第13話

「お会いできて光栄です、アーノルド様。本日よりアーノルド様の剣術指南を務めさせていただきます大騎士級マスターのコルドーと申します。よろしくお願いいたします」


 昼を食べ終わると、騎士が来たと言うことで鍛錬できる中庭に移動した。


 そして今跪いているコルドーに挨拶されたところであった。


「よろしく頼むぞ、コルドー。知っているかもしれないが、私は1月後ひとつきごに一つの家を滅ぼしに行く。そのためにできるだけ力を付けたい。かといってすぐに力がつくとも思っていない。即席で構わんから私を戦えるようにしろ」


 アーノルドはお願いではなく命令した。


「は、かしこまりました。お任せください!」


 コルドーは元気良く返事した。


「座学と実技がありますが、実技のみなさいますか?」


「いや、座学もやってくれ。基礎なしで実力が伸びることはないからな」


 アーノルドはすぐに力を付けなければと焦ってはいたが幼い頃にありがちな、実技ばかり鍛錬し座学を疎かにするようなことはなかった。


「かしこまりました。それではまずは騎士の説明をさせていただきたく思います」


 メイドがすかさずアーノルドが座れるイスと移動式黒板を持ってきた。


「それではまず騎士について説明させていただきます。騎士の階級は全5種類あります。小姓級ペイジ従騎士級エスクワイア騎士級ナイト大騎士級マスター超越騎士級トラシェンデレナイト。その内小姓級ペイジは誰でもなることができます。極論を言ってしまえば剣を持ち戦えさえすれば小姓級ペイジの階級と言えます。従騎士級エスクワイア以上の階級は基本的に昇級試験なるものがあります。とは言っても、その階級以上である者3名以上立会の下その階級に相応しいかの試験をすることによって成ることが出来るものなので、同じ階級だからといって同じレベルであるとは限りません」


「なるほど。試験官の匙加減一つで上げれもするし落とすこともできるということか。貴族は上がりやすく平民は上がりにくいというのはそういう仕組みか」


「はい、もちろん貴族の方々は教育係の方に指導してもらう機会が多くあり、平民にはないということも要因の一つではありますが、アーノルド様がお考えのように採点を甘くし自らの価値をあげようとする人もいることは確かです」


「階級の比率はどのくらいだ?」


小姓級ペイジを除き、この大陸での騎士階級の比率は従騎士級エスクワイアが8割程、騎士級ナイトが残りの大半を占めます。判明している限りでは大騎士級マスターはこの大陸に145人おり、その内の81人がダンケルノ公爵家に属しております。また超越騎士級トラシェデレナイトはこの大陸に9人おり、その内の6人がダンケルノ公爵家に属しております」


「公爵は?」


「公爵様は当然ながら超越騎士級トラシェデレナイトでございます」


(まぁそれはそうか。となると騎士として最高位になったとしてもその上に少なくとも9人いるというわけか)


「騎士級以上の人数が極端に少ないがそれはなぜだ?」


「騎士はエーテルというものを扱って戦います。エーテルをしっかりと扱えるようになるまでには個人差があり一般的にすぐに出来るわけではないため少ないのです」


「それは魔術師のマナとは違うのか?」


「はい、異なるものです。エーテルとマナは相反するものです。基本的にどちらも体内に溜め込める人はいません」


「基本的にということはエーテルとマナを持つことができる人物はいるんだな?」


「はい、います。ただその前にお教えしておきますと、エーテルを多く持てるからといってマナを全く持てないというわけではございません。私もこの様に魔法を使うことができます」


 コルドーは自分の手から水を生み出した。


「中にはエーテルとマナを同程度保有できる方もいらっしゃいます。まず、こういった方々はかなり稀な存在です。そして両方持てる方のほとんどはそれぞれの絶対量がさほど多くなく器用貧乏になるケースも多くあります。ただし、保有量の絶対量が多いに越したことはございませんが、保有量が少なくとも強い方はいらっしゃいます。あくまで目安の一つでしかありません。また、これら両方を扱う者のことを、剣が中心ならば魔法騎士マジックナイト。魔法が主体ならば剣魔術師ソードマジシャンと呼んだりもします」


「私はどうだ?」


「申し訳ございませんが私には判断する術がございません。本来であるならば神眼の儀で判明する潜在能力によってどちらが多いかわかるのですが……」


「何だ知っているのか?」


 コルドーの反応は潜在能力が低いからどちらも向いていないというものではなかった。


 それゆえ何らかの細工がされたということを知っているのだろう。


「アーノルド様を実際に見て確信いたしました」


 アーノルドの名誉の為に何を、とは言わない。


「まぁそれは仕方ない。それで……」


 アーノルドが公爵はどうなのかと言わなくてもわかる様子にコルドーは苦笑いを浮かべた。


「公爵様はエーテルの方が圧倒的に多いお方です。ただ魔法が全くできないかというとそうでもなく、魔法も聖人級ハイリの魔術師でございます」


聖人級ハイリ?」


「はい。魔術師のクラスの一つで上から3番目の階級でございます」


「両方とも最上位でないのは意外だな。魔法の勝負ならば負ける可能性があるということだろう?」


「それは無意味な想定でございます」


「だが剣術を封じられる場面が来ないとは言えんだろう⁈」


 アーノルドは眉を寄せ少しムッとしていた。


「それでも勝つのが公爵様です。アーノルド様、例え10回やれば9回負ける勝負だとしても残りの1回を10回でも100回でも連続で手繰り寄せればいいだけです。それがダンケルノたる、ということです」


(強くなければ勝てないと思っていた。いや、弱いから負けたのだと。そうではない。実力で劣っていようが勝つ方法などいくらでもある。今回の殲滅も元より私は挑戦者の身である。わかってはいた。わかってはいたのだ。しかし意識は出来ていたか?弱者には弱者の戦い方がある。私は強者という偶像に縛られ強者とは正々堂々と相手を打ち破るとしか思っていなかった。だが、そうではない。強者とは勝ち続けるからこそ強者なのである。そこに『もし』などという余地などないのである。もちろん正々堂々と来る相手に姑息な手を使うなど私の流儀に反するが、そんなことに意味などないこともまた知っている。またしても視野の狭い考えで選択肢を狭めていた気がする。全てを真正面から受け止め撃破しようなどと今の私には分不相応な願いだな。まだまだ学ことが多すぎる。コルドーよ、気づかせてくれたこと感謝するぞ)


「よく物語などで騎士は清廉潔白で常に正々堂々と戦う場面などが良くあり、そういうものに憧れて騎士になる者もいますがそんなものは全く意味のないことです。勝者は全てを得て、敗者には何も残りません。正々堂々というものは聞こえは良いですがそんなものはただ相手を舐めているだけです。勝つためにあらゆる策を取ることこそ最善を尽くすことであり、相手に対する敬意となるのです。少なくとも我々ダンケルノの騎士はそう教えられます」


「正々堂々などというのはただ準備を怠っているだけだということか」


「その通りです」


「なるほどな。たしかにそうだろうよ」


 アーノルドは前世の自分の行いを思い返していた。


 元上司に対し正々堂々と立ち向かった結果があの惨劇。


 あれは確かにこちらの準備が全く足りていなかっただろうと。


「ですが、正々堂々というものが悪というわけではありません。君主が見せる正々堂々たる姿に魅せられる臣下もまたいるのです。アーノルド様、あなたの戦いに対する美学はあなただけが決められるものです。私が今言ったこともあくまで私や赤の他人の考えであり、それが絶対などということはありません。この世に絶対の正義、正道なんてものも存在しません。あなたが選んだ道こそが正義であり、正道たるのです。努努ゆめゆめそのことはお忘れなきようお願い申し上げます」


 コルドーは真剣な表情でアーノルドに言ったのだった。

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