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『話がしたい』


そう、いつになく真剣な眼差しで告げた芝崎。


それは案の定、

“町田さん”と、芝崎の過去に関するものだった…






2人は同じ中学出身で。

当時芝崎は野球部に所属、町田さんはマネージャーをしていたのだと言う。



お互いに惹かれ合ってはいたのだが…

根っからの野球少年だった芝崎にとっては、花より団子。


恋愛にはまだまだ無頓着だったが故に、

一歩踏み出すような事は無かった。





一方町田さんも、控えめな性格だったが為。

ずっと想いを秘めたまま、進路も別々になってしまったし…。卒業も間近に迫っていた。



このまま何もしないまま、離れたくない…


そう至った町田さんは、

勇気を振り絞って告白を決意し。


彼女の熱い思いに心打たれた芝崎もまた、

それを受け入れ…



晴れて二人は恋人同士になった。






互いに真面目で、一途でいたから。

中学卒業後も気持ちは変わらず、順調に交際は続いていたのだけれど…





高校入学後、芝崎は当然のように野球部に入部。


才能に恵まれていた芝崎は、監督や先輩達からも期待され、まさに順風満帆。

全てが軌道に乗ってきたかに思えた矢先───…





夏季大会前の強化合宿での出来事。

その時の練習試合で、芝崎は足を負傷してしまう。



そのまま治療に専念しておけば、大した怪我でもなかったのに。


甲子園を意識していた芝崎は、大事な時期とあって焦りを感じ。皆には内緒で部活を続けてしまい。


結果…




立つことも出来ぬほどに悪化させ、一時期入院を余儀無くされたそうだ。




手術にリハビリ…

長い夏は、あっという間に終わりを告げ…


絶望的な現実だけが、芝崎を襲う。




完治すれば、日常的にはなんら問題は無かった。

体育だって少しくらい激しいものでも、普通にやることは可能だったらしいし…。


けれど、




甲子園を目指す芝崎には、なんとも残酷なもので。


幼い頃から野球一筋で生きてきたコイツにとっては、

全てを失ったに等しかった…。






肉体も精神も、

極限に衰弱した芝崎は、明るい性格から一転。


家族も野球仲間や友人、

そして町田さんにさえも辛く接してしまい…





『ゴメンね…。』


そんな芝崎を見ていられなくなった彼女は。

泣きながらそう別れを告げて…


芝崎の元から離れていった…。





その時の涙は、決して芝崎を責めるモノではなく。


彼女に別れを告げられ、

芝崎はようやく己の犯した罪に気が付く。







その後、彼女に会う事もなく…家族や友人にも支えられた芝崎は、日常を取り戻しつつあり。


時が経ち、怪我が癒えるにつれ、



彼女に与えた罪すらも忘れかけていた…

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