第21話

 宣戦布告をされてから15日が経過した。

 後回しにしていた母上とも話し合いの場を設けた。

 宣戦布告の件については特に細かくは言われず、ただ勝ってきなさいとだけ言われた。

 母上が味方につくかどうかの件については帰ってきてから決めると遠回しに言われた。そして自分が留守の間の屋敷の管理については全て母上に一任することにした。

 また剣術の訓練も本格的に始まり、コルドーだけでなく数人の騎士と1対1での実戦形式で打ち合いの訓練をすることが増えてきていた。

 もちろん基礎トレーニングもしているが、そんなすぐに筋肉も体力もつくことはなかったのでたいした違いはないだろう。

 身体強化についてはまだ長時間は無理であるが、効率よく使って数時間程度ならば、まだまだ強度は足りないができるようになってきた。

 そしてマードリーに教えてもらった自由な概念で考えているからか、手や足だけといった部分的な身体強化ができるようになった。

 コルドー達のような普通の騎士達にとっては身体強化をすると全身をエーテルで覆うことになるので部分的に使用することはできないらしい。

 そしてエーテル関連の1番の問題は、まだ、エーテルを使うといった概念を払拭できていないのでエーテルには使用量の限界がある。

 一度そう考えてしまったためそれを取り除くのはなかなか大変であった。

 それゆえ、エーテルを部分的に使うことによって消費量を抑えることが出来るのは今のところメリットとなっていた。

 そして身体強化なしでも小姓級ペイジとの模擬戦ではもはや負けることはなくなり、従騎士級エスクワイアとも互角に渡り合えるくらいにはなった。

 前世では喧嘩すらまともにしたことがなかったが、この体がハイスペックだからなのかコルドーの教えをどんどん吸収し、様にはなってきていた。

 魔法の方も順調であり水、土は大分扱えるようになってきた。

 まだ、水は水、土は土といった風にできるだけで、マードリーのように水であるけれど水ではないといったものを生成することは出来なかった。

 しかし着実に出来ることは増えていっていた。

 だが、風魔法を想像するときに台風を想像してしまったために庭が凄まじいことになってしまった。

 庭師の方には申し訳ないが・・・なんとか元に戻してもらうとしよう。

 そもそも練習できる場所がないのが問題である。

 離れには訓練場がなく、また毎日本館の訓練場を往復するもの時間効率が悪い。

 だから中庭で魔法の練習をしているのだが大きな魔法を使うことは難しい。

 マードリー曰く一つの魔法が扱えたならもうあとはイメージだけの問題らしい。

 だからやろうと思えばもう大きな魔法を打てるはずだと言われた。

 それゆえ今は細かいコントロールが出来るように練習をしている。

 そして、火や水のような一般的な魔法だけじゃなくマードリーが扱っていた復元魔法や乾燥魔法などももう扱うことができるらしいが、いまだにそこまで自由に使うことができていない。

 そしてあの部屋を覆った闇もまた出すことが出来ていない。

 そもそもあれは魔法なのかエーテルなのかも定かではないのだ。

 マードリー曰くおそらく私は闇に対して適正があり、闇で魔法を使うのが最も効果的に魔法の効果を発揮できるだろうということであった。

 が、なぜだかいまだに闇を扱うことすら出来ていない。

 そもそも闇というものをどう想像したらいいのかがわからない。

 闇とは何なのだろうか。

 まぁしかし、予定よりかなり戦えるようになってきたのは嬉しい誤算である。

 この調子なら守られるだけで終わるなどといった惨めな結果にならなくて済むだろう。

 そして明日、従騎士級エスクワイアの昇級試験も受けることになった。


 だが、今はそんなことはどうでもいい。

 今は目の前のこの男をどうしたものか。

 ことは30分程前に遡る。

 ――∇∇――

「アーノルド様、サーキスト第2王子の使者を名乗る者がお越しになられました。現在客間にお通ししておりますがどうなされますか?」

 魔法の訓練をしているときにクレマンがアーノルドにそう報告してきた。

(王族だと?・・・この時期に来たということはワイルボード侯爵家の件と無関係ではあるまい。だが、何をしに来た?)

 アーノルドは王族との関わりなど当然ない。そして訪ねてくる理由など、この前の一件くらいしか思い浮かばなかった。

「わかった。今すぐ行く。マードリー、悪いが講義はここまでだ」

「わかったわ。それじゃあまた明日ね。言うまでもないでしょうけど練習しておくのよ」

 マードリーはそう言い残し去っていった。


 王族の使者ということで最も高い格式の客室に通しているということであった。

 しかし、アーノルドは訓練用の服装であったため、一度自室に戻り使者を出迎えるのに相応しい服装に着替えた。

「要件は何かわかるか?」

「いえ、ただワイルボード侯爵家が王族に助けを求めたという情報が入ってきております」

「そうか」

 アーノルドは客間へと早足で向かっていった。

「ここだな?」

「は」

 アーノルドは使者が待っている部屋の扉の前で一度自身の服装に乱れがないかだけ確認した。そして扉を開けた。

「お待たせした使者殿。私がアーノルド・ダンケルノである」

 部屋に入るとすぐさま使者が席を立ち、私への礼を示してきた。

「お初にお目にかかります、アーノルド・ダンケルノ様。この度サーキスト第2王子の使者として参らせていただきましたラントン・ドラゴノートと申します。以後お見知り頂ければ光栄でございます」

(ドラゴノート。王族に忠誠を誓っている公爵家か。そしてラントンといえば現当主ではないか。ダンケルノとはいえ、たかだか娼婦の子に使者として送ってくるにしてはなんとも大盤振る舞いなことだ)

「それでは早速ではありますが、我が主人のお言葉を伝えさせていただきたく存じます」

「悪いが跪くことはせんぞ?」

 本来王族の言葉を伝える際には使者は王族と同一の身と見做されるため跪いて聞かなければならない。そうでなくとも公爵家の現当主などというほぼ頂点の地位に位置する人を前に跪かなくてよい者など限られるだろう。


「かまいません」

(忠誠心とはすごいものだな。50代にもなろうかという大人が、5歳児に舐められた態度を取られているというのに不快感ひとつ示さんとは。それともこれが上に立つものとしての資質なのか?マードリーも感情をコントロールしろと言っていたしな)

「それではサーキスト第2王子のお言葉をお伝えします。しばらくの間ご清聴お願い申し上げます。『此度のワイルボード侯爵家との戦いにおける一切に王族として介入することはない。また、此度の戦いにおいて出した被害の一切を不問とすることとする。ただし出来るだけ被害は最小限に留めておいて欲しく思う。そして此度の戦いに勝利した際には、ワイルボード侯爵家の領地を王家が1000億ドラで買い上げたく思っている。検討の程宜しくお頼み申す。』以上でございます」


 そうして今に至るのである。


(前半は恩着せがましくこちらに寄り添っているアピールだろうが、そもそも王族とダンケルノには不可侵条約がある。介入しないことも不問とすることも当たり前のことでしかない。子供だから気づかず恩にでも感じると思ったか?それに使者の名義が第2王子とは。まぁそこは今はどうでもいい。問題は後半の土地の買い上げだ。王族としてはワイルボード侯爵領にある鉱山がダンケルノに渡ることを防ぎたいのだろうが・・・・・・。正直私も勝ったあとの土地の扱いに関しては困っていた。ダンケルノと繋がった土地でもなく、また管理を任せられる人員もいない。かといって放置しているだけでも経営資金がかかる。正直今の私には鉱山の開発も出来ないし手に余るだけのもの。しかしかといってそれを他者に渡すのも出来れば避けたい。おそらく私が管理しきれないと分かった上での提案なのだろうが、唯唯諾諾と従うのも許容できん話だ。何が最善か難しいところだな。本当にあのバカは余計なことをしてくれたな)

「金額にご不満があるなら増額もご検討しているとのことでございます」

 アーノルドが考え込んでいるのを見てラントンがそう口を挟んできた。

(ッチ!こちらの心を揺さぶってくる提案をしてきやがる。何をやるにも、これから多くの人員を動かしていくにも金がかかる。到底年間支給される1億ドラ程度では足りないだろう。自らで必ず何らかの金策を用意しなければならない。1000億ドラもあればそこに関する心配は当分の間なくなるだろう。どの道商家との繋がりは必須であるが、軌道に乗るまでに時間がかかるやもしれん。いかに使用人共が私に忠誠を誓っていようと金がなければ生活もできんし家族も養えん。そう考えるとこの提案は短期的に見るとこちらにとっては厄介な土地を手放せつつも大金が手に入る一見よく見えるもの。だが、長期的に見ると鉱山が産む利益は1000億ドラを越えるであろうしそれだけでなく、王族としては単に土地が欲しいだけなのかもしれんが、周りから見れば王族が土地の買取という名目でその金を用意すると言っているとも取れる。そうなれば他家の力を借りないというルールに抵触したと見做される可能性もある。そもそも王族と懇意と見做されるのが此方としてはマイナス要素であるし、王族がそれを見越して罠を仕掛けてきた可能性もある。互いに納得した契約であれば不可侵条約には抵触せんしな。例え実際に懇意でなく、ただの損得関係であっても、周りは勝手に邪推してそれが事実であるかのようになっていく。そしておそらくダンケルノと何かあったとしても切り捨てられるように、王家の人間でも王太子である第1王子ではなく第2王子の使者なのだろうな・・・・・・。たしか第2王子はまだ7歳であったな。到底ただ第2王子が考えたものとは思えん。形だけ第2王子でほぼ間違いなくこの案を考えたのは王やその側近だろう。魅力的ではあるが、やはりこの提案は受け入れるべきではないか。それに解決方法がこれしかないわけではあるまい。わざわざ危ない橋を渡らずとも良いだろう)

 この国の王家には現在、王子は3人、姫が2人いる。

 ダンケルノはこの大陸では知らないものがいないほど有名であるが、この後継者争いの間が最も隙が出来ることもまた全世界に知られている。

 基本的に何か起こっても後継者候補がそれぞれ対処しなければならないため、無能な後継者候補だと対処できず暗殺されるものや、詐欺に遭うものなども過去にはいた。

 敵は内部の人間や自国だけでなく他国の貴族や神殿すら、削れる機会にダンケルノの力を削いでおきたいと考えちょっかいをかけてくることが多いのである。

 もはや公爵となってしまえば手を出すことはできない。それゆえ公爵になる前に厄介な芽は摘んでおこうと考えるのである。


 アーノルドが何も言葉を発さないので部屋には沈黙が落ちていた。

 クレマンもラントンも表情を変えずアーノルドが話すのを待っていた。

 アーノルドは姿勢を正してラントンを見据えた。

「ラントン・ドラゴノート殿、サーキスト第2王子の申言もうしごと相分あいわかった。だが、その上でその申し出断らせていただく」

 アーノルドははっきりと断ると断言した。

 クレマンはアーノルドの後ろで可愛い孫を見るかのように僅かに目尻を下げていた。

 ラントンは自身が敬愛する主人の申し出を断られたにもかかわらず一切表情を変えることなくアーノルドをしっかりと見ていた。

 そして少し時間をあけてから口を開いた。

「そうか・・・。その旨、しっかりとお伝えいたします。本日はお忙しい中お時間をいただき誠にありがとうございました」

「時間も遅い、良ければ歓待させていただきたく思うがどうだろうか?」

 アーノルドは貴族としての義務としてラントンを誘った。

「いえ、お気持ちだけ頂戴しておきます。すぐに帰らなければならないので」

「そうですか。残念ですが仕方ありませんね。それでは、お気をつけてお帰りください」

「ええ、ありがとうございます」

「クレマン、案内して差し上げろ」

「は」

 ラントンを見送ったアーノルドは誰もいない客間のソファでグデンと行儀悪く座ってため息をついていた。

(はぁ、あれが貴族の当主というものか・・・。あの公爵とはまた違った威厳のようなものを感じたな。威圧されたわけでもないのに手が少し震えている・・・・・・。しかし、何のためにあのような大物がわざわざ来たんだ?あの程度の話ならそれこそ、そこいらの使者でもよかっただろうに)

 アーノルドは気づいていなかったが、アーノルドの体から黒いオーラのようなものが薄らと揺らめいていた。

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