第15夜

これで一件落着とホッとしていると保健室のドアがノックされる。

「はーい、どうぞー」

北里先生がそう言うと、背広を着た年配の男性…50代くらいか?と歳の若い同じく背広を身に付けた女性が立っていた。彼女は20代だと思う。

「失礼します、私、こう言うものでして……」

そう言って取り出された物に全員が驚愕する。警察手帳だったのだ。

「警察…?」

「槙原(まきはら)さん!!」

坂田先輩が声を上げる。彼は坂田先輩を見ると「おぉ、久しぶりだね、坂田君!」と明るく言った。

「坂田先輩、お知り合いで…?」

「あー、俺がまだ不良でどうしようもなかった時に色々とお世話になった刑事さんでね…」

「初めまして、警部の槙原です。で、こっちのが」

「警部補の酒井(さかい)です」

酒井さんはそう言ってぺこりと頭を下げる。

「今回伺ったのは、貴女、坂田桜さんに事情聴取をさせていただきたく伺いました」

そうだ、委員長が事件を起こした、流石にこの流れは妥当だよな…

「槙原さん、事情があるんです…」

坂田先輩がそう弱々しく言うと「分かってる、大丈夫だ」と言って微笑み、委員長を見る。

「君がこの校内で妖怪や人間に危害を加えたのは本当かな?」

「えぇ、事実です」

「もう一つ。何でも刀に操られていたそうだが?それも本当かな?」

「えぇ」

「ふむ……」

そう言って槙原さんは顎に手を当て考え込んでいる。後ろで酒井さんが手帳に書き込んでいた。

「君は一応、人殺しはしてないが大勢を傷つけた。これは容認できんね。だが、被害届は全員出さないとも言っている」

「は??」

俺は思わず声が出て、すぐにしまったと思い、口を塞ぐ。それを見て槙原さんは笑った。

「ははは、俺も初めて聞いた時は正気か?なんて思ったが…事情を聞いて納得したよ。死人は奇跡的に出ていない。怪我で済んでいる。それに事情を知っている人たちは出来れば更生のチャンスを与えたいってね。それで名前でピンと来たよ。坂田…坂田貴文君の妹の桜さんだったんだね」

「すみませんでした。私は繰り返してしまった」

「本当だよ、ダメだろ。お兄さんが変わったんだから君もこんな事しちゃ。だけど今回は多めに見よう。変わってくれると信じるよ?それからこれから署に来てもらって書類にサインしてもらいたい。良いかね?」

「はい…」

委員長は再び涙を流すして、坂田さんから貰ったハンカチで吹いて頷いた。


「大丈夫でしょうか??」

委員長とそれに付き添うと言っていた、幹部達と坂田先輩は刑事さん達と共に保健室を出て行った。

「大丈夫ですよ。彼女は本当にこれから正しく進めると信じています。それに他の風紀委員も書かなきゃいけない書類があるそうですよ?主に反省文的な」

「他の風紀委員メンバー達もですか?」

「一部は私や安部くんが武器を壊しましたからお咎めなしでも、それ以外の傷付けた生徒に関しては…逮捕までいかずとも執行猶予などは付くでしょうね…」

さて、と言ってパンッと手を叩いた渡辺先輩は微笑む。

「色々ごちゃごちゃしましたが、とりあえず、これで終わりましたね!安部くん、夜裂さん、藤原君、鬼怒川さん、本当に今日はありがとう。そしてお疲れ様でした。もう風紀委員会も襲ったりしないでしょう。安心して帰って、ゆっくりお休みください」


途中まで四人で帰り、途中で藤原と荊と別れる。

月の家まで送ってる途中、月が急に立ち止まる。

「どうした?」

「あの……その……」

「??」

月はモジモジしている。何だ???

「あの…安倍君の家に遊びに行っても良いですか?」

「はぁ!?!?」


月が言うには大事な話があるらしい。俺は女の子を自分の家に入れたことがないからどうしたらいいか分からなくなり、とりあえず、月のお母さんに話すことに決めた。

「良いですよ?」

月の母さんは普通な顔をしてそういう。良いのかよ。

「お、女の子を男の家に上げるなんて…」

「ふふふ、年頃ですもの。構いませんわ。月、粗相の無いようにね」

「は、はい!!」

こうして月を俺の自宅に上げることになった。


「ここが安倍君の家なんですね!!」

月は目を輝かせて俺の家を見る。ごくありふれた一軒家だが……

「そんなに珍しい家では無いだろ?」

「いえ!!安倍君が住んでるだけで特別なんです!!」

そう言われると嬉しいがかなり恥ずかしい。俺は月を家にあげて、リビングに通す。月はキョロキョロあたりを見渡している。

「どした?」

「あ、すみません、キョロキョロしちゃって…失礼ですね…」

「いや、構わないけど、なんか変なところとか有ったか?」

今は俺しか住んで無いので、必要最低限なものしか置いてない。一応脱いだものやゴミはちゃんと片付けている。ナイス俺!

「あ、いえ…ご家族はいらっしゃらないんですか?」

月はそう言う。そうか、母さんが妖怪に殺されたことは、最初の頃に話してたが今は記憶喪失中だった…俺は母さんは悪路王に殺されたと告げると青ざめた顔で「ごめんなさい!!」と繰り返して頭を下げる。俺はそれを見て少し笑い、頭を撫でる。

「気にすんな、母さんを殺したのは悪路王だ。今はその恨みは全て、悪路王に向いてる。むしろ俺は……」

そう言って黙る。お前のおかげだ。この言葉を言いたいが、その言葉が恥ずかしくてなかなか出てこない。俺は黙って月の髪を撫で続ける。サラサラとして柔らかい。撫でた傍からふわりと上品な香りが漂う。ラベンダーのような匂いだった。

月は嬉しそうな顔で、俺を見つめる。

「あぁ、それで家族だけど、俺は今一人暮らしなんだよ。父さんが単身赴任でね」

そこまで聞くと納得した顔になり、下を向く。

「月?ふぇ!?」

月は急に俺に抱きつく。俺は驚きのあまり変な声を出してしまった。

「安倍君…本当にありがとうございます…」

「え?」

「お母様の事を教えてくれて…」

「月……」

俺はつい月を抱き寄せてしまった。

「あ!?ごめん!!」

月にそう言ったが、それが聞こえてるのか聞こえてないのか…月は俺の胸に顔を埋めた。

「月…?」

月は顔を上げる。今まで見せたことのない顔をしている。優しい顔だがどこか吸い込まれる…色気も何故か感じられてしまう…

俺は生唾を飲み込む。月の唇がどうしようもなく吸い込まれる…俺は歯を食いしばる…駄目だぞ、俺。月は恋人じゃねぇ…月は俺が守る大切な…

「安倍君、我儘をまた言っても良いですか?」

「な、何だ?」

「二人っきりじゃなきゃ言えなかったこと…私、記憶はなくても、心でどうしようも無く、安部君を求めてしまってるんです…」

俺の理性が吹き飛びそうになる。耐えろ、俺!!

「安倍君を愛しています…」

「駄目だ…」

「え??」

「俺は君にふさわしくねぇよ」

月はそれを聞き、泣きそうになる。泣かないでくれ。泣かしたい訳じゃない…

「泣かないでくれ…俺は妖怪嫌いだった。それも特級のな。それが君、月に出逢って、変わった。良い妖怪もいるって心から解るようになった。親友が近くにいたのにずっと気がつけなかった。生徒会や風紀委員会の人達に出逢って色んな考えを理解してきた。だから余計に嫌になった。俺は今まで妖怪を毛嫌いして大切な親友を蔑ろにしていた。全部俺の性だ。そんな俺が君に相応しいわけ…」

そこまで言うと月は俺を平手打ちしていた。痛みは全然なかったが驚きのあまり固まってしまう。

月は目から大粒の涙をポロポロと溢していた。

「なんで…なんでそんな事を言うんですか!?私は…私は安部君だから大好きなの!安倍君以外の人は嫌だよ!絶対に嫌!!!」

月は今までに見せた事がないほどの大泣きをしている。俺は固まったまま動けない。

「安倍君が妖怪が嫌いだったのは聞いてます。でもそんなの関係ないよ!!私を優しく撫でるその手も、優しい声も、怒った顔も笑った顔も…全部好き!!!それなのにそんな理由で相応しくない??私の気持ちを考えた事ある!?」

月はそう怒鳴る。そして俺は我に返り、月を抱きしめた。今までで1番強く…

「俺ってマジでバカだよ…こんなに思ってくれてる人がいたのに…」

月はしゃくり上げながら、俺のシャツを強く掴む。俺はそのまま泣き止むまで月の背中を摩っていた。


「本当にごめんなさい、感情的になってしかも安倍君の顔まで叩いちゃって…」

月は目を真っ赤にしながらペコペコと頭を下げる。

「いや、俺が悪かったんだ、気にすんなよ」

俺が微笑むと月は顔を赤くして俺を見つめる。

「?」

「やっぱり私、安部君が…」

「あー、ちょい待て…」

そう言われて月は不思議そうに首を傾げる。

もう、恥かかせるもんか。

俺は咳払いをして、月を見つめる。

「月」

「はい…」

「俺は月が好きだ」

「!?」

月の顔が真っ赤になる。そしてすぐに涙目になる。あーあ、せっかく泣き止んだのに。

「本当ですか…?」

「本当だよ」

「証拠が欲しいです」

月は少し怒った顔をした。俺はため息を一つ付き、月に目を瞑る様に言う。

月が目を閉じる。その顔はあまりにも可憐で美しかった。

俺は月の唇にキスをする。

月は驚きで一瞬目を開けたが、再び閉じる。そして次の瞬間、月が気絶する。

「月!?月ッ!?!?」

何で気絶したんだ!?そう思った次の瞬間、月は急に立ち上がり俺を見つめる。そして再び涙目になる。よく泣くな。いやそれより!?

「大丈夫か!?月!?」

「安倍君…!!」

月が俺に抱きつく。そして驚愕の言葉を放った。

「記憶が戻りました!!!」

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