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「水島、綾兎さん…?」



それは予想外の訪問者だった。








何事も無く、その後も僕の傍には上原がいた。



思いを断ち切ってからもずっと。

けれど今日は珍しく野暮用があるとかで。


彼は先に帰ってしまい、

僕は久し振りにひとりで図書室へと足を運んだ。






…前はひとり本の世界に溶け込んで、

現実を切り離すのが一番だと思っていたのに。


今ではこうして、ひとりでいる事が…

酷く不自然に思えて落ち着かなかった。






進まない本を閉じ、席を立った瞬間。

鈴の音みたいな声に名を呼ばれ、振り返れば…





「え……町田、さん…?」


男子校の校内。

しかも他校生の彼女が、どうしてこんな所に…



ああ…そうか…






「…芝崎はっ、ここにはいない、よ…。」


我ながら掠れて情けない声。

自分の中では決別した筈なのに…


突然現れた彼女を目の当たりにすれば、心が揺らぎ。



情けなくも、直視出来ずにいた。








「いえ…今日は水島さんと、お話したくて…。」


「えっ…」



僕に…?


そのためだけに、彼女のような大人しそうなが。

男子校の校舎内にまで、わざわざ足を運んだと言うのだろうか…?





彼女の意図が読めず、

僕は目を泳がせ動揺を露わにする。


とりあえず、自分の前の席を進めれば…

町田さんは小さく会釈して返すと、ふわりと制服のスカートを揺らし席についた。






「芝崎君から水島さんの話を聞いて。放課後はここにいるだろうからって言ってたから…。そのっ…急にすみません!」


なんだろうか?


…もしかしてふたりが正式によりを戻したとか、

報告かなにかでもされるのだろうか?




グルグルと久し振りに湧き上がってきた、不安と黒い感情に吐き気が僕を襲うけれど…それをなんとか喉元ギリギリで圧し止めた。







「私と芝崎君の関係を、多少はご存知だとは思うんですけど…」


ブラックアウトしたくなるのを何とか堪え、

ブレのない彼女の眼差しを受ける。



町田さんだって、

ここまで来ることに、抵抗や不安を抱いた筈だ。

彼女の瞳を見れば…その覚悟の強さが解る。



だから僕がここで逃げ出す訳には、いかないのだろう。

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