第9話 取り調べを受けるならきれいなお姉さんに限る! えっ、もう釈放ですか?

「おい。起きろ!」


 朝食後の睡眠を楽しんでいると、見張り役の衛兵に怒鳴られた。デリカシーの無い奴だ。女に持てないぞ?

 モソモソ起きると、留置場に誰か来ているようだ。あれ、まさかのお姉さん? しかも、かなり綺麗目の。


「失礼いたしました、メラニー様!」

「起きたのか。話はできるな?」


 お姉さんは返事も聞かずにカッカッと、鉄格子の前まで近づいてきた。良い匂いするね。


「お前がトーメー……だな? なぜヘラヘラしてる?」


 あ、お姉さん臭を嗜んでたら、顔が緩んでいたらしい。


「おはようございます。どちら様ですか?」

「ふむ。話は通じるようだな。わたしはゴンゾーラ様の秘書、メラニーだ」


 ほー、男言葉の美女って実在するんですね。貴重、貴重。


「どうも。ご紹介に預かりましたトーメーです」

「メラニー様、こちらの椅子をお使いください」


 衛兵が高めの丸椅子を持ってきて勧めた。


「うむ。トーメー、お前はなぜ留置されたか分かっているのか?」


 足の組み方、かっこいー! スカートじゃないのが残念。


「おい! 聞いてるのか?」

「――あっ、はい。聞いてます。何て言うか窃盗みたいな疑いでしょうか?」


 焦った。余計なこと考えてるとダメだな。集中しよう。


「正確に言うと違うな」

「えっ? 違うんですか?」

「馬を盗まれたという訴えも、金塊を盗まれたという届も無いのでな。その疑いはすぐ晴れた」


 実際盗んではいないので、届け出がある訳がない。ならば、もう釈放かな?


「お前を足止めしたのは、様子がおかしいからだ」


 衝撃のお知らせ。人を挙動不審者みたいに言わないでほしい。


「至って普通のつもりなんですが。あ、田舎育ちなんで一般常識はありません。ごめんなさい」


 とりあえず謝っておくというのは、俺の必殺技である。世の中はたいていこれで乗り切れる。


「貴様、変わってるな」


 メラニーは目をパチクリさせた。いやあ、それほどでも。


「今日はすごく運が良かったみたいで」

「牢屋に入ってる奴が言うセリフではないな」


 全くお恥ずかしい。


「出して貰う訳には行きませんかね?」

「お前、何かのスキル持ちではないのか?」


 あれ、この世界にスキルってあるのかな? 不思議能力。


『アリス、そこんところどうよ?』

『魔法チックなスキルはありませんよ。一般的な意味での特殊技能のことでしょう』


 なある。特技的なものね。金塊をウハウハ掘り当てる技術持ちがいたら、そりゃ気になるか?


「どうなんだ?」

「特別なスキルはありません。ビギナーズラックっていうやつでして」

「そうか。上半身裸になって、手を見せてみろ」

「えっ? 上半身だけ?」

「だけとはなんだ? だけとは?」


 いかん。動転して失言した。露出癖があると勘違いされちゃう。


『あながち勘違いでもないかと』


 そんなことないって。衛兵さんがいるし。


「どうした? 早くしろ」


 もう、せっかちなんだから。焦らないで。


「――勘違いするなよ。裸が見たい訳ではないぞ」

「はいはい。これでどうでしょう?」


 軽くポーズを取ってみた。腹筋バッキバキー!


「ポーズは要らん。手を見せろと言うのに」


 言われた通り、両掌を開いてみせた。


「ふうむ。何のタコもない華奢な手だな」


 ああ。特殊な鍛え方をしているか、チェックされたのね。そうだと思ってましたよ?


「本当に何の訓練も受けていないようだな」


 ご納得頂けたようで。生まれたままの体です。


「もういい。いつまで裸でいる気だ?」

「ああ、もう満足ですか?」

「満足もクソもあるか! シャツを着ろ!」


 メラニーさんたら、恥ずかしがり屋さん。


「――という訳なんですよ」

「何も解決しておらんぞ」


 やっぱりそうですか。アリス・クリニックが開業しそうです。


「まあいい。荷物を返して釈放してやれ」

 メラニーは衛兵に命じた。


「よろしいのでありますか?」

「構わん。但し、この街にいる間は毎日私に報告を入れろ」

「はっ! 報告とはどのような?」


 衛兵は気をつけをして質問した。


「1日の終わりにこいつからその日の成果を聞き、私に連絡するんだ」

「はっ、かしこまりました」


 ビシッと敬礼。メラニーさんて大分偉いのか?


「貴様も分かったな? 砂金採りを続けるらしいが、毎日必ず衛兵に結果を報告しろ」


 わちゃー。これはマークされましたねえ。仕方ないか……。


「分かりました! 監視されるのは受け入れましょう!」

「急に大声を出すな。何だその勢いは?」

「但し、報告は直接メラ姐さんにさせてください」

「勝手に変な呼び方をするな! 私の名前はメラニーだ」


「直接報告した方が間違いがなくていいじゃありませんか?」

「それはそうだが……」

「もしかして違う間違い・・・を期待しちゃってます?」

「するか! 馬鹿者!」


「とにかく毎日夕方ゴンゾーラ商会へ顔を出せ。わたしが話を聞く」


 メラニーは話を切り上げて立ち上がった。


「分かりました。今日は時間が中途半端なので買い物だけします。報告は明日からでいいですか?」

「それでいい」


 メラニーはそそくさと衛兵詰め所を去って行った。


「行っていいぞ」


 牢の鍵が開けられ、俺は釈放された。


「うーん。やっぱりシャバの空気は美味いな」

『泊まったのはひと晩だけですがね』

『こういうのは気分だよ、気分。』


 失って分かる自由の尊さよ。俺は空だって飛べるぜ!


『飛行魔法とかありませんよ?』

『分かってるって。皆まで言うな』


 言葉にすると野暮になるってこともあるんだよ。のんびり行こうぜ。


『さて、まだ昼前だし、改めて換金からやり直すか』

『そうですね。今度は騒がれずに換金出来るでしょう』


 俺は昨日訪れたばかりのゴンゾーラ商会へ向かった。


「いらっしゃいませ」


 カウンターの店員はにこやかに俺を迎えた。昨日の騒ぎなどなかったかのようだ。店員教育が徹底しているね。


「集めた金を買い取ってくれます?」

「かしこまりました。それでは奥へお通り下さい」


 まあね。例の金塊があるもんね。店先でやり取りするもんじゃないよね。


「ご案内します」


 ウェンディという女性店員はきびきびと先に立って歩いて行く。この人も細型モデル体型で格好いいんだけど、感情が読めない感じ。きつくてもメラ姐さんは人間味がある所がいいね。


 通された部屋は小振りの応接室。VIPではないが、特別待遇されている印象を与える。上手いやり方だ。


「早速ですが、採取品をお見せ下さい」


 席に付きメイドにコーヒーを命じると、ウェンディは商談を進めた。

 俺は背嚢からキャンバス袋を取り出し、金の粒をテーブルに並べた。例の大物も最後に置いてやる。


「失礼致します」


 腕を捲くったウェンディさんは、金を水に沈めたり天秤に載せたりし始めた。何をしているのか、俺にはよく分からんが。


『比重と重量の確認ですね』


 きれいな筆跡でウェンディさんは結果をノートに記録していく。字のきれいな人はそれだけで上品に見える。

 最後に彼女は金の粒を石のようなものに当てて擦った。


『あれが試金石です』

『おー。初めて見たよ』

『石に残った金の色を、色見本と比較して純度を測ります』

『そういうことか。そこから物の価値を試す機会やイベントのことを試金石って例えるのね?』

『勉強になって良かったですね、ジジイ』

『お前、チョイチョイ口が悪いな』


 すべての金を査定した結果、総額5万マリで買取って貰った。一流企業のボーナス並じゃないか?

 高級車買えちゃうぞ。売ってないけど。


「さてウェンディさん、ご相談です」

「何でしょう? 改まって」

「俺がメラニーさんのお気に入りだってことは知ってますよね?」

「監視中と聞いています。お気に入りとは――?」

「関心の的という意味です。ならば、トラブルを起こさずに動き回らせた方がお得ですよね?」

「面倒事は避けたいですね」

「ではこうしましょう!」

「何ですか、藪から棒に?」


 俺は双方ウィンウィンの方策を説明し、ウェンディさんの同意を得た。


 答えは大商談会――。

 ゴンゾーラ商会に取引業者を呼び出して貰って、冒険用品一式外商セールの場を設けたのだ。


 いちいちお店巡りをせずに済むし、大金を持ち歩く必要もない。しかもバックにゴンゾーラ商会が付いている格好なので、ぼったくられる心配もない。


 こりゃ楽でいいわ。さすがアリスさんの電子頭脳。

 あっという間に馬具と幌馬車、馬小屋付きの借家まで揃ってしまった。合間に昼食を頂いて、今は優雅にアフタヌーンティーをご賞味中。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る