4. 勇気を出して......

 バレンタインデーの靴の中に、ピンク色のうさぎのキャンディ

 

 こんな稀有な出来事が起こったというのに、そのままうやむやにしておくのは、どうかと思われた江奈。


(例え、万に一つ程度でも、宇佐君から貰ったという可能性が有るなら、それを無駄になんか出来ない! そんな罰当たりな事をしたら、もうチャンスは二度と巡って来ないかも! ここは勇気を振り絞るところかも知れない!)


 今までバレンタインデーに、仲良し女子との友チョコ交換以外はした事が無かった江奈だったが、もしかしたら宇佐からの贈り物だったという可能性に賭けて、少ない勇気を奮い起こそうとした。


 話す機会が有るとしたら、隣のクラスと合同の体育で、教室から運動場や体育館へ移動する時くらいしか思いつかない江奈。


 その時も、江奈は亜砂代と一緒に行き来し、義彦もまた同じクラスの男子の何人かと歩く姿をよく見かけていた。

 亜砂代には、計画を話して協力してもらうとしても、義彦の方は、単独行動などしているはずがなく、他の男子がいる中で、義彦を呼び止めるのは、かなりハードルが高かった。


(どうしよう......? でも、もしも、向こうも勇気を出して、靴の中に忍ばせたのだとしたら、時間が経つほど不利になってしまう! 早く何とかしなきゃならないんだけど......)


 外の運動場への移動中に、亜砂代に話して協力体制は出来たものの、義彦の周りは、案の定、ガードが固かった。

 

 体育の授業は、ハードル飛びだった。


(ハードルが高いと思っている時に、ハードル飛びの授業なんて......私への当てつけみたいに感じられる。でも、きっと、これも、目の前のハードルを飛び越えて進めというメッセージなんだよね!)


 江奈が、義彦との会話出来るように思索を練りながらハードル飛びをしているうちに、最後から2番目のハードルごと転倒した。


(ハードル、飛び越えられなかった......これは、もう不吉な予感しかしない! やっぱり、止めておくべきなのかな?)


 左膝からポタポタと出血し続けているのが気になり、体育教師に言って、保健室に1人向かった江奈。


 土と血で汚れた部分を消毒してもらい、絆創膏を貼ってもらってから、運動場へ戻ろうとした時、タイミング良く義彦が1人で、水飲み場へ水を飲みに来ていた。


(えっ......宇佐君? やった~、チャンス! 不吉な出来事の後だから、どうかと思われるけど......でも、もう、今逃したら、二度とチャンスが来るなんて有り得なさそう!)


 一呼吸してから、江奈が話しかけようとした。


「足、大丈夫?」


 江奈の口が開く前に、義彦から声を掛けられていた。


(ウソみたい.....宇佐君の方から話しかけてくれた! しかも、私の左足を気にしてくれている!)


「あっ、大丈夫......」


「大丈夫なら、良かった!」


「それで、あの~......」


 義彦の笑顔が眩しく感じられるのと、話さなければならない内容に躊躇らわれて、発する予定の言葉をスムーズに言えない江奈。


(こんな事、突然、宇佐君に聞いて大丈夫かな? もし、違っていたら、恥ずかしい......でも、もしも、うさぎのキャンディが宇佐君からのだったら、スルーで済ませるのは、絶対イヤだから!)


「何......?」


 義彦の視線を向けられて、ドキドキしながらも、勇気を出して尋ねる事にした江奈。


「初めて話したのに、こんな事を聞いたら、おかしく思われそうだけど......昨日、うさぎのキャンディを私の靴に入れてくれた......?」


「えっ、うさぎのキャンディ? あっ、そうか......名前から、俺を連想した?」


 笑い出した義彦に、勘違いだった事を瞬時に悟った江奈。

 自分の取った言動に対して、急に恥ずかしさが込み上げて来た。


(宇佐君じゃなかったんだ......いやだ、恥ずかしい~!! もう、この場から、消えてしまいたい~!!)


「そんなわけないよね。ごめんね、変な事を聞いて......」


 慌てて、その場に義彦を残して戻ろうとした江奈。


「あっ、待って! もし、僕からだったとしたら、どう思った?」


「それは......もちろん、めちゃ嬉しい!」


 遠目で、戻らない2人が照れながら話している様子を見ていた1人に、澄香の姿も有った。

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