第14話

「それでは、アーノルド様。実技の方に参りたいと思います。まずはこちらを持ってもらってもよろしいでしょうか」


 コルドーは自分が帯剣しているものとは別の剣を差し出してきた。

「んぅ?!」

 アーノルドは渡された剣が予想以上に重たくて変な声をあげてしまった。

「剣を引き抜き構えてみてもらってもよろしいでしょうか?」

 アーノルドは剣を構えてみたが、イマイチ安定せず足元がふらふらとして剣先が地面に付いていた。

「やはり・・・・・・」

 コルドーはそれを見て顎に手を当て考え込んでいた。

「お、おい。いつまで持ってればいい」

「ああ、失礼しました。一度下げていただいてかまいません」

 アーノルドは剣を地面に刺し杖のようにして立っていた。

「アーノルド様、身体強化をお使えになれますか?」

「身体強化?なんだそれは」

「体内のエーテルを使い、体を普段の数倍強化することを身体強化といいます」

「そもそもエーテルというものが何かわかっていない。そんなものは使えん」

「そうですか。ですが、おそらくアーノルド様は一度お使いになることができておられたはずです」

 アーノルドの顔には疑問が浮かんでいた。

「そもそも、その剣の長さは約90cmほどで重さは約20kgあります。アーノルド様の身長は120cmほどで、失礼ですがまだ5歳でおられます。とても持てるものではないのです。ましてや狙いを定めて振り下ろすなど出来るものではございません」

「だがらなんだ?」

 何が言いたいのかわからないアーノルドは訝しげな目でコルドーを見ていた。

「この剣は先程アーノルド様がお振るいになった剣と全く同じものです」

「?・・・・・・っ!?なんだと!」

「こちらの剣は騎士級ナイト以上に支給される剣であり、身体強化なしで扱うには少々難しいものとなっております。私は直接拝見したわけではないですが、お話を聞く限りアーノルド様は既に身体強化をお使えになれるかと存じます」

「・・・・・・すまんが、あの時のことはあまり思い出せん。何も考えず普通にしていただけだと思っていたからどうやって使ったのか、そもそも使っていたのかすらわからん」

「大丈夫です。身体強化は初めて使うことが最も難しいことなので、一度感覚を掴んでしまえばあとは簡単に使えるようになると思います。そして身体強化が使えることが騎士級になることの最低条件であり、使える者と使えない者では絶対的な壁が存在します。それゆえ、アーノルド様がお使えになられましたら予定よりだいぶ早く強くなることも可能であるかと」

「本当か!!」

 歳相応の笑顔を浮かべキラキラとした目でコルドーを見ていた。

 その顔は先程1人殺した者とは思えなかった。


「はい。本当でございます。それでは実際にやってみましょう。まずは見ていてください」


 コルドーは手のひらを上に向け軽く手を突き出した状態で立ったまま目を瞑っていた。

 すると、コルドーの体から緑色のオーラの様なものが吹き出してきた。


「これがエーテルというものです。今は可視化していますが、本来は体内でこれを操作することで様々なことが出来るようになります。まずは体内にこういったものが存在するという認識を持ってください。イメージ出来ないものを扱うのは大変難しいのです」

 アーノルドは自身の体内に意識を向け、エーテルというものを意識してみたが全くそんなものの存在を感じ取ることはできなかった。

「そもそもエーテルというものを私は持っているのか?」

「それは間違い無いかと。そもそも持っていない方などいないと思われます。意図的にエーテルを排除する魔術師の方はいらっしゃる様ですが、特異な体質でも無い限りエーテルもマナも自然と体内に蓄積されていきます。そして使えば使うほど蓄積量も増やすことが出来ると言われています」

「それならもっと小さいときから使えば良いんじゃ無いのか?」

「いいえ、昔にそのように幼い頃から蓄積量を増やそうと使い切っていたら蓄積されるエーテルやマナに耐えきれなくて死んでしまうケースが多くあると神殿が発表いたしました。それからはある程度年を経ないと訓練することは危険となり、世間一般では大体7歳から訓練を始めるのが普通となりました」

「そうか」

(だから5歳になるまでそれ関連の本が一切なかったのか。勝手に練習しないように。知らなければやりようがないからな)

「アーノルド様、人体の構造についてはどれほどご存知ですか?」

「ああ、大体は把握している」

 アーノルドはこの世界の知識だけでなく前世の知識も持っていたので人一倍人体については知っているといって良いだろう。

「実は、人体の構造を把握している方ほどエーテルの認識は難しい傾向が強いのです。未だにエーテルがどこに溜まりどこから生まれるのか正確なことはわかっていません。そして人体の解剖において未だにそういった器官があることは発見できておりません。それゆえ人体の構造について知っている方ほど、ないもの、というイメージが強いみたいでどこから溢れてくるのか想像しづらいといったことが確認されております」

「それゆえ皆、色々な方法でエーテルの存在を認識しております。大事なのはあるというイメージなのです。そしてよくある一つ目の方法がエーテルを生み出す架空の臓器を体内に想像し、あると思い込むことです。どこでも良いので体内の空きスペースにでも作ってみてください。そして作るのならできるだけ大きめの方がいいとされています。小さい臓器だとエーテルが多く貯まる想像がしづらく蓄積量が思うように増えないということもあるそうです」

 アーノルドは体内にそれほど大きな隙間があることを想像できなかった。

 それゆえアーノルドは発想を変え、既にある臓器をエーテルを生み出す臓器に変えることにした。

 選んだ臓器は心臓と肺であった。

 心臓は体を動かすエンジンの様なものであり肺は体を動かすエネルギーの元となる空気の出入りをしているものである。

 それゆえ、心臓がエーテルを無限に生み出し、それが肺から吐き出され体内を循環しているというイメージを持った。

「・・・・・・何か回っている気もするし、ただの気のせいと言えばそうとも言えそうだ」

「初めは皆そのような感じです。少しずつ伸ばしていくしかありません」

「他の方法はなんだ?」

「正直あまりオススメ出来るものではないのが多いのですが、一つはエーテルを纏った攻撃を模擬戦で受け続けるというものです。しかしこれは正直実現性に欠け、これをやったとしても必ずエーテルを認識できるとは言えません。ただ、騎士級になった者の中にはこの方法のおかげでエーテルがわかったという者もいます。2つ目は死を経験することです。正確には死の間際を体験することですね。生存本能を無理矢理引き起こさせエーテルを引き出す方法です。下手すれば死ぬかもしれないのでオススメ出来ません。3つ目は他者のエーテルを循環してもらう方法です。体内でエーテルが巡る感覚を得ることができるのですが、体内を他人に弄られるかのような不快感が襲い、また許容量以上のエーテルを流されれば死に至る可能性もあります。それゆえ絶対に信頼できる方でないとオススメ出来ません。一般に知られていることはこのくらいですね。あとはさまざまな流派で伝統的な方法があるといった話はよく聞きますが、実際にあるのかはわかりません」

「3つ目だ」

「え?」

「3つ目の方法を私にやれ。お前では出来ないか?」

「い、いえ。しかし私を信用していいので?」

「かまわん。私も人を見る目を持っているつもりだ。お前には私を害そうという気持ちは微塵も感じられない。お前に任せるぞ」

「は、このコルドー必ずやアーノルド様の信頼にお応えしてみせます」

 コルドーはアーノルドの前で跪いた。


「それではいきます。だいぶ気持ち悪くなると思いますが、どうかご辛抱ください」

 アーノルドはコルドーに差し出された手に自らの手を重ねた。


「ッグ!!〜〜〜〜〜」

 臓器という臓器を体内でかき混ぜられ、体の表面を虫が這うかのような感覚に覚悟をしていたアーノルドもたまらず声を漏らしてしまった。

 まだほんの数秒しか経っていないがアーノルドの体感時間は既に数分は経っていた。

「それでは、少し強く流していきます」

 その言葉を聞きアーノルドの心が少し揺れた。

 そして次の瞬間先程の比ではない不快感が体内を支配し始めた。

「グギィ〜〜〜〜〜〜」

 もはや歯から音が聞こえそうなほど歯を食いしばっているアーノルドは身体中から大量の汗が噴き出しており顔もかなり歪んでいた。

(これ以上は・・・これ以上は無理だ・・・)

 そして諦めようとしたその瞬間思い浮かんだのは前世で味わったあの絶望、屈辱、無力感であった。

(そ、そうだ・・・この程度で・・・この程度で諦められるか!!私は誰よりも強い力を手に入れるんだ!たかだかこの程度も耐えられんやつが最強になるなど夢物語でしかない!!)

 そして元上司の顔を思い浮かべ自らを奮い立たせて、強靭な精神力で不快感を押し込めたアーノルドは今まで全く余裕がなくて気がつかなかったエーテルの循環の詰まりの様なものを見つけた。

(ん?エーテルの巡りに集中してみると1箇所だけ何か違和感を感じるな・・・)

 それはちょうど鳩尾のあたりであった。

 そしてアーノルドはその詰まりのあるあたりに血管の詰まりをイメージし、それを取り除こうとした。

 そして取り除くことに成功した瞬間

 アーノルドから噴き出た黒色のオーラが辺り一面に広がっていった。

「アーノルド様!!いますぐエーテルを閉じてください!!アーノルド様!!」

 その言葉を聞いたのを最後にアーノルドの意識は闇に落ちていった。




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