第32話 ベルント隊の奇襲

   ベルント隊は1万人であり、黒狼隊を相手にするにはかなり不利なことは彼自身もよく理解していた。もしも黒狼隊を打ち破るなら籠城するか奇襲かの二択しかないと考えていた。そして黒狼隊の情報が入ってきたので先回りし、通るであろう山道に隠れた。アドルフとナハトが戻ってきた方向には両側が山に挟まれた戦いにはもってこいの場所があった。だがそこへ向かうには山道を通る必要があり、その道は細くなっていた。そこを通るときに奇襲を受けると、いくら精鋭ぞろいの黒狼隊でも大損害を被る。ベルントはその可能性に賭けた。

 実際にアドルフとナハトが見つけた場所は、ベルントの予想通り山に挟まれた場所であった。そしてベルント隊が息を潜めていると、黒狼隊がやってきた。だがベルントは黒狼隊が来てもすぐには攻めず、隊列の最後尾を狙うつもりだった。隊列の最後尾を狙うことにより、襲撃後すぐさま撤退できるようにするという狙いがあった。ベルントは黒狼隊をここで撃破しようとは考えておらず、狙いは黒狼隊の戦力を削ることだった。確かに黒狼隊の現状を見ると、物資が足りていない状態で士気も下がりやすくなっているはずである。やはりこのベルントは策士であった。

   ようやく遠くに黒狼隊の最後尾が見え始めた。だがベルントは違和感を感じた。(2万人にしては列が短くないか?)と思った瞬間、黒狼隊に号令がかかり、全員一斉に5人ほどに固まってベルントのほうに武器を構えた。これを見てベルントは奇襲が失敗したことに気が付き

「総員撤退!奇襲失敗だ!」と大声を上げるとすぐにアドルフ隊とリッター隊5000人が後ろから襲い掛かった。ベルント隊は完全に不意を突かれ、一瞬にして壊滅した。そしてベルントも逃げようとしたが、すぐにアドルフが押さえつけた。これによってベルントの奇襲は失敗し、黒狼隊はまたも被害を出さずにベルントを捕縛することに成功した。


   この戦いでは何が起こっていたのか。まず黒狼隊が野戦陣地を作ってアドルフとナハトが斥候として出たところまで遡る。この時、アドルフは敵軍の偵察2人1組を5組ほど捕える寸前までいっていたが、抑え込んだ瞬間に事前に口内に準備していたとみられる毒薬を飲んで自決していた。それを見てアドルフは敵から情報を得ることは困難だと考え、地形を偵察しに行ったナハトに合流し、今回の戦いが起こった道とその先の地形を見つけた。そして陣地に帰り、その地形に移動するように提案して敵の斥候が一人ついてきていることを仲間たちで共有した。そして移動準備中にファルケが斥候の近くに矢を飛ばしてわざと敵軍へ報告させに行った。アドルフは敵から情報を得るのが無理なら、敵を誘導すればいいと考えてあえて一人、敵軍の斥候を残していた。そして移動を始めたときに、アドルフ隊とリッター隊だけ別動隊として先に森の中に入って潜伏していた。そして後からベルント隊が森の中に入ってきて、隊の隙をついて奇襲を仕掛け、ベルント隊敗走ベルント捕縛、黒狼隊被害なしという結果になった。


   ベルントは黒狼隊に捕らえられ、新しい陣地を作っている間は隊員二人に見張られていた。アドルフは移動中にベルントから情報を得ようとしたが、ベルントは何も話そうとはしなかった。だが一応敵との交渉に使えると判断し、捕虜にすることにした。


   陣地を構築中にファルケ隊数人を陣地の見張りにつかせ隊長たちが作戦会議を始めた。

「今んとこ想定外はあったが、概ね計画通りだな。」とアドルフが話し始めた。黒狼隊のもともとの作戦は、パーラ付近に上陸して陣地を築きあげ、敵軍が攻撃してきたら陣を敷いてこれを撃破、その敵軍の隊長を生け捕りにし、パーラに連れていくことで敵がラコールであることを認識させるというものだった。サボジオにも主力部隊はなくともそれぞれの都市に守備隊はいるため、もしその隊長がサボジオ軍の隊長であるなら兵士一人くらいその名前を知っているはずである。もし知らなかったり聞いたことのない名だった場合、それは偽物だということになる。

 よってこの作戦は今のところ一応うまくいっていることになる。

「とりあえずパーラにあいつを連れていくか。一応交渉ごとになるだろうから、ヴァイスハイトと俺が護衛として行こう。その間はノアが指揮を執ってくれ。ファルケ隊の一部は数人ずつに分かれて狩りに出てくれ。少しでも食料は確保しておきたい。他の隊は見張りと休息を入れ替わりで頼む。」とアドルフが各隊長に指示を出し、ヴァイスハイトと捕虜のベルントのところに向かった。すると隊員がこちらに急いで走ってきた。

「隊長!捕虜が殺されました。」それを聞いたアドルフが急いで向かうとそこには首を切られたベルントの死体があった。

「くそ!首がねえ。」とアドルフはかなり焦った様子だった。そしてヴァイスハイトが

「かなりまずいな、会議をやり直そう。」と言ってまた隊長たちを召集した。そしてアドルフが話し始める。

「さっき捕虜が殺されて首を持っていかれた。だからこっからは引き続きファルケ隊の一部で狩猟、それとナハト隊新入り以外の40人全員で敵部隊の索敵を頼む。他の隊員は変わらず見張りと休息で頼む。そしてナハト隊が敵部隊を見つけた場合、その隊を撃破し、敵将を生け捕りまたは首を取る。しばらくはこれで頼む。」アドルフが指示を出し隊長たちが会議用のテントを出て行ったあと、アドルフが兵糧の担当に

「今の食糧で何日持つ?」と聞くと1週間と帰ってきた。上陸時の敵の襲撃によって食料も大半を失っていた。そしてアドルフは捕虜のベルントを殺した犯人も気がかりだった。

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