第6話

「それではアーノルド様、次は今後のご予定についてお聞かせ願えますでしょうか?」


 アーノルドが一息ついたのを見てクレマンが話しかけてきた。


「そうですね。まずは高等部の内容を教えることができる教師の手配をお願いします。あとは剣術を教える騎士と魔術を教える教師もお願いします」


(まずは何よりも自身の強化を急がなければならない。物理的に手を出せなくなるだけでもかなりの牽制にはなるはず)


「かしこまりました。それと僭越ながら一つよろしいでしょうか?」


 アーノルドはクレマンを見て首を傾げた。


 それを了承の意と取ったクレマンは続けていった。


「丁寧な言葉は美徳ではありますが、貴族として、ましてこの公爵家の直系の者としても使用人ごときにそのような話し方をしてはいけません。下のものに舐められてしまいますし、付け入る隙を与えることになります」


(前世の記憶があるからか、無意識の内に年配の方には丁寧に話すクセがついてたな。これからは威厳のある話し方を心がけないとな)


「わかった、クレマン。忠言感謝する」


 アーノルドは慣れないながらもそう言葉に出した。


「もったいなきお言葉でございます。出過ぎた真似をして申し訳ありませんでした」


 そしてクレマンは恭しく一礼をした。


「それでは教師の件、本日中に手配しておきます。いつ頃からお始めになりますか?」


「そうだな。明日は色々この屋敷を見て回りたい。明後日から予定を組んでくれ」


「かしこまりました。それでは失礼いたします」


 そして再び綺麗な一礼をして部屋を出ていった。


 そして入れ替わるようにメイドが部屋に入ってきて、冷めているであろうお茶を淹れ直し見えにくい壁際に下がっていった。


(使用人の掌握もしないといけないだろうが……とりあえずは)


 アーノルドはそこで初めて自身の母親を直視する。


「はじめまして母上。アーノルド・ダンケルノと申します。……」


 正直それ以上何を言えばいいのかわからず逡巡してしまった。


 だが、それに気を遣ってくれたのか母親の方から声をかけてくる。


「はじめましてですね。私はメイローズ・ダンケルノです。あまり実感がないかもしれないけどあなたの母親です。そして初めに謝らせてね。私のせいであなたにはいらない苦労をかけることになるでしょう。本当にごめんなさいね」


 アーノルドはその言葉に対して首を横に振る。


「いいえ。それは母上のせいではございません。むしろ産んでくださり感謝申し上げます。今後何かあろうともそれは私の力不足であり母上には一切関係のないことです。謝る必要はありません」


 アーノルドは全て本心から言っていた。


 例え娼婦の子として蔑まれようと平民で生まれるよりは遥かにマシであり、更には自分の力を高める環境が揃っているのである。これ以上を望むほうが罰当たりであろうと考えていた。


「そう……。あまり力にはなれないかも知れないけど相談くらいには乗れるから何かあったら言ってちょうだいね」


 ある意味突き放すようなもの言いに少し気落ちしたように見えるメイローズであるが、無理矢理作ったような笑みを浮かべてそう言っていた。


「わかりました」


 そうして初めての母親との会話が終わったのだった。


 そしてアーノルドはシビレを切らしたかのように壁に待機しているメイドに向かって声をかける。


「おい。メイド長はどこだ。呼んでこい」


 前世の感覚から言えば不遜な物言いであるが、そのメイドは顔色一つ変えず一礼した。


「かしこまりました」


 そういってメイドは走ることはなく、しかし素早く部屋を出ていった。


 本来であるならば執事長と共にメイド長も挨拶に来るはずであるが一切挨拶に来ることはなかった。


 何らかの原因で遅れたとしても執事長と交代で入ってくるのはメイド長であるはずだったであろう。


 そうでないということはアーノルドは何となく予想が出来ていた。


 そして少し騒がしい足音が近づいてきた。


 プロの使用人がそのような音を立てて歩くなど明らかに失格である。


 そして1人の恰幅の良いメイドが入ってくる。


「お呼びとお聞きし参りました。何か御用でしょうか」


 明らかにムスッとした顔で嫌々来ましたという態度を隠さないメイド長に自分の予想が当たっていたと思った。


「なぜ挨拶に来なかった?」


 どうせそれらしい言い訳をするとは思ったが形式上聞いておいた。


「少々トラブルがありまして、そちらの対処に当たっておりました」


(謝罪もない時点で舐めているのは間違いないが、もう少しマシな言い訳をすると思ったんだが……それとも本当にトラブルがあったのか? だが主人を放り出してまでするようなことなのかあとで調べればわかることであろう)


「そうか」


 とりあえず今はどうにも出来ないのでそれで矛先を収めると、メイド長は所詮は子供と思ったのかフッと鼻で笑った。


 それを指摘したとしても、したしていないという水掛け論にしかならず強引に処分したとしても求心力が低い時の恐怖政治は下策であると考えたためこの場では放置した。


 もし公爵であるならば間違いなく処分したであろうが、今の公爵と比べても仕方がないのである。


 そして前世の殺人への忌避感がどうしても邪魔をしているのである。


「それで、お前の名前すらまだ聞いていないのだが」


 メイド長は、渋々といった感じで一応まともな礼をして答えた。


「この離れのメイド長を務めさせていただいておりますワンズ・ローレイズと申します。よろしくお願いします」


(一応教育は受けているのか。そしてローレイズか。あの女の実家の傘下の貴族の出身か)


 アーノルドは5歳までの教育でこの国の貴族の関係は一通り頭に入っていた。


 そして公爵家の使用人は平民が多く、身分に関係なく優秀なものが上の職に就くため基本的に自己紹介では名のみを答え、貴族か平民かなどわからないようにしておくのが普通である。


 しかし、このメイド長はわざわざ家名まで名乗った。


 これは貴族としてのプライドが元娼婦ごときに仕えることを良しとせず、自分はお前とは違って生粋の貴族であるという牽制を込めて名乗ったのであった。


 本来であるならばこのような無能なメイドがメイド長に就くことなど不可能であるのだが、後継者争いの間においてのみ公爵はそれら一切について口を出さないのである。


 ただし、もしそのメイドが何か公爵家に不利益をもたらした時はそのメイドを迎え入れた者も責任を取らさせれるのである。


 なので、まともな頭をしていれば有能な者をスパイとして送り込むことはあっても無能な者など送らないのである。


「母上、夕食までお休みになられてはどうですか?」


 アーノルドはメイド長の挨拶には意図的に返事をせず母親に声をかけた。


「そうね。そうするわ」


「おい、母上をお部屋まで案内しろ。それから侍女の選定も済ませておけ」


 メイド長は返事をすることもなく、一礼だけして母上を連れていった。


 一息つきやっと淹れてくれたお茶を飲んだが、また冷めていたので壁に控えるメイドに向けて声をかける。


「おい、悪いがお茶を淹れてくれ」


 既に準備していたのか素早い動きでお茶を注いでくれた。


「ありがとう」


 何気なく言ったが、言ってから、しまったと思ったがメイドは微笑んで下がっていったのでまぁ礼くらいはいいか、と思い、その淹れてくれたお茶を飲んで自分の部屋に案内させた。


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