3
「…タダイマ。」
なんとも重い足取りで、漸く僕は帰路へと辿り着く。…と言っても家には誰も居ない、はず。
時刻は18時、この時間帯に家族がいることは殆ど…
「おかえり~綾ちゃん!」
…─────居た。
妙に高いテンションと、甘ったるい香水を漂わせ。
派手なドレスをそつなく着こなした女性が、身体をくねらせ僕に抱きついてきた。
…勿論、母である。
「母さん…今日、仕事は?」
対称的に僕はかなりの温度差で以て、淡々と問い掛ける。
この親にしてこの子有り?な…と、端から見れば疑問を抱かれそうだが。これでも歴とした母子だ。
「ヤダ~冷たい反応!ママは3日も綾ちゃんとお話出来なくって、とってもとっても寂しかったのにぃ~!」
年甲斐も無くプンプンとか言ってるし…。
まぁ…高3の息子がいるにしては、若くて綺麗な方だとは思うけれど。
「またそんな我が儘を…。」
「だってぇ、綾ちゃんに会いたかったんだも~ん!日増しに成長して…この頃更にパパに似てきて、可愛くなっちゃうから。ママ、なんだかドキドキしちゃうのよ~。」
キャッと笑って、年頃の息子に遠慮無く腕を回す。
…これでも母は小規模ではあるものの、バーを経営してたりする。
お店のスタッフさん曰わく、仕事場では人格が変わるらしい。母の手腕と人気で、売り上げも上場だそうだ。
10年前に、父は事故で亡くなった。
それから女手ひとつ、なんの不満も不便も与えず。
母は僕をここまで育て上げてくれた。
母は強し、と人は言うけれど。
僕の母はいろんな意味で最強だと思う…。
「母さん、そろそろお店に行った方が良い。」
ため息混じりに背を押す。
母には申し訳ないが…今日はこのハイテンションに付き合う余裕が、僕には残されていなかったから。
そんな息子の冷たい態度が不満だったようで…
母は途端に子どもみたく、ぷくっと頬を膨らませてしまう。
「もぉ~ホントは優しい癖に、すぐツンツンするんだからぁ!」
そう言いつつも、そこは経営者。
すぐさまスイッチを切り替え、大人な表情へと戻していく。
母のこういう所が、僕は好きだったりする。
歩きにくそうなヒールを難なく履きこなし、優雅に一度僕を振り返る。
これは出勤前に見送った時の、お決まりな儀式みたいなもので。
「ちゃんと戸締まりしてね?綾ちゃん可愛いから、本当に心配なのよ…。寂しかったらいつでもお店に連絡していいからね!」
背伸びする母に、機械的な動作で身を屈めれば…チュッと頬に軽くキスが落とされた。
いつもはこれで「いってらっしゃい」なのだけど…。
「学校で何があったかは解らないけど。ママはいつでも綾ちゃんの味方だから…元気出してね?」
そう付け加えて優しく微笑むと。
母は行ってきますと手を振って、颯爽と仕事に行ってしまった。
その背中を無言で見送る。
お見送りのキスも、高校生なんだからとか言う一般的な常識も。我が家では全く通用しない。
母曰く、あくまで僕は可愛い息子だそうで。
拒否権なんてものは、随分前に放棄した気がする。
…と言っても、元より大した抵抗もなかったが。
鈍感そうに見えて実は、昔から僕が落ち込んでたりすると、すぐ見抜いてしまう母。
どんなに隠そうとも、最後には絶対にバレてしまうから…。
「はぁ…敵わないな…。」
だからこその、最強なのだ。
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