第33話 弱り目に祟り目

   陣地の中でベルントには常に二人の監視を付けていた。にもかかわらず気付いたら殺されていたと監視の二人が言っていた。アドルフがこの話を聞いて、二人が責任逃れのためにこのような発言をしたと疑わなかったのは、首の切り口があまりにもきれいだったからだ。二人も監視がいる中で、気付かれずに近づいて首を切ること自体が極めて難しい行為である。監視が気付いた時には死んでいたとすれば、首を一瞬で切って持ち出したと考えられる。そしてアドルフが死体の首を見たとき、きれいに骨と骨の間が切られていた。このような状況下でピンポイントで骨の間を切り、持ち出せるのはかなり優秀な人物だということがわかる。

 アドルフはこのようなことができる人物として、前にナハトがザボギアに潜入したときに戦いになったという男が頭に浮かんだ。ナハトの話によるとその男は同業者の気がすると言っていた。つまり密偵である。またその男はかなり腕がよく、ナハトが自分よりも隠密能力に長けている可能性があると言っていた。もしもその予想が当たっていて、まだ大陸にラコール軍が潜んでいるとしたら、黒狼隊の情報はすべて筒抜けになっているはずである。そのために、早いうちに兵糧を蓄えようとファルケ隊に狩猟に出てもらったのだ。

 そして日が暮れ始めたころ、ファルケ隊が狩猟から帰ってきた。だが、狩ってき分を足しても1週間半しか備蓄がなかった。黒狼隊は2万人の大規模な部隊のため、食料も大量に必要である。ここにきてクリスタの、2万の大規模な主力部隊を作るという軍事方針の弱点である兵站の脆弱性が大きな影響を及ぼした。そもそもで言うと、自国との補給線をつなげない場所への上陸というのが極めて危険な行為である。黒狼隊なら何とかなるというのはあまりにも危険な賭けであった。


―――3日後

   アドルフが隊長たちを呼び出して作戦会議を開いた。

「ここを出て俺たちが上陸した海岸近くに陣を敷こうと思う。だが結構危険な賭けだと思う。みんなの意見を聞かせてくれ。」とアドルフが話し始めた。

「なんで移動するのかを聞かせろ。」とファルケが聞いた。それにアドルフは

「今俺たちがいるとこは、戦場としては有利な位置だ。だが食料が持たねえ。特に水が足りなくなってきている。」と答えた。するとファルケは

「なるほどな。まあ今までもあぶねえ賭けばっかだったからな。俺はいいと思うぜ。」と賛成した。他の隊長達もみんな賛成してくれた。そしてアドルフが

「ヴァイスハイト、ここを出るときの隊形を頼む。」とヴァイスハイトに頼んだ。ヴァイスハイトの考えた山道を移動中の隊形は、先頭からノア隊、ハルトリーゲル隊、ファルケ隊、ナハト隊、レッフェルン隊、リッター隊、最後尾がアドルフ隊である。そしてヴァイスハイトはこの列のちょうど中間を進む。この順番は特に変わったところもなくヴァイスハイトにしては無難だと言える。だが山道を通っている間は、複雑な指示と飛ばすのが困難なため、単純な隊形にしておくのが得策である。

 しかし意外にも何事もなくすんなり山道を抜けることができた。そして隊形を変え、そのまま海岸へと向かい無事にたどり着いた。そして陣地も構築し終えて、会議テントで隊長たちが食料確保のために海に出る人数を話し合っていた。すると急にアドルフが

「ちょっと外、見てくる。」と言いいきなりテントを飛び出した。そしてアドルフは海岸に向かい、海を見つめると遠くのほうに何かが見えた。するとアドルフは急いでテントに戻ると

「敵の海軍が攻めてきたかもしれねえ。とりあえず海岸に陣を張るぞ!」と指示を出した。ヴァイスハイトの指示ですぐに海岸に陣を敷くと、船は目視できる距離まで近づいていた。

「ラコール軍の旗だ。」とファルケが言うと

「総員横壁陣形!」とヴァイスハイトが指示を出した。

 横壁陣形とは黒狼隊独自の言い方で、盾を持った兵士を前線に並べて弓兵の前にも同兵士を配置する、敵の矢に対する完璧な陣形である。

 黒狼隊が横壁陣形のまま敵が近づいてくるのをじっと待っていると、ぎりぎり弓の届かない距離でピタッと敵艦隊は止まった。

「対複横壁陣形!」とヴァイスハイトが指示を飛ばすと、横壁陣形の半数が反対の陸側に横壁陣形を作った。この陣形の変更に対する兵士の動きは極めて速かった。だがヴァイスハイトは陣形を組み終わった後も少し焦った様子だった。そしてアドルフに作戦会議を開くように頼むとアドルフは

「ファルケ、何か動きがあったら報告してくれ。隊長全員会議所に集合!」と指示を出した。会議所のテントにファルケを除く隊長たちが集まり初めにアドルフが

「ヴァイスハイト、始めてくれ。」と言った。それにヴァイスハイトが

「かなりまずい状況に陥ったかもしれない。」と答えた。

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