第8話

「それじゃあ本題に入ろうか」


 アーノルドがそう言うと、クレマンが一層身を引き締めたように感じた。


「クレマンよ。お前は私に忠誠を誓えるか?」


 アーノルドとクレマンは視線を逸らすことなく見つめ続けた。


「申し訳ございません、今はまだ忠誠は誓えません」


「そうか」


「それで私はどうなさいますか?」


「どうもしない。そのまま執事長を続ければ良い」


「よろしいのですか?」


「ああ。むしろ忠誠を誓うと言われた方が困っていたな。そして、まだ、というのも予想外だった。お前は公爵に忠誠を誓っているものと思っていたぞ」


 少し踏み込みすぎだとも思ったが、この執事長を最低でも中立に留めておくのなら自身の才覚を見せておく必要があると思った。


「無礼を承知で、それにお答えする前にこの屋敷の使用人をどう思っているかお聞かせ願えますでしょうか?」


「どう思っているかとは?」


「……」


(それも自分で考えろということか)


「……そうだな、まぁ一言で言うなら坩堝と言ったところか。レイの陣営、ザオルグの陣営、公爵個人に忠誠を誓っている陣営、そして公爵家に忠誠を誓っている陣営。これらが混じり合っているのがこの屋敷の使用人だろう。大体3割、5割、1割、1割ってところかな?まぁまだ会ってない奴らもいるからわからんが」


「それで私が公爵様に忠誠を誓っていると判断した理由はなんでしょう?」


「確証はなかった。だからこそ、まだ、というのは予想外の答えであった。最初に思ったのは問掛けの前にお前が言った『他所様』という言い回しだな。これは確かに自分以外の人に言わないとも取れるが、自分の属している組織以外の人という意味にも取れる。これならば何の負い目もなく公爵に報告することが出来ると思っただけだ。別にお前が私との約束をわざわざ守る必要もないし、適当に言っただけかもしれないし、ただの私の考えすぎかもしれない。そういうレベルの予想でしかない。がっかりしたか?」


「いいえ、そのようなことは」


「まぁさっきから言っているが確証のある話ではない。それが私の中で1番可能性が高いって思ったに過ぎん」


(正確には視線による分類分けだが、そこまで手の内を明かす必要はあるまいな。だが、おそらくは最も信頼させているのはこの男ではないのだろう。本当に潜ませるなら目立つ者を置いてそちらに目を向けさせて目立たぬ者を潜ませるだろう。だが、その程度の考えの男が世界の頂点に立てるのだろうか……)


「だが、忠誠を誓う可能性があるのなら誓ってもらえるように頑張るとしよう」


(いまの段階で公爵を出し抜けるほど甘くはないだろう。なら利用するだけ利用してやろう)


「他者に忠誠を誓っていたものを信用できますか?」


 そもそも他人を信用しないと決めているアーノルドにとって忠誠はあくまでも一つの指標でしかないのである。


「そもそもお前は忠誠を返上したのか? 俺は二心を許す気はないぞ?」


「後継者争いの際には形式上全ての使用人は一度忠誠を返上します。そして、次代の公爵候補の皆様に忠誠を誓う価値があるのか自分の目で確かめることを義務付けられます。もちろん、一度返上したとしても即座に公爵様に忠誠を誓い直す者もおりますが、大半の者は次代の公爵を見極めることを今の任としております」


「なるほど。公爵自身に忠誠を誓っているものはほとんどがすぐに忠誠を誓い直すというわけか。だが、お前はよかったのか?」


「この老い先短い老ぼれが公爵様の役に立てることが次代の育成であると思っておりますので」


 そう言ってクレマンは目をゆっくり閉じ、開けた。


「だが使用人にも派閥のようなものがあるんだな?」


 5歳になるまでに聞いた話では使用人は一丸となっている軍隊の様なものを想像していた。


「本来は存在しませんが、この後継者争いの間だけ存在することになります」


「後継者争いが終わった後奴らはどうなる?」


「それは次代の公爵様次第かと」


「どうとでも出来ると。……公爵家の使用人になるには精強さや、完璧さが求められると聞いたがあのメイド長のようなものがどうやってなった?」


「本来使用人には等級があります。細かいものを除けば、特級使用人、上級使用人、中級使用人、下級使用人という分類分けがなされております。本来、執事長やメイド長といった役職は上級使用人以上の者しかなることが許されません。あのメイド長の分類は中級使用人ですが、あるお方が強引にねじ込んだようでその地位に就いておられます」


「後継者争いの間は見逃されるというわけか。もしそれでねじ込んだ使用人が問題を起こせばどうなる?」


「問題の程度にもよりますが、連帯責任を負わされるでしょう」


 それを聞きアーノルドは邪悪な笑みを浮かべた。


 その笑みを見ないようにクレマンは目を閉じた。


「それでお前はどの分類にあたる?」


「私は上級使用人でございます」


「それじゃあ、あの黒髪のメイドが特級か」


 クレマンは眉をピクッと上げたが何も言わなかった。


 この世界では様々な髪色をした人がいる。


 アーノルドの髪色も黒色であるが、この世界では黒い髪色を持っている人はほとんどいない。


 それ故地域によっては不吉な色だとして迫害を受けることもある。


 髪色は遺伝ではなくマナやエーテルの質によるものだという仮説が提唱されているが、未だに結論には至っていないのである。


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