30





『ゴメン…先輩…。』



芝崎の酷く掠れた声が、耳を通り過ぎる。



視線を感じてはいても、

僕には顔を上げる事が出来なかったんだ。



見たら最後。

僕の心が、全て暴かれてしまうから…。







『告白して、キスまでして…!散々振り回しといて今更だって、思う…。けどっ…』



自分には人を好きになる資格なんて無いから、




“無かった事に、して欲しい─────…”





何だ、ソレは…?

あまりに一方的過ぎて、笑ってしまう。



勝手に目の前に現れて、告白なんかしてきて。

ファーストキスまで、奪ったクセに…


僕の平凡な日常を、

こんなにも劇的に変えてしまったクセに…!





今更になってそれが…苦しい、だなんて。



僕も充分どうかしてる…









『……………ない。』


『えっ…?』



声を、振り絞る。


本音を吐き出さないように、

わざと冷たく凍らせた声で。



熱くなる目頭を誤魔化すように、正面だけを強く睨み付けながら。







『元より、お前とは何も…無かったっ…』


『……そっか…。そう、ッスよね…。』



言って盗み見たアイツの目は、

僕とは比べものにならないくらい、



悲しみに満ち溢れていた。





まるで、泣いてるみたいに…








よろりと立ち上がる芝崎の気配。

耐えきれず、鼻の奥がツンと痛んだ。



早く、一刻も早く、



僕から離れてくれ─────…







『サヨナラ、綾兎先輩…。』


それは毎日僕の家の前での別れ際に、


またねって、


そんな時に口にする、挨拶なんかとは意味が違う…




本当の最期を指し示す、残酷なコトバ。



それはこの先の未来を指し示した、

再びなど存在しない、永遠の鎖だったんだ───…










────────…



静かに泣く僕の背をさするのは、

アイツではなく、上原の不器用でゴツゴツした男らしい手。



いくら優しくされたからって。

昨日の今日まで険悪だった相手に、ここまで弱味を晒け出してしまう僕は…



もう、末期かもしれない。





上原は何も言わない。

慰めも、おとしめようとする言葉さえも、

何も。




今までは気に入らない人間を嘲笑い、

楽しんでるような奴なのかと思っていたけど…




もしかしたら。


余りの僕の乱れように面食らって、同情してくれたのかもしれない。




まともに話した事すらなかったのに。

今までの関係が嘘だったみたいに…


上原はただただ黙って、僕を優しく抱き締めてくれていた。







そうこうしてる間に、何度目かの予鈴が聞こえる。

遠くからは、小雨に混じって生徒達の活気ある喧噪が聞こえてきた。




授業はもうとっくに終わってしまったようで…。

気付けばかなりの時間、ここにいたようだった。



一頻り泣いて、漸く涙が落ち着いた頃。







「………な…」


微かに聞き取った上原の囁きに、何事かと反応して身体が跳ねる。



上原はそんな僕を安心させるように、

背中をポンポンと叩いて、





「大丈夫だ、これからは俺が傍にいるから…。」


守ってやる、そう耳元で告げられ────…



こめかみにキスを落としてきた。






その時は、上原がどうして僕にそんな事をしてきたのかが解らなかったけれど…



何かを考える余裕の無かった僕は、

泣きっ面でぐしゃぐしゃの顔を隠したいが為に。


なんの躊躇も無く、上原の胸に、

顔を埋めてしまったんだ…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る