第28話 アドルフの過去

   アドルフの家族は田舎の一軒家で暮らしていた。特に裕福でもなく貧しくもなく一般的な家庭だった。そこではアドルフも家族も幸せに仲良く暮らしていた。だがアドルフが生まれたのは第一次大陸戦争の中であり、アドルフの記憶のすべてが戦時中の記憶だった。戦争が始まり、緒戦のクリスタ軍は優勢で次々と都市を攻略していったが、開戦から6年が経つとクリスタ以外の国が手を組むようになり、クリスタが攻略した都市だけでなくもともとクリスタの領地であったところも次第に攻略されていった。そしてアドルフの暮らしていた村も敵の標的になった。敵軍はクリスタの領地を都市だけでなく村も攻略して、クリスタを消耗させることを狙っていた。ある日、アドルフの暮らしていた村に敵軍が迫っていることをクリスタ軍の兵士達が告げた。そしてこの村に残って戦うものを募集し、その答えを1日待つと告げた。

 その日の夜、アドルフの父親は先に逃げようと言った。その理由はなにか嫌な予感がするというだけだったが母親はそれを聞き入れアドルフにも村を出る支度をさせた。そして家族で村を出ようとしたとき、運悪く村長に見つかってしまった。村長は

「おぬしら、まさか自分たちだけで逃げようとしとるんじゃないだろうな?ここではみんな村に残って戦うと決めたんじゃ。」と言い、村人たちも集まってきた。そして村人たちは逃げる支度をしているアドルフたちに罵声を浴びせた。その騒ぎを聞いてクリスタの兵士の一人もやって来て

「村に残るかどうかは自己判断だ。もし戦うなら早く休んで戦いに備えろ。」といい村人たちを家に帰らせた。そして兵士はアドルフたちに

「逃げるのは構わんが、できれば明日にしてくれないか?明日に軍から馬が来る予定なんだ。」と言うと父親は納得して家に戻った。家に着くとアドルフが父親に、なぜ村長たちが父親に怒鳴っていたのか聞いた。父親が罵声を浴びていた時、母親がアドルフのを庇っていたがアドルフには怒られていることはわかったようだ。そして父親が

「父さんたちが都市に行くって言ったらみんな羨ましかったみたいだ。」と答えると、アドルフは

「ふーん」と答えた。そして父親が続けて

「都市に行ったら何がしたい?都市はこんな村よりもたくさんの店や宿があるんだ。」と聞くとアドルフは

「そうなんだ。でも僕にはお父さんとお母さんがいたらいつでも楽しいよ。」と答えた。それに父親は

「そうか、いい子だな。じゃあ都市に着いたら家族みんなでいろんな店に行こうな。」と話した。そしてアドルフが寝静まった後、父親が母親を連れて家の外に出て

「あの子があんなことを言うとは思わなかった。もしかして俺たちの不安に気付いてるかもしれないな。」と話した。母親は

「でもあなたも何か嫌な予感がしたんでしょう?」と聞くと父親は

「ああ。なんだか、すぐに村を出ないといけないような気がしてたまらないんだ。」と答える。それに母親は

「でも何があってもあの子を悲しませるわけにはいかないわ。あの子は私たちの宝なんだから。」と言うと父親も

「ああ。」と答えた。


   そして翌日、都市から荷車と護衛の兵士10人ほどが村に到着した。アドルフたちがその馬車に乗り込もうとすると、また村人たちが罵声を浴びせてきた。母親がアドルフを庇いながら荷車に乗り込もうとしたら、村の反対から兵士の声がした。

「敵襲!」それが聞こえた瞬間、昨日声をかけてきた兵士が

「総員戦闘配置!村人は兵士の指示に従え!」と叫んだ。すると村長が寄ってきて

「戦闘配置と言われたじゃろ!早くおぬしらも動かんか!」とアドルフたちに怒鳴ると兵士が

「この人たちは都市へ向かう人たちだ。我々が責任をもって連れて行く。」と答え、他の兵士に村長を配置に連れて行かせた。そして兵士がアドルフたちに

「護衛の兵士たちは俺の部下たちだ。責任をもって必ず都市へと連れて行くように指示しているから安心してくれ。」というと父親が

「あなたは一緒に来ないのですか?」聞くと兵士は

「俺は村人たちと一緒にここに残って戦う。達者でな。」と言い馬に跨り敵のほうへと走っていった。父親は「ありがとう。」

と呟き護衛の兵士たちに

「どうかよろしくお願いします。」と言った。兵士たちはすぐに荷車にアドルフたちを乗せて都市へと走り出した。


   村を出て都市に着くまで半日のところまで走ると、父親が急に後ろを見ると砂煙が上がっているのが見えた。そして兵士に伝えると

「後方より敵襲!」と兵士が叫んだ。そして護衛隊の隊長が

「全員後方で荷車を死守するぞ!」と指示した。兵士たちが荷車の後方に寄ると、敵軍が見えてきた。敵軍は50人ほどで、村を攻めた軍の一部だった。それでも護衛の4倍の兵力差である。敵のほうが数が多いが、こちら側は荷車のため追いつかれるのは時間の問題だった。


   そしてついに敵が追いついてきた。護衛の兵士たちは必死に戦うが数が違いすぎて次々と倒されていった。そして護衛隊の隊長が前の騎馬を倒すと、敵からも鎧が派手な兵士が来た。両者はしばらく戦うが護衛隊の隊長が席にやられてしまった。護衛の兵士が全員倒され、荷車を引いていた兵士も馬を父親に任せて敵に飛び掛かり数人を巻き添えにして死んでいった。そして敵の派手な鎧の兵士が荷車の横についてきてアドルフを庇っている母親ごと槍で刺そうとすると、父親がその兵士に飛びつき転ばせ

「馬に乗って逃げろ!」と叫び、敵に槍で刺された。母親はアドルフを庇っていたが、父親の死を見てしまっていた。母親が荷車を引いていた馬にアドルフを抱えて乗り、必死に走った。そしてアドルフが

「お父さんを助けなきゃ!」と言うと母親は

「悲しいけどお父さんはもう死んだのよ。」と告げるとアドルフは

「嫌だ!そんなの嫌だ!」と泣き喚いた。それでも母親はアドルフをかけて必死に敵から逃げた。兵士や父親のおかげで敵からはある程度の距離が開いていた。すると母親がアドルフに

「いい?あなたは何があっても生き抜くのよ。あなたはね、お父さんとお母さんの1番の宝だからね。それを忘れないで。」と言い出した。アドルフはそんな母親を見て不思議に思い

「なんで急にそんなこと言うの?」と聞くと母親は

「一つだけ言わせて。生まれてきてくれてありがとう。」と言った。すると前からクリスタ軍が駆け付けていた。その隊はブリッツの稲妻隊だった。そして兵士の一人がブリッツに

「子供の無事を確認しました。」と報告した。追ってきていた敵軍も稲妻隊の旗を見て引いていったようであった。兵士がアドルフを馬から降ろすとアドルフは

「お母さんも一緒に連れてってよ。」と言い、兵士が困った顔をするとブリッツが寄ってきて

「いいか?君のお母さんは君を守るために死んだんだよ。」と言った。アドルフがその言葉を聞いて母親のほうを向くと、母親の背に数本の矢が刺さっていた。それを見てアドルフは

「お母さん?お母さん!」と寄っていき、泣き叫んだ。

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