19





くっついていた部分が、ゆっくり離れていく。

するとそこから急激に冷めてしまう体温。


互いの唾液で濡れた唇が、卑猥に煌めき。

途端に外気へと晒された。





いつの間にか僕は、自分では立っていられないほど骨抜きにされてしまい。

気付いたら全てを放棄して、芝崎にその身を預けていた。






「ヤバイ、ね…先輩とキスすんの…。」



…止まらなくなる。



うっとりと見つめられ、また貪られる。




無邪気そうな顔に反して施される、激しいキスは。

僕の精気を全部吸い尽くすかのような、禁断の行為。





やめて欲しい…筈なのに。

僕の腕は払い除けるどころか、芝崎の腕にしがみつくのがやっと。



このままじゃ、本当に。



戻れなくなる気がした…。







「っぁ………!」


芝崎の唇が、卑猥なリップ音と共に頬に移動し…

首筋まで急降下する。


それはシャツの襟に隠れるかどうかの辺りで止まって…。瞬間、チクリと刺すような痛みが伴った。





最後にもう一度、キツく吸い付かれた後…

それは名残惜しむかのように、軽く僕の唇を奪うと。



芝崎は身体ごと、離れていった。




何だか急に、寒い…







「ゴメン、先輩…ビックリ、したよね…。」


ぼやけた視界の中、

支えを失いぐらついた意識を擡げ、見上げれば。






「先輩が…あんまりにもキレイだったから、止まらなくて…。」


顔を歪めて何度も謝罪を口にする芝崎の、

切なげに揺れる瞳。






意外な展開だった。


…てっきりこのままの流れで、もっと凄いコトをされるもんだと構えていたのに。


こんな中途半端に終わらされたものだから、



かなり拍子抜け…だった。







「怒ってる?先輩…。」


怒るもなにも。

僕が勝手にしろと言った以上、何も言えやしないだろう。





「…ホントは、もっとシたい。…先輩が欲しいよ?でもねっ…」



“先輩もオレを好きでなくちゃ、意味が無い”



ズルくてごめんねと、深く頭を下げる芝崎。

そこまでしなくていいのに…やけに律儀な奴だな。







「…えと、先輩は平気?」



子どもに問いかけるよう、顔を覗き込む芝崎。

未だに思考が回復しない僕は、朧気に首を傾げ見上げた。


途端に顔を赤くして逸らす芝崎。






「やっ、その…気付いてないなら、いいや…。」


訳の分からない事を言う芝崎。

トイレを借りると告げれば、やや前屈みな体勢で…

いそいそと行ってしまった。




放置された僕。

なかなか芝崎が戻って来ないので。

仕方なく2階の自室へと、よろよろしながら着替えに行く。




鏡に移った自分。

首筋に記された、生々しい赤い記憶。


さっきの行為を思い出したら、また鮮明な熱を呼ぶから。急いで服を着込み、リビングへと戻った。





階段を降りれば、

バツがわるそうに立ち尽くしたままの芝崎がいて。

何だか気まずそうな空気を醸し出す。



…だったらあんな事、しなきゃ良かったのに。

けれども、記憶にはきっちり刻まれているのだから、なかった事にはもう出来ないし…。







「…雨はまだ止みそうにないし、制服も乾かすからゆっくりしてていいぞ…。」


そう声をかければ、静かに芝崎は首を横に振り。






「いえ…今日は帰ります。」


素肌にびしょ濡れの学ランだけを羽織り、靴を履く芝崎。





「しかし…かなり降ってるだろう?」



窓の外は真っ暗で、未だ激しい雨音が続いている。

さすがに歩いて帰れるような天候じゃない。





「でも…これ以上ふたりっきりでいたらさ…オレ、先輩の事、泣かせちゃいそうだからっ…。」



帰ります、と告げて。

芝崎は扉に手を掛けた。





「…せめてコレを使え。」


覚束ない手で傘を差し出せば、




「いいッス…頭冷やすのに、丁度良いから…。」


言うやいなや、制止の声も聞かず。

芝崎は土砂降りの中、駆け出す。




開けっ放しにされた玄関から、

雨音に混ざり芝崎の忙しない足音が聞こえてきて。


その音が掻き消され…ついには聞こえなくなっても。

いつまでも耳に残って、離れなかった。







その日の夜。

僕は10年振りに布団の中で、泣いた。




理由が全く解らないのに。


眠りについても、



その涙と、

首筋の赤い熱が、


どうしても治まらなかった────…

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