第6夜
俺と先輩達が保健室に戻るとそこには泣きじゃくりながら暴れている月の姿があった。
「月!?」
「おぉ、安倍殿!!助けておくれ!!其方が消えてから月殿、おかしくなってしもうて、抑えるので精一杯なんじゃ!!」
「彼は…彼は私を捨てたんですか!?」
「おい!月!!しっかりしろ!!」
俺がそう叫ぶと月は俺を見つめ、動きを止める。
「あぁ!!」
そう言うと月は俺に抱きつく。
「怖かった…」
「??」
あまりにも突然すぎて、説明を求めようと見渡すが誰1人、理解できてなさそうだった。
「月…いや、お前、何でこんな事をしたんだ?」
「ごめんなさい、でも貴方から離れると急に寂しくなってしまって…」
「記憶喪失でも憑依した人間…安倍君と何かで繋がっている感覚が残っているのかも…」
北里先生はそう呟くと俺を見る。
「安倍君、頼みたいことが…」
「は???」
俺は北里先生の言葉が理解できなかった。
「うん、だから安倍君が彼女…月さんの自宅まで送り届けて欲しいんだ」
「何で俺なんすか!?」
「君が妖怪嫌いなのは重々承知だよ?でもね、これは君が責任を取るべきことなんじゃ無いかな?それに仮に僕や先輩の誰かに送らせようとしても、月さん、嫌がるんじゃ?」
そう言って月を見る、北里先生。月は先ほどから俺の袖を掴んで離さない。
月は北里先生の言葉で不安そうに俺を見る。確かにこんな状態にしたのは俺の責任ではあるか…それにまた暴れられたら怪我する人が出てもおかしくない。もちろん、月本人も。
「はぁ…分かりました。半妖化は俺の責任です。家まで送りますよ」
それを聞いた先生や先輩方はホッとした顔をしていた。
「お前は月」
「私は月…」
帰り道、俺は自身の事や、月本人のことを分かる範囲で説明した。
月は俺の言葉に、頷いたり、首を傾げたりしていたが、最後にはニッコリと笑い、「安倍君…!」と口にした。可愛い。
「んで、ここが…ここが…??」
北里先生に渡された月の住所付きの地図でその場にくると、そこは屋敷だった。江戸時代の武士が住んでそうな立派な屋敷…
俺は地図を何度も確認する。間違いない、ここが月の家だ…
俺は意を決して、屋敷のチャイムを鳴らす。しばらくすると良く通る若い女性の声が聞こえた。
「はい?何方様でしょうか?」
「あ、お、俺、月さんのクラスメイトの安部って言います!」
「月お嬢様の??」
少々お待ちくださいと言って切れた後、直ぐに先ほどの声の主が現れた。非常に美しい人だった。ブロンドの長い髪をポニーテールにした女性で年齢は25くらいだろうか?その女性は月を見て、お辞儀する。
「お帰りなさいませ、お嬢様。早速お友達をお作りになられたのですね!」
「お嬢様…??」
「え??」
俺は彼女に事情を説明する。俺の話が終わると彼女は青ざめた表情でわたわたし始めた。
「お、お嬢様が記憶喪失に!?ど、どうしましょう…と、とにかく奥様に相談を…えっと、安倍さんでしたか?どうぞこちらへ。奥様に直接お話いただけますか??」
とんでも無いことになった…
「どうぞお茶を飲んでお待ちくださいませ、すぐに奥様をお呼びします」
俺が通されたその部屋は和室で、かなり広く壁際に掛け軸や花瓶が置かれ、開け放たれた障子からは池や花が見れた。高級旅館に泊まった感覚になる。
落ち着けよ、俺。正直に説明するんだぞ。月さんは俺の性で…怒るだろうな、自分の娘が転校早々、見知らぬ男と帰ってきて、その上記憶喪失にまでされて…
そんな事を頭でグルグル考えていると、静かに廊下側の障子が開かれる。
入ってきた女性は月の母親だと一目で分かった。月の瞳と同じく、真っ赤な瞳に月より更に長いが美しい黒髪。白く透き通った肌…あまりに美しく、目を奪われた。
月の母さんは俺の前に座ると深々と頭を下げた。
「月の母、華と申します」
「つ、月さんのクラスメイト、安倍です…あ、あの!!」
「月が記憶喪失になった件を詳しく聞かせてください」
俺は月の母さんの言葉に押し黙る。手が震える。何やってんだよ、俺!いいから全部素直に話せ!!責任を取るのはその後だ!!
俺は月と出会った経緯から記憶を無くした経緯まで丁寧に話した。
月の母さんは表情を変えず淡々と話を聞いていたが、俺が話し終えると、大きく息を吐いた。
「す、すみませんでした!!つ、月さんをこんな目に遭わせて!!」
俺は再び頭を深く下げる。どんな責任でも取ってやる!!
「頭を上げてください、安倍君」
月の母さんは先ほどよりかなり柔らかい声で俺に言う。俺が顔を上げると月の母さんは微笑んでいた。
「月を救ってくれてありがとう」
「へ??」
「貴方が風紀委員会の人達から守ってくれたのでしょう?もし月に何かあったら私は耐えられなかった。それを助けてくださったんですもの。お礼をいくら言っても足りないくらいです」
「で、でも俺の性で月さんは記憶を…」
「その件をすごく心配してくださってるのですね」
「当たり前です!!俺の性で…俺の性で月の記憶が戻らなかったら」
俺は泣いていた。泣く?何で月の事で?…あぁ、知らないふりして妖怪を恨もうとしてたけどもう無理だ…俺は月が…
「泣いてくれてありがとう、月の為に…」
そう言うと月の母さんは俺を抱き寄せる。俺の記憶に母さんとの記憶が蘇る。昔の俺は良く、妖怪の子達にいじめられて泣いて帰ってた…あぁ、忘れてた。その度に母さんは言ってた…
「妖怪の中でも清市の事を本当に理解して友達になってくれる子がこれから現れるよ、だから妖怪を全部嫌いになってはダメよ?」
あぁ、何でこんなこと忘れてたんだ?そうかあまりにも悪路王を恨みすぎて全部忘れようと努力した。そして忘れてしまった。
俺は再び、涙がこぼれる。月の母さんは俺の背を優しく撫で、ハンカチを手渡してくれた。
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