29
だんだんと立ち直りつつあった芝崎。
けれど学校に来れば必ず野球部の存在と、厳しい現実を突き付けられて。
逃れられぬそれに、日々苦痛を強いられていた。
野球がしたい。
走って走って、あの白球を全力で追い掛けたい。
それが叶わないなら、せめて見てるだけでも…
それでも、
グラウンドに直接足を運ぶ程の勇気は無く、
きっと部員達にも、気を遣わせてしまうだけだったから…。
こっそりと盗み見る為に。
冬休み、グラウンドが良く見渡せて…かつ、誰の存在をも気にしないでいられる場所を求めて。
図書室へと訪れた。
『そんな時にさ、先輩と出会ったんだ…。』
過去を振り返りながら笑う、芝崎の苦しげな表情が…今も目に焼き付いて離れない。
初めて会った時は────…と言っても、僕は本にばかり気を執られ。当然芝崎の存在には気付いていないのだが…。
冬休みにわざわざ学校へ来て、殆ど人が利用しないような図書室にいる僕に。
少なからず興味を持った程度のもの、だったらしい。
次の日もグラウンドを見るためやって来れば、
やはり僕がその場所にいたから…。
毎日毎日、ひたすら読書に没頭する僕に。
更に好奇心を膨らませた芝崎は、
密かに僕を観察し始めたのだと言う。
眼鏡と前髪に隠れ、
如何にもお固い優等生を思わせる僕の容姿。
冷たいクールな人かなと思ったら。
物語に合わせて、笑ったり…
時には眉間に皺を寄せ、悲痛な表情を見せたりして…
観察している自分の存在には全く気付きもせず…
百面相する姿に。
芝崎はいつの間にか、
釘付けになっていたというのだ。
“どんな人なんだろう?”
もっと知りたい。
目的だったグラウンドに目をやるのも忘れ、
夢中になる芝崎。
冬休みが終わった頃、
借りてた本をこっそり調べたりして、僕の名前を知った。
(綾兎、アヤ…ト…可愛い名前だ…。)
知れば知るほど、胸が高鳴り楽しくなって。
それが“恋”だと気付いたのは、
出会ってから数ヶ月程が過ぎた、春休みの事。
『春休みも先輩は、やっぱりあの場所にいてさ…。その日は天気も良くて暖かかったんだ…。』
窓際の特等席。
注ぐ日差しに油断して、うたた寝する僕の寝顔。
こっそり近づいて…
初めて間近で見たその素顔に…。
『オレは、落ちたんだ…。』
恋に。
芝崎は最初からずっと、
僕に対し『好き』と言う想いしか語らないクセに。
言い回しが全て、
過去の遠い記憶みたいに話すものだから─────
僕は嫌な予感がして、ならなかった。
『最初はすげー戸惑ったんスよ…。いくら男子校だからって、そんな簡単に男が男に…───ってさ…。オレって実はホモなのかなって、マジ悩んで…。』
けど、よくよく考えたら。
そんな狭量な考え方で好きになった訳じゃなくて…。
“先輩だから好き”
初対面でアイツが言った、僕への想い。
迷いも無くそう告げられて…。
不覚にもまっすぐに、僕の心を射ぬくものだから…
“男”である事に、
僕自身が嫌悪感を抱く事も無かった。
『先輩を好きになって気付いた…。オレ、町田に対してそこまで本気じゃ無かったんだってさ…。今思えば、憧れみたいなもんだったのかもって…。』
最低だよね…と力無く笑う芝崎。
己が弱さ故に、彼女を振り回し…
散々苦しめてしまった。
本来なら守るべき立場なのに。
自身で招いた失敗で苛立ち、八つ当たりに彼女を傷付け…別れを切り出すという辛い選択を彼女にさせた上、そのまま放置してしまった。
それから彼女には、一度も連絡を取っていないのだという。
『オレ、アイツを傷付けまま…ずっと逃げてただけだったんだ…。』
本気で人を好きになって、
やっと自分が犯した罪の重さを自覚する。
まるで懺悔でもするような、芝崎の告白に。
僕はずっと耳を塞ぎたくて仕方なかった。
『町田の気持ち踏みにじって、自分だけ幸せになろうだなんてさ…。虫が良すぎるよね…。』
『欲に負けて先輩に告白して…。拒絶されないからって有頂天になって───…』
結局また一番大切なヒトを、傷付けようとしてる…
…もうやめてくれ、聞きたくない。
そんな願いも声にはならず、
芝崎を避けるように、俯き唇を噛み締めるしかない。
ああ、やっぱりそうなんだな…
お前は行ってしまうんだ。
僕の気持ちごと置き去りにして、あの娘の元へと…
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます