないこと言いふらし自分を貶めてくるだろう。従騎士級の昇級試験は別に試験官に勝つ必要はない。それゆえ、パラクはアーノルドには悪いが従騎士級に相応しいという実力を示してもらった上で全力で勝ちにいくつもりだった。もちろん相応しくない力だと判断したらその時点で容赦なく倒して終わるつもりでもあった。

 そしてその行動もまた半分は正しいものであった。この試験はアーノルドの試験ではあるが、パラクがダンケルノ公爵家で中級使用人から上級使用人に上がる資格があるのかを測るものでもあった。ダンケルノの使用人にはあらゆることが求められる。そして何より意志の強さが要求されるのである。自らがどうしようもない場面に直面したときに目標を諦める程度の者、そしてダンケルノ公爵家の者だからといって手を抜くようなことをする者が上に立つ資格はないのである。

 何事も全力で取り組み結果を出す。それこそが大事であるのだ。


 パラクは震える自分の体を叱咤し立ち上がった。

(なんでアーノルド様が攻撃せずにいてくれたのかはわからないけど、全力で向かわせてもらいます)

 パラクは心の中でアーノルドに礼を言って剣を構えた。


「うぉおおおおおお」

 パラクは雄叫びを上げながらアーノルドに斬りかかった。

(くっ !手応えがさっきまでと全然違う)

 金色のオーラを身に纏ったアーノルドはまるで巨大な岩石のように全く動かせる気がしなかった。

 そしてアーノルドが上段から斬りかかってきた。

 パラクは苦悶の表情を浮かべながらそれを紙一重に躱した。

 もし先程までと同じように剣で受けていればそのまま剣ごと切り裂かれていただろう。

 アーノルドが振り下ろした地面には10mほど先まで亀裂が入っていた。

 そしてそれに気を取られている間にアーノルドが今度は剣で突きをしてきた。

 パラクは咄嗟に後ろに倒れながらアーノルドの腕を蹴りあげ、なんとか串刺しは免れたが左耳を切り飛ばされてしまった。

 そしてパラクはそのまま背中から地面に落ちて間髪いれずにすぐさま起き上がり剣を構えた。

「ハア・・・・・・ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・」

 パラクはアドレナリンが出ているからか耳を斬り飛ばされた痛みを全く感じていなかった。

(だ、ダメだ。もう僕が勝てる相手ではない・・・・・・)

(————本当に?)

 どこからか声が聞こえた気がした。

(あれはもう騎士級の技だ。エーテルも扱えない僕がどうにか出来るはずがない)

(————それじゃあここで止める?)

(いや僕は・・・・・・・・・・・・僕は・・・・・・僕はこんなところで終わるわけにはいかない・・・・・・)

 覇気を失っていたパラクの顔が覚悟を決めたかのように一気に引き締まった。


「僕は・・・・・・僕はまだ負けるわけにはいかないんだぁあああああああ」

 パラクが雄叫びを上げながらアーノルドに向かっていったとき、パラクの剣が水色に輝いた。

 しかし、アーノルドは一切表情を変えることなくパラクの剣をうち払った。

 すると、パラクの持っていた剣の剣身がバラバラに砕けてしまった。

「っ !」

 パラクは驚愕と悲壮さを混じらせた表情で目を見張り、アーノルドは表情を変えることなくそのままパラクに斬りかかっていった。





ーーあとがきーー

フォロー・♡・★等ありがとうございます!


この物語で大事だと思っている戦闘シーン・・・・・・

書いてみるとやはり難しい・・・・・・

臨場感溢れその場の情景を思い浮かべれるような文章が書きたいですね。

そう思っていただけたなら幸いです。

(現実の戦闘には基づいていないのであしからず)


それと驚いたのが異世界の日間・週間ランキングで1桁台、総合の日間ランキングでも1桁台に入っていたことです。

夢のようですね。

皆様が読んでくださっているおかげであります。

本当にありがとうございます。

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