4







「…………」


手にした本の頁は、先程から一枚も捲られていない。

目で文章を追うよう努めてはいるものの、内容が全く以て処理仕切れないのだ。


いつもの様に利用者の無い図書室で、

のんびりと読書に勤しんでいるのに…落ち着かない。








「…………」


木製の古びた机の向こう側。

真正面で僕を見つめては、極上の笑顔で頬杖をつく…


大型犬が一匹。





時計の秒針、グラウンドで飛び交う生徒達の喧噪、

そして仮面の裏で密かに跳ね上がる心臓…。


普段なら、閑散としているからこそお気に入りなこの場所が…今日に限って僕に仇を為していた。





全ての音が聴覚を掻き乱し、僕の平常心を奪っていくものだから。耐え切れず、目の前の大きな少年を睨み付けてやる。


するとコイツはピクリと肩を揺らし、目を丸くするのだが…。すぐに眩しげな笑顔で返されてしまい。


僕の抵抗は虚しくも、空回りするのであった。









キマズイ────…

此処まで心乱されるのは初めてで。

自分に好意を寄せてくる者を、どう扱えば良いのかが解らないから…。






「…何がしたいんだ?」


不覚にも自分から声を掛けてしまった。

何故かそれに気を良くしたコイツは、にんまりと笑って、





「やった~!オレの勝ちッスね!!」


エヘッとはにかんで、そんな事を言い出したもんだから。思わず「は?」と間の抜けた声を漏らしてしまった。






「どっちが先に折れるか~我慢勝負だったッスよ~先輩!」


「ッ…!…とっとと帰れ。」


「えぇ~っ!?」


…ダメだ、完全に主導権を握られている。







「……………。」


見ているだけだから、読書を続けて良いよと言われ…

仕方なく本に意識を戻す。


それは此処にきて早々、コイツ…────に待ち伏せされていたため。焦って棚から適当に選んで持ってきた本だったし…。



加えてこんな至近距離で、穴が開きそうな程ずっと見つめられているのだから…。

どう足掻いても、読書なんぞ出来る状態じゃなかった。





そんな空気を察してか、本越しの芝崎は困ったように苦笑いを浮かべていたが…。


正直、困っているのは僕の方だと言いたい。








「…ねぇ、先輩?」


「…………。」


僕は返事などしてやらない。

奴は気にせず、机にだらしなく上半身を預けたままで。


此方を見やりながら、次にはこう切り出してきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る