第5話
「ふん!娼婦の子が穢らわしい。娼婦の子というだけでなく、お前のような無能が同じ空間にいるなんて耐えられないわ! その女とそこの子供を離れに連れて行きなさい!」
家に帰るなりあの女が突然持っている扇子で殴ってきてそう言い放った。
ザオルグもこちらを見下すような嫌な目を向けて来ていた。
その目はもはや人を見る目などではなくそこらにいるむしを見る目と変わらなく思えた。
レイとその母親は我関せずといった態度でこちらを見もせずに去っていった。
アーノルドは殴られたこととまたしても自身の尊厳を踏み躙られたことで殺意というドロドロとしたものに支配され頭がどうにかなりそうだったが、今はどうにも出来ないので平静を装った。
(どうせ後々あの女もその子供も全員殺してやる。力をつけるまでは耐えるんだ)
その後アーノルドとアーノルドの母は離れに連れて行かれた。
しかし離れといえど流石は公爵家というべきか、前世の庶民感覚では豪邸なんて言葉で収まらないほど大きなお屋敷だった。
「お待ちしておりました。この離れの執事長をやらせていただいておりますクレマンと申します。よろしくお願いいたします」
真っ白なあご髭を蓄えているいかにも執事といった感じのクレマンと名乗った執事長が一礼をした後、後ろの使用人一同も一礼した。
「よろしくお願いします」
「そう。よろしくお願いしますね」
アーノルドは丁寧に挨拶をし、母は心なしか気落ちしたような声でそう言った。
そして離れの中に案内された。
(しかし娼婦か。身分がなんとなく低いことはわかっていたが予想以上だったな。しかしあと2人は公爵家と侯爵家なのになぜ娼婦を……? だが圧倒的に不利なことがわかった)
「こちらでございます」
クレマンについて行った先で通されたのは客間だった。
アーノルドは母親と対面になるように中央にある高そうな二人掛けのソファに座った。
それからメイドがお茶を持って来て、クレマンがメイドを部屋から出した後に話を始めた。
「お話を始める前に無礼を承知でお聞かせください。貴方様にとって公爵になるとはどういうことですか?」
クレマンから見えない圧のようなものが体全体にのしかかってきたかのように感じた。
だが強さを渇望するアーノルドがその程度の圧に屈することはなかった。
それゆえ、問われたことに対しても焦ることなく冷静に答える。
「私にとって公爵になるとは何の意味もないことだ」
ある意味喧嘩を売っているとも取れる言葉である。
だが、これが偽らざるアーノルドの本心である。
アーノルドがそう言い放つと、どこからか息を呑むような音が聞こえてきた。
そしてアーノルドは無意識に語気が荒くなっていたな、と一旦心を落ち着かせ補足するかのように言葉を付け加える。
「私にとって誰にも屈しない力を手に入れることが全てです。それ以外のこと全てが些事に等しい。誰よりも強くないと手に入らないと言うのなら必然的に私のものになるものという程度の認識でしかありません。以上です」
「お答えいただきありがとうございました。また試すようなことを申したこと深くお詫び申し上げます」
そう言ってクレマンは深く頭を下げた。
「別に構いませんよ」
アーノルドが穏やかな口調でそう言うと、クレマンは頭を上げる。
そして先程とは違い、穏やかな顔で話し始めた。
「アーノルド・ダンケルノ様。この度、正式に公爵家の一族となられましたことお祝い申し上げます。早速ではありますが、これからの後継者争いの注意事項等を述べさせていただきたく思います」
そして一枚の紙が渡された。
アーノルドは早速その紙に目を通す。
===================
後継ぎ争いルール
1. 後継ぎ争いは18歳で終了とする
2. 自らの力を誇示せよ
3. 誰かに屈することを禁ずる
4. 他の候補者を直接殺害することを禁ずる
5. 他家の力を使うことを禁ずる
6. 公爵家から年間1億ドラまで与える
===================
「アーノルド様、お読みいただけたでしょうか」
少しの間を置いて、見計らったかのようにクレマンがそう問うてきた。
「はい」
「まずこれより先の問答を他所様に漏らすことはございません。その上でお考えください。それでは、これより3分間の間に最大3回の問掛けにお答えします。ただし問掛けの内容は『はい』または『いいえ』でのみ答えれるもののみを問掛けとして認めます。また3分間の間、他者からの助言は禁止といたします。それでは始めさせていただきます」
そう言ってクレマンは手元に懐中時計を取り出し問答を開始した。
アーノルドは手で顎を撫でた。
(何を聞くべきだ? ……今の段階で娼婦の子である私と他の候補者が対等であるか、とかか? いや、そのようなことは考えるだけ無意味だな。むしろ害ですらあるな。対等ではなく下であるという意識を持たなければ。となると聞くべきは)
「例えば誰かに何か出し抜かれたり敗北したとして、それが策でその後しっかりと勝ちを収めたのならそれは誰かに屈することにはならないと考えてもいいのでしょうか?」
「いいえ」
公爵家には一時の敗北すらはありえぬ、と副音声が聞こえてきそうなほどにっこりと微笑まれながら答えられた。
(っく! となると普段から常に足元に気をつけておかねば一つのミスで屈してたと判断されかねないな。あとは……暗殺者に依頼して殺した場合にそれは間接的な殺害なのか直接的な殺害なのか……、いや重要なのはそこではないな。肝心なのは証拠があるかないかだろう……。証拠があればそれが弱みとなる。そして今回それを探るのが公爵ともなれば事実上隠蔽は不可能と考えてもいい。となると聞く意味はない。あとは力とは何か……だがこれは『はい』、『いいえ』では答えにくい質問になる。力と言われ思い浮かぶのは、物理的な力、財力、知力、権力、そして人脈などか。誇示するということは、誰もが及ばぬくらい圧倒的な力を見せつけろということですかね。……ん? いや、そもそも)
沈黙が部屋を満たしていた。
「あと2分です」
(クレマンは問掛けが3つだと言った。ならば一つの問掛けに複数の質問を入れることは可能なのか? 全てが『はい』か『いいえ』の場合は問題ないだろう。だがどちらも含まれている場合はどうなるのか?それは答えれない問掛けになるだろう。その場合それは問掛け1つとカウントされるのか……? いや、たしか問掛けとして認められるのは『はい』、『いいえ』でのみ答えれる問掛け、という言がありましたね。となると全ての解答がどちらかに揃わない限りは何度でも質問が可能であるということ……。それを利用しつつ質問の解答を知るには2つずつの質問をしていくのがいいだろう。運が良ければ無限に解答を続けることができるが時間的にどこかで確定させなければならない。まずは一問目だ。最初に違う答えを引き当てれば最低でも5つの質問への解答が得られる。最初は安パイから攻めていきましょう)
「候補者以外の者が候補者を殺害した場合に殺害依頼の証拠がある場合あればルールに抵触する、また候補者以外への殺害行為はルールに抵触する」
一瞬クレマンの眉がピクッと動いたがそのまま口を開かなかった。
(もしかすると単にルール違反で答えないだけかもしれないが、とりあえずは仮説が正しいと思ってやるしかないね。今は『はい』と『いいえ』の状態だと仮定して次は『はい』よりの質問をすれば繋げれる)
「候補者以外への殺害行為はルールに抵触するか、また他家とは貴族のことであり商家には適用されないか」
(合っているか危ういが私の考えが正しければ5のルールは他の貴族に後継者争いに参入されると後々付け入る隙を与えるため追加されたルールだろう。それにこの公爵家は商業のルートも押さえている。商家の力を使うことは問題ないはずです)
クレマンは心なしか先程までよりも優しく微笑んでいるように見えた。
(よし。これで1番目の質問と3番目の質問の答えが同じであるという仮定が出来た。次は『いいえ』よりの質問だ)
「他家とは貴族のことであり商家には適用されないか、またヴォルフレッド・ダンケルノ公爵の力を借りることができるか」
ヴォルフレッド・ダンケルノ公爵とはアーノルドの父親であり現公爵のことである。
次の質問を考えようと顎に手を当てているとクレマンが視界の端で動いた。
「はい」
「なっ!」
アーノルドは思わず驚きの声を上げてしまった。
後継者争いに現公爵が介入するとは思わなかったし、そもそも他者に力を借りることをよしとすることに驚いて思わず声をあげてしまった。
(ック! だがこういう思いもよらぬ情報を知れたのは収穫だな。そしてこれで1番目、3番目、4番目の質問が『はい』、2番目の質問が『いいえ』と確定した。あと1回分。ここからまたふり出しだな)
「あと1分です」
執事長がニコニコしながら答えた。
(焦るな! ……とりあえず些細なことでもいいから聞いておいたほうがいいな)
「婚約者を持つことは出来るのか、またこれから5年間の間に3のルールを破った場合は即座に後継者争いから脱落であるか」
クレマンは何も答えなかった。
(これは正直どちらが『はい』でどちらが『いいえ』か判断しづらいものだが、おそらく即座に脱落ということにはならないはずだ)
5年間というのは18歳間際と今とではルールを破る重みが変わるために即脱落もありえると思ったため付け加えたのである。
「婚約者を持つことは出来るのか、また婚約者の家の力を借りることが出来るのか」
この質問は前半が成り立たなければ問掛けとして成り立たない質問であり、成り立つとしても後半は他者の家の力を借りることになるので答えは『いいえ』になるはずなので実質ほとんどする意味のない質問であった。
案の定、クレマンは何も答えなかった。
「それじゃあ最後の質問だ。なんとも適当な質問で申し訳ないが」
アーノルドはそう前置きし、真剣な表情で問う。
「他所の貴族を傘下に収めることはいいのか、またこのルールへの質問は後からでも出来るか」
刹那の間、沈黙がその場を支配した。
そしてクレマンが僅かに微笑を浮かべる。
「失礼しました。答えは『はい』です」
アーノルドは特に表情を変えずその答えを聞いていた。
「いつ気づいたのかお伺いしてもよろしいでしょうか?」
クレマンは微笑みながらそう聞いてくる。
「気づいたのはほとんど終盤です。冷静になってみると、そもそも私たちはこれから学んでいく学徒と言ってもいい存在です。それなのに学ぶ機会を奪うようなことがあるのかと思いまして。そして先程これから先、質問を出来ないと言ったことはおっしゃられていなかったので可能なのかと思った次第です」
(おそらくこの問掛けも一種の試験だったのだろう。最初に試すような問掛けをする事によってその後の問掛けの隠された意味から目を背けさせる。よくある簡単な手口ではあるが気づきにくい。3回と言われて馬鹿正直に3回の質問をしても特に評価に影響はないだろうが、そこから色々考え3回以上出来ないかと探らせるのが言い回しによる誘導といった感じか。そして真に伝えたいことは先入観は捨てろ、ということかな。そして貴族を傘下に収めれるのは予想通りではあるが、傘下の貴族を持っていいからと言って安易に増やせば間違いなく評価が落ちるだろうな)
この公爵家にも少ないながら傘下の貴族が存在する。
だがその貴族は長年この公爵家に忠誠を誓っている貴族であり、元々は後継者争いに敗れた者が興した家であった。
それゆえ傘下の貴族を持つこと自体は許され、使うことには問題がないのである。
公爵といえど全てを1人でやっているわけではない。
自身に忠誠を誓っている信頼できる部下を使って事にあたることもあるし、重要でないことならば忠誠を誓っていない公爵家の使用人でも使うことがある。
だからこそ他者を使う事自体は問題なく、公爵の力を借りることもできるのだ。
だがあくまで借りられるだけであり、実際に借りるならばそれなりの対価を示すか、後々の自身に降りかかる災難を覚悟しなければならないだろう。
何の対価もなしで借りられるほど安いものではないのだ。
「それでは、少し時間が残っておりますが3回の問掛けに答え終わりましたのでこれにて終了とさせていただきます」
アーノルドは知らず知らずのうちに安堵の息を吐いた。
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