第8話 意気揚々と街に凱旋したら、あっという間に豚箱にいました?

『黄鉄鉱ですか? それじゃあ売れませんね。そんなもの記念になりますか?』

「ピカピカして綺麗だし、大きいんでね。初めての砂金採り記念に取っておこうかと思ってさ」

『ジジイの癖にロマンチックなことを。ちょっと見せてくれますか』

「うん。これなんだけど――」

『ええーっ! これ金じゃないですか!』

「えっ、本当! こんなにデカいからてっきり偽物かと思ったよ」

『ビギナーズラックというか、豚に真珠というか。アホを自由にすると、とんでもないことをやらかしますね』


 ひでえ言い草だな。労働の成果だっちゅうの。


「これ全部金? 結構重いんだけど」

『500グラムを超えてますね。ふざけた大きさです』

「えーっ! すげぇーっ!」

『感想がアホすぎて、頭が痛くなりますね』


 この塊ひとつで500万じゃん。急にお金持ち。


『こうなると、命の危険がありますね』

「誰かに狙われるってこと?」

『そうです。このまま持っていても狙われますし、お金に替えても同じことでしょう』

「うーん。困ったなあ」

『世界中の貧乏人を敵に回しそうな悩みですね』


 そういうとこ、冷たいね。もっと親身になってちょうだい。


「何かうまい解決策はないか? アリスの能力でさ」

『ミッションを確認しました。安全に大量の金塊を売りさばく方法——答えが出ました』


 早えな、結論。


「教えて、アリス先生」

『こういうときは裏取引です。偉い人を味方に付けましょう』

「ふむふむ」

『猿でも分かるように台本を作りますので、帰りの道々覚えてください』


 俺に対する期待値低すぎないか? いや、期待が大きすぎるよりマシか?


『細かいことは海馬に刷り込むので、大枠だけ教えます』


 アリスの作戦はこうだ。砂金買取りを取仕切っている商会に乗り込んで、直取引に持ち込む――以上。


『後は出たとこ勝負です』

「作戦が雑だな、おい!」

『臨機応変と言ってください』


 商会相手なら命まで取られることはないだろう。最悪ケースは金塊をタダ取りされることだけど、どうせ元手はタダなんだから。


「ダメ元だと思えば気楽だね」

『500グラムの金塊を前に気楽だねとヘラつく神経』

「何だよ? 落ち込まないための心構えだよ?」

『能天気も程々にしやがれです』


 さて、アロー号はいるかな?


「アローっ!」

『うるさいですね。駄馬1号は常にオンラインになっていますから、がならなくても来ますよ』


 良いじゃん、雰囲気出しても。


「ぶるるるん」


 おー、アロー君。素直で可愛い。口答えしないもんね。後で人参あげよう。


「街まで乗せてね。ゆっくりで良いから」

「ぶひひん」


 乗馬体験、本日2度目。ちょっと余裕。


「アロー君、自分で道を選んでくれるから楽チンだね」

『接待モードが鼻に付きますが、大事の前の小事と割り切ります』


 アリスはSなんじゃなかろうか? 楽できるところは楽しようよ。

 最低限のシミュレーションとして、交渉のストーリーだけ確認した。お尻がちょっと痛くなってきた頃、街の外壁が見えてきた。


「オーイ、どうした? その馬はお前のか?」


 俺のことを覚えていた衛兵に見咎められた。


「山のふもとで拾いました」

「拾いましたって、お前……」

「申し遅れました。俺、テイマーです」

「本当か?」


 この世界、テイマーという職業は珍しいらしい。いることはいるが、滅多にいない。そんな感じ?


「本当だよな? アロー」

「ぶるるい」

「もう名付けたのか? 持ち主が出てきたら、厄介なことになるぜ」


 衛兵は馬の顔をじっくり見直した。


「うーん。この町では見たことないなあ。大体こいつは3歳くらいだろう? そんな若い馬を持ってる奴は知らないなあ?」


 牛の場合はお尻に焼き印を押して所有権を明示するのだが、馬は肩のあたりに押すらしい。アロー君にも押してあったのだが、アリスが治療・・してくれた。


「もし持ち主が探していたら返しますから」

「分かった。こっちでも気にかけておこう。名前を教えてくれ」

「トーメーです」

「変わった名前だな。覚えやすいけど」


 衛兵は台帳にさらさらと記入した。


「もし街中で持ち主に出会ったら、衛兵のエリックに届けてあると言え」

「よろしくお願いします、エリックさん」


 この人結構良い人かも。そうだ、お近づきの印に――。


「これ、今日採れたんで良かったらおひとつどうぞ」


 俺は5グラムほどの砂金1粒をポケットから取り出した。


「今日採れたんでって、お前。カボチャのお裾分けじゃないんだから……」


 それでもエリックは、素直に受け取ってくれた。


「悪いな。何かあったら言ってこい。口利きくらいはしてやる」


 おー。チップ文化って好きじゃないけど、こういう世界では有効なのかな?


「砂金の買い取り場所は分かってるのか? 知らないだと? ちょっと待て。字は読めるな?」


 エリックは紙の切れ端に店の名を書き留めて、渡してくれた。


「いやあ、助かります。知り合いがいないもんですから」

「ほらよ。砂金の買い取りならここに行け。誰に聞いても場所は分かる」


 渡された紙には、「ゴンゾーラ商会」と書いてあった。


「この街で一番デカい商会だ。買値はまともだから騒ぎを起こすんじゃねえぞ」

「アザース。ほんじゃまた」


 そう言って、俺は街に入って行った。


 1時間後、俺は牢の中にいた。


「あー。何でこうなるかなあ」

『500グラムの金塊でしょうね、原因は』

「あー」

『あと、駄馬1号とか』

「あー」


 心当たりがありすぎるわ。ついてねえー。いや、つきすぎてるのか?


「全部正直に話したのになあ」

『ピカピカの俊足馬が道端に落ちてましたとか言わないでしょ、普通』

「あー」

『500グラムの金塊に至っては、開始後10分で見つけたとか言いますかね?』

「あー」

『それでなくても怪しさ満載の顔をしているのに』

「あー、って。顔のことは良いだろうに」

『一番の問題が顔ですから』

「おいっ! 牢の中のお前! 1人でぶつぶつうるさいぞ!」

「ほっといてくれ、ってあなたに言ったんじゃないですから」

「他に誰もいないだろう! 静かにしてろ!」


 しまった。いつものつもりでアリスとやり取りしてしまった。


『宇宙人と交信してると思われたくなければ、ステルスモードで会話してください』

『ステルスモードって……。怪しく見えるのは分かるけど、言い訳も聞かずに牢に入れるかなあ』

『日本とは違いますからね。よそ者というだけで容疑者扱いされても仕方ありません』


『いざとなったら牢屋を分解するとか、逃げ出すことはできるよね?』

『それは大丈夫です。でも、折角ですからゆっくりしていきましょうか』

『嫌だよ、牢屋の中なんか』

『貴重な社会勉強ですよ? 宿代はタダですし』


『前科とか付いたら嫌だなあ……』

『さすがに証拠もなしに罪を問われることはないでしょう。ヤバいときはアリス・クリニックが皆の海馬をチュクチュクしちゃいます』

『怖いからやめて。善意の第三者ってことでほとぼりが冷めるのを待つか――』

『それで行きましょう。最悪、駄馬と金塊を放棄すれば釈放されるでしょう』

『そうだな。金はもう一度採りに行けば良いことだしね』

『その通り。今この瞬間もナノマシンがせっせと砂金を集め続けています』

『あ、そっか。ナノマシンはあのまま現地に残ってるのか』


 そりゃあ楽ちんだ。目には見えないが、分身の術みたいなものね。ツバ分身。


『こりゃ将来明るいね。のんびりしとこう』


 俺は牢屋備え付けの寝台に寝転んで、昼寝を楽しむことにした。


『牢屋でのんびりできるようになったら、人間終わりじゃないでしょうか?』

『瞑想中、瞑想中。心を静めております――zZ』

『本気で寝やがりましたね。安全な環境でしばらく静かにしているという状況は、アリス的には願ったり叶ったりですよ? その間に内職が捗るし……』


 アリスはこそこそ何かを画策しているらしい。俺はまったく蚊帳の外だった。


 結局そのまま一晩牢屋に監禁された。出されたのは水と、煮豆のみ。

 煮豆の味はどうかって? 素材の味を生かした仕上がりでしたよ? ザ・豆味。調味料なし。

 ドッグフードの方が美味いんじゃないだろうか? 食ったけど。お腹空くし。


 それ以外は問題無いかな。取り調べはないし、拷問的ないじめもない。人道的見地から見れば、案外まともなんじゃない? この世界の留置場事情?

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