第16話

 目が覚めると自室のベッドで寝ていた。

 すぐさま待機していたメイドの1人が部屋を出ていき。

 もう1人のメイドが水を差し出してきた。


(何があったんだっけ・・・)

 クレマンとコルドーと医師らしき男が入ってきた。

「アーノルド様、お身体は大丈夫でございますか?」

「ああ、少し気分が悪いが特に問題はない。今は何時だ」

「光の上2日の朝7時12分です。昨日倒れてから一晩寝ておられました。念のため医師に診てもらおうと存じます」

 この世界の1年が12ヶ月あるのは変わらないが1月あたりの日付は全て30日であり、月の言い方は、火の上、水の上、風の上、土の上、光の上、闇の上、闇の下、光の下、土の下、風の下、水の下、火の下というのを1サイクルとしている、

 つまり今は5月2日に相当するということだ。

「初めまして、アーノルド様。公爵家に代々仕えております医師のカールと申します。早速ですが、お身体のほう拝見させていただいてもよろしいでしょうか?」

「ああ」

 カールはそれから私の体に手を当てて何らかの魔法を行使したようだ。

「今のところお身体に異常は見られません。エーテルもしっかりと回復しております」

「何があったか聞いていいか?記憶が少し曖昧でな」

「は、それは私からご説明させていただきたくお願い申し上げます」

 それまで控えていたコルドーが強張った顔でそう申し出た。

「?・・・・・・ああ」

「ありがとうございます。昨日アーノルド様がエーテルを感じる訓練をしていたことは覚えておられますでしょうか?」

「ああ」

(そうだ。たしか・・・)

「アーノルド様に対し私がエーテル循環の儀を施させていただいていた折に、アーノルド様のエーテルが暴走しそのままエーテル切れとなり気絶なされました」

 そしてコルドーが勢いよく土下座した。

「私が引き際を見誤ったばっかりにアーノルド様に取り返しのつかないことをいたしてしまいました。信頼してくださったにもかかわらずこの様な結果になり本当に申し訳ありませんでした!!処罰は如何様にも受けさせていただく所存でございます」

 コルドーは血が出る勢いで頭を床に擦り付けていた。

「カール。今回のことで私にはどんな害が想定される」

「今後ということでしたら、お身体への影響はございません。今日からでも活動できるかと。ただ、エーテル切れというのは危ないこともございまして、最悪の場合は命を落とす場合もございますので今後もエーテル切れには気をつけるべきかと」

「なるほど。ご苦労であった。さて、コルドーよ」

「は」

 コルドーは顔を上げることなく返事をした。

「お前への処罰はない」

「な⁈」

 声を上げたのは医師のカールだった。

 思わず上げてしまった声に慌てて口を塞いで固まった。

「あれは俺のミスだ。お前のエーテル循環のおかげでエーテルが詰まっている弁のようなものの存在がわかった。そして何も考えず安易にそれを開いた結果があの結果だ。一度やめてエーテルの操作方法を聞いてからやるなりやりようはあった。故にあれは私のミスだ。そしてお前のおかげでエーテルの存在を認知できたのだ。感謝こそすれ処罰などするつもりはない」

 アーノルドはコルドーの献身を理解しており、この程度のことで優秀な者を自分から遠ざけるつもりなどなかった。

 それにコルドーを信頼すると言ったのは自分である。

 その結果起こった責を下の者に押し付けることは、自分が最も忌避すべきものである。

 それゆえ自らのミスを認めてでもコルドーを庇ったのである。

 アーノルドにとって、のなら死んだほうがマシなのである。

 そしてアーノルドはのエーテルを身に纏って、コルドーにエーテルが操れるようになったことを見せていた。

「で、ですがそれでは示しがつきません‼︎」

 確かに真実はアーノルドの軽率な行動の結果かもしれない。だが周りから見ていた者にとってはそんなことはわからないのである。

 そうなると1番怪しいのはコルドーであると皆思い、実際アーノルドが意識を失っている間に何度も尋問を受けていた。

 そしてアーノルドは知らぬことであるが、コルドーはアーノルドを庇うためにアーノルドが自らコルドーの制御を振り切ったと分かった上で、全ては自らの責であると言いアーノルドの過失を隠そうとしてくれていた。

「今まであのようにエーテルが暴走した例はあるか?」

「い、いいえ。聞いたことはございません」

 アーノルドの質問に対してカールがそう答えた。

「ならば仕方なかろう。それでも処罰を望むのであれば、今度の遠征について来い。そしてそこで活躍をしろ。それをもってお前への罰とする。いいな?」

「は、かしこまりました」

 コルドーは完全に納得したわけではないが、これ以上は不敬に当たると思い今度の遠征で全力で活躍することでアーノルドの配慮に報いようと考えていた。

「アーノルド様」

 ひと段落したと判断したクレマンが話しかけてきた。

「その・・・なぜオーラの色が金色なのでしょうか」

 クレマンは珍しく歯切れ悪く聞いてきた。

「どういうことだ?」

「エーテルが出すオーラには人によってそれぞれ異なる色がございます。そしてその色は個人の特性を表すもので、個人の持つ色が変わるといったことは今まで確認されておりません。アーノルド様が暴走を起こされたときに出ていたオーラの色は確かに黒色でした。しかし・・・・・・今見せていただいた色は金色でした」

「そう言われても知らんぞ。そもそもオーラ自体昨日初めて見たんだからな」

「失礼いたしました」

 その程度少し考えればわかるのであるが、動揺していたクレマンはそこまで考えられなかった。

 それほどこの世界でオーラが変わるというのは異質なことなのである。

「とりあえず今日もこれから普通に動く。まずは入浴からだ」

 アーノルドはそのまま朝支度をし、その後母親と共に朝食を取った。


 母上に昨日のことを心配されたので心配する必要はないとだけ伝えた。


 今日の午前は教養の先生がこの屋敷に着いたということで、初の授業となった。

「初めまして、アーノルド・ダンケルノ様。本日よりアーノルド様の教養の授業を担当させていただくマイヤーと申します。よろしくお願いいたします」

 そういってマイヤーは頭を下げた。

 アーノルドは口が半開きになり固まっていた。

 そんな様子のアーノルドを見てマイヤー先生は笑いに耐えきれず震え始めた。

「・・・先生、初めましてではないですよ」

「いえ、アーノルド・ダンケルノ様には初めてお会いするので」

「それも・・・・・・そうか?」

 アーノルドは首を捻り考えていた。

「フフフ・・・・・・」

 耐えきれないと言った様子でマイヤー先生が笑い始めた。

「・・・・・・揶揄いましたね?」

「すいません。改めてお久しぶりですアーノルド様」

 マイヤー先生は3歳からの2年間ずっと教養を教えてくれていた先生で小さいときから可愛がってもらっていた。

 この離れに住むにあたって前の屋敷にいた使用人は全て別の場所に再配置されていたので、当分の間会うことはないと思っていた。

 それゆえかなり近しい関係ではあるのだが

「しかし、このような話し方ももう出来ませんね。まずは、アーノルド・ダンケルノ様。無事公爵家の一員となられましたことお祝い申し上げます。これからも全力を尽くす所存ですのでよろしくお願いいたします」

 マイヤー先生の他人行儀な言葉遣いに一瞬元の口調でいいと言いかけたが、グッと堪えた。

 もう今までのようではダメなのだと理解しているからだ。

「頼んだぞ」

 アーノルドは精一杯頑張ってそう答えた。


 授業の内容は礼儀作法や中等部の内容である数学や歴史の続きに加え、今まで出来なかった魔法工学などが追加された。


「アーノルド様、お疲れ様でした。それでは最後に」

 マイヤー先生が差し出してきたのは緑色の液体が入った小瓶だった。

「これはボト毒です。比較的症状が楽で、また使われやすい毒でもあります。毎日規定量飲んでください」

 毒耐性対策は必須なのでクレマンに毒に詳しく信頼できる人物を頼んでいた。

 マイヤー先生が毒に詳しいことは知らなかったが信頼できる人物であることは間違い無いだろう。

「最低でも約50種類。マイナーな毒も耐性をつけるとなると約150種類ほどあります」

「全て頼む」

「それでは数年に分けて少しずつ耐性をつけていこうと存じます」

 こればっかりは時間をかけて耐性をつけるしかないので、比較的使われやすい毒から徐々に耐性をつけていくことになる。

 ただ、毒であってもよく手に入る毒はそれほど高くはないが、マイナーな毒や効果の高い毒はそこそこの値段がする。

 今年はワイルボード家への遠征でもお金がかかるため1億ドラの年間支給があるといえども安心は出来ない値段なのである。


(早急に力をつけ前倒しで商売にも着手する必要が出てきたかもしれないな)


 午後からはまたコルドーによる剣術指南である。

「本日はエーテルの扱い方を学び身体強化ができるようになることと実際に剣を振るう練習をしていきたいと思います」


 ――∇∇――


「グギギギギギギギ」

「もっと押し固めるイメージで!」

 今現在エーテルを纏って身体強化をする訓練をしているのだが、いかんせんエーテルの扱いが難しい。

 ただ放出するのは出来るのだが、そこまでエーテルを使うのはそもそも効率が悪いらしく体内に張り巡らせたエーテルを押しとどめてエーテルで体を固めるというイメージらしいが、アーノルドの体からはフニャフニャとした感じのオーラが微量に出ているだけで、全く身体強化出来ていなかった。

「はぁ・・・はぁ・・・」

「普通は体外にオーラを出す方が難しいのですが・・・・・・。今日はここまでにしましょう。少し休んで次は剣の扱い方を学んでいきましょう」


 5分ほど休憩した後に1本の剣を渡された。

 昨日の剣とは違って子供の小姓級ペイジがよく使う一般的な剣であった。


「それでは一度自分の思うように剣を振るってみてください」

 一度しっかりと構えてから、上段に振り上げて振り下ろした。


「・・・そうですね。筋は悪くないです。少し修正は必要ですが振り方はそれほど悪くはないですね。ただやはり筋力が全体的に足りていません。振り終わった後に軸がブレふらついてしまうのは全体的に筋力が足りていないからです。筋肉トレーニングも追加いたしましょう。それと継戦時間を上げるためには持久力も必要です。走り込みもいたしましょう」

 何度か素振りをした後に筋肉トレーニングのやり方を教えられ、最後に走り込みをやらされた。

 5歳児にとってはかなりのハードトレーニングとなったがアーノルドの強くなりたいという渇望がこの程度のことで音を上げることを許すことはなかった。


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