第35話 ヴァイスハイトの伝令

   黒狼隊はなぜこのような形で勝利できたのか。それは敵に海と陸から挟まれて二回目の作戦会議まで遡る。

 アドルフが隊長たちを集め会議を開くと

「ヴァイスハイト、何か打開策はあるか?」と聞いた。それにヴァイスハイトは

「あるにあるが、賭けになる。」と答えた。続けて

「敵はおそらく黒狼隊の食糧がどの程度あるのか大雑把にしか把握できないと思う。だからまず、こちらの食糧が1週間程度しかないことを悟られないように毎日訓練を繰り返そう。食料がなくなってからも。」と言った。

「食料がねえのに毎日訓練やったらいくら黒狼隊でも持たねえぞ。」とハルトリーゲルが反論した。ヴァイスハイトは

「そこが賭けになる。私の見立てでは1週間と数日でクリスタから援軍が来る。」と言った。この発言には隊長たちも驚いた。するとアドルフが

「これはただのヴァイスハイトの勘じゃない。俺たちが海岸に向かう途中、セレウスに伝令を出したんだ。」と説明した。

 その伝令の内容とは、ヴァイスハイトによるとフェルネがラコールの内通者の疑いがあるというものだった。その根拠として、黒狼隊がいろんな都市に向かったがすべて空回りになり、セレウスが敵に包囲されたという報告が来てヴァイスハイトを残して黒狼隊がチーシュを出たとき、サボジオの3万の軍がチーシュを包囲したことが挙げられていた。

 この出来事はあまりにもタイミングが良すぎた。敵の密偵によるものだとも考えられたが、ヴァイスハイトが黒狼隊の旗を城壁に掲げたときに敵は攻めてこなかった。このときのチーシュの兵力は5000人であり、包囲しているサボジオ軍は3万人、この兵力差なら力押しでも勝てる可能性は高かった。にもかかわらず攻めてこなかった。もしも敵の密偵が黒狼隊がいなくなったところを見て、軍を出したのなら黒狼隊の旗を見ても、それが見せかけだと気づき攻撃を開始しただろう。しかしこれがフェルネの策だとしたら、フェルネは実際に黒狼隊が都市を離れたのを見たわけでなく、ヴァイスハイトを残してセレウスに向かったという情報だけである。それならばヴァイスハイトに騙されたことも説明がつく。このことからヴァイスハイトはフェルネに疑いを持ち、海岸への移動中に伝令を出したのだった。

 伝令には他にも、フェルネが黒狼隊を上陸させて孤立させてから撃滅することを狙っていると考え、こっそり白金隊と薔薇隊の配置を入れ替えて、どうにかしてサボジオとの交渉で国境を越えられるようにしてもらい。そして国境が開放できたら、凄まじい持久力のある白金隊を黒狼隊への援軍としてできるだけ早く来てほしいという内容が含まれていた。

 これがセレウスに届いたのは、黒狼隊がパーラまでの海路の半分進んでいたころであった。そして黒狼隊が海岸に上陸した頃、大陸では驚愕の出来事が起きていた。


   ヴァイスハイトからの伝令がセレウスに届いたとき、ブリッツによって参謀の四人が王宮に集められ、伝令を聞いた。それを聞いてトラオムが

「白金隊ならもうチーシュに着いてるよ。」と言った。これを聞いた参謀三人はとても驚いた。実はトラオムもフェルネに疑いを持っていたのだ。そして今回のフェルネの作戦を聞いたときに、一応白金隊と薔薇隊の配置を逆にしていたらしい。だが

「でも国境に関しては結構むずかしいね~。ここは完全にしてやられたって感じだね。」と頭を掻きながら話した。国境開放についての解決策はなかなか見つからず、一同悩んでいた。すると

「わしが行こうか。」とゲミュートが言い出した。これにはトラウムも驚いた。それを聞いてブリッツが

「いけませぬ陛下!あんな最前線に行ってもしものことがあったら。」と言うとゲミュートは

「わしが行って助けられる命があるなら喜んで行こう。わしが行くのが一番早いと思うがな。」と言った。

「陛下が望むのなら私たちは止めはしません。ですが、少しの危険は覚悟していただくことになります。」とトラオムが言うとゲミュートは

「わかっておる。すぐに準備をしてくれ。」と言い会議をほぼ強制的に終わらせた。王宮を出てからブリッツが

「トラオム、必ず近衛隊は同行させてくれ。それとお前も付いてきてくれ。」と頼んだ。トラオムは

「最初からそのつもりだよ。」と言い作戦指示書を書きに行った。

 作戦の内容は、セレウスからサボジオ首都であるザボギアまで近衛隊が護衛し、それにトラオムも同行する。セレウスの守備は守備隊5000人と参謀3人が残ってこれに当たるというものである。

 その日のうちに、国王専用の馬車のすぐ横にブリッツを配置した、近衛隊がセレウスを出発した。


   近衛隊は6日ほどでザボギアに到着した。ザボギアの門番が

「止まれ!」と叫ぶとブリッツが

「我々に攻撃の意志はない。そしてここにあらせられるはクリスタ国王陛下である。」と言った。それを聞いても門番が

「もし貴様らが本当に国王を連れてきたなら一人で入ってくればいい!」と門を開かない。すると馬車からトラオムが出てきて

「そっちの兵士が3万人ってこと知ってるけど、ここに来てるのクリスタの近衛隊だから強行突破しようと思ったらできるよ。」と手を上げ門番を脅した。すると門番が

「待て!わかった。今開ける!」と門を開けさせた。そして門が開くと近衛隊が入っていった。すると、先日ザボギアで演説を行っていた男が馬で走ってきて

「貴様ら何をしている!敵軍をやすやすと首都に入れるとは何事だ!」と兵士に怒鳴った。するとゲミュートが馬車から降りてきて

「あまり兵士を責めないでやってくれ。無理を言って門開けさせたのはわしじゃ。」と言った。すると男は

「高貴な格好をしているが何者だ?」と聞いた。

「我がクリスタの国王陛下である。」とブリッツが答えた。それを聞くと男は少し焦った様子で

「なるほど、交渉をしに来たか。ならついて来い。」と偉そうな話し方は変わらなかった。男についていくとそこは男が演説をしていた広場であった。

「話をするなら国民の皆様に聞いてもらわないとな。」と言い男は用意された椅子に座った。ゲミュートも椅子に座り、ブリッツがその横に立った。交渉開始である。

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