33.自分を見つめ直す時

「今日、この舞踏会の会場に入って俺は思った」

マックスは一旦そこで言葉を切って会場を見渡した


「この国は愚かな者が多すぎる。半年前に裁かれたナイジェルはその典型だった。そしてここにきて『呪い』が解けたと噂されるエイドリアンに早速群がる愚かな恥を知らない令嬢の多さも…」

その言葉にチラチラとエイドリアンに視線を送り、あわよくば近づこうとしていた令嬢たちが顔を赤く染め体を震わせていた


「アリシャナに対しても同じだ。アンジェラの言葉に踊らされて散々馬鹿にしていたクセに、どの面を下げて今さら近づこうというのか…それを恥とも思わないこと自体が嘆かわしい」

「…そんないい方しなくても…」

「いや、でも俺ならそんな奴相手にしないぞ」

「だよな、むしろ怒りを覚える」

「でも…魅力的ではあるよな…」

マックスはそれらの言葉をあざ笑う


「平和ボケしたあなたたちに今一度思い出してほしい。この国におけるピアスの効力を」

「ピアス?」

「たまに耳に着けてるひとがいるあれ?」

若い世代でささやかれる疑問に大人たちが焦りを見せていた


「特にこの会場でエイドリアンとアリシャナに近づこうとしていた者に伝えておく。ピアスはこの国で唯一の相手を見つけ、他を受け入れないという魔力による契約を込めた証だ。それを違える…つまり浮気や不倫、2人目の妻を娶ろうとしたならば当人とその相手、双方が死を迎えることになる」

「え…?」

「その見た目に惑わされ、呪いや魔力におびえ虐げていたのを棚に上げ、あわよくばと近づく愚か者がどれだけ死のうが自由だが、今一度これまで自分たちのしてきたこと、そしてこれからしようとしていた事の愚かさを考えて欲しい」

マックスの言葉に会場にいた者は黙るしかない


…が、どこにでも愚か者はいるようである

「何よ…マックス様は自分の見た目がそんなだからひがんでるだけじゃない!」

「ちょっとやめなさい!」

隣の母親が思わず遮っていた

「お母様は黙ってよ。マックス様は自分が見向きもされないからそんな風に言うんだわ。お父様だって言ってたもの。マックス様は絵を描くしか能がない。後ろ盾になる価値もない豚だって」

「やめないか!」

父親も必死で止めに入る


「学校のみんなだって、あんな豚みたいなマックス様の奥様にだけはなりたくないって言ってるわ」

側にいる両親が何とか黙らせようとするが叶わない

さらに学校のクラスメイトだろう令嬢も真っ青な顔をしている


「…アンジェラみたいだな」

「本当に…どこにでもいるんですね…」

エイドリアンとアリシャナは囁くように言葉を交わす


そんな中マックスの周りを馬鹿にしたような笑いが響いた


「だからこの国は愚かだと言ったんだ。見た目、表面的な価値それしか見ることが出来ない」

「だからそれは…」

令嬢が言い返そうとした中、マックスの姿が変わっていく


「え…?すごいかっこいい…」

「誰あれ?あれがマックス様?」

「やだ、あんなにカッコいいのに何であんな姿に?」

「素敵…お父様、私マックス様と結婚したいわ!」

悲鳴のような令嬢たちの声が響く


「…で、キミの言いたいことは何だったかな?」

マックスは先ほどの令嬢に向かって言う

「い、いえ…」

向けられた微笑みに頬を真っ赤にする令嬢を次の瞬間マックスが笑い飛ばした


「俺の奥さんにだけはなりたくない、だったかな?」

「違…それは…!」

必死で否定しようとする令嬢に冷めた目を向ける

その目は心底軽蔑したような目だった


「実にくだらないな。見た目が変わっただけでその態度の変わりようは実に滑稽で吐き気がする。君のような頭がお花畑のご令嬢はこっちからお断りするよ」

「酷い…」

その言葉に令嬢は泣き出した


「酷いという前に自分の吐いた言葉を思い出してみたらどうだ?自分の発した言葉に責任を持つべきだと思うが…君のご両親はそんな事さえ教えてはくれなかったのか?」

「そんなこと…」

「あぁ、君の父上も似たようなことを言っていたか。なら無理もない」

側にいた両親をあざ笑うように言う


「皆も今一度考えてみて欲しい。関わる相手と誠実に向き合うことの大切さを。見た目や表面的なものに惑わされる愚かさを。これまでの態度と180度変わった相手を信用するに足るのかなど子供でも分かるはずだ」

その言葉に苦虫をかみつぶしたような顔をする者が大勢いた


「俺が絵を描くしか能がないと思ってた者も覚悟しておくがいい。明日からこの国の改革を始める」

マックスはそう言ってニヤリと笑う

どういうことかと会場が再びざわついた

そんな中帝王が再び声を張り上げた


「本日をもって我は帝王を降りる。長男のドミニクを帝王に、次男のアレン、三男のマックスを補佐とする」

帝王がそう言った途端青ざめるものが多数見て取れる


「…何かたくらんでいるとは思いましたけどまさかこんなことだったとは…」

「リーシャに本当の姿の事を言われて一瞬驚かれたのはこのせいだったようだな」

エイドリアンとアリシャナは苦笑する


「俺を愚か者と思い沢山の情報を零してくれたことには感謝する。それらは全て今後の改革に活かすと約束しよう」

「そんな…」

項垂れ崩れ落ちる当主が続出した


「様々な想いを抱えるものがいるようだが…ここから仕切り直しで舞踏会を再開しようじゃないか」

ドミニクがそう言った途端音楽が鳴り響く


「エイドリアン、アリシャナ、君達にファーストダンスをお願いしてもいいかな?」

「「喜んで」」

場の流れを見る限り断わるのはまずかろうと2人は引き受ける

エイドリアンにリードされ踊るアリシャナは男女問わず視線を奪った

1曲踊り終えると周りも踊り出し舞踏会としての雰囲気を取り戻していった


「どうだったかな俺の余興は」

「マックス様…」

アリシャナは呆れたようにマックスを見る

その後ろにはドミニクと、アレン、帝王夫妻も揃っていた

「最初から姿を戻す予定だったのですか?」

「一番効果的だろう?予想以上にあのご令嬢が盛り上げてくれたけど」

悪戯が成功したかのように言うマックスはアリシャナが幼い頃に見たマックスの面影を持っていた


「アリシャナ、エイドリアン、この馬鹿な人をどうか許してやって頂戴ね」

「叔母様…」

「エレナ、何もそんな言い方をしなくてもよかろう?」

「あら、アリシャナに許してもらえないってずっと落ち込んでたのはどこの誰かしら」

「母上流石にそれは外では言わない方が…」

ドミニクがすかさずクギを刺す


「でも事実でしょう?姪だと知った時には引き返せないところまで来ていたし、その後もアリシャナを前に撤回も出来ずに馬鹿みたいに凹んで…うっとおしいったら」

エレナの言葉にエイドリアンとアリシャナは顔を見合わせる


「国民の前できちんと説明して謝罪して…ようやくこの人なりにけじめをつけた感じかしらね」

「さっきも言いましたが俺は気にしてません。家族も今は前を見ています」

「…私ももういいです」

「アリシャナ?」

「エイドリアンが許してるのに私が許さないのもおかしな話ですもの」

「そうか…ありがとう…」

帝王の目には安堵の色が浮かんでいた


「これからは親戚づきあいをしましょう。アリシャナの会った事の無い親戚が沢山いますよ」

「母上は兄弟姉妹が多いですからね」

マックスが笑いながら言う


「これからは従兄妹として付き合ってくれると助かる」

「ドミニク様…」


「父上から帝王を継いだばかりで至らぬことも多いだろう。だからこそエイドリアンにもアリシャナにも助けて貰えると有難いと思ってるよ」

「アリシャナとの時間を必要以上に奪わないなら構いませんよ」

「ちょっ…リアン?」

「…そなた溺愛ぶりに拍車がかかってないか?」

慌てるアリシャナを見て元帝王が呆れたように言う


「あなたのおかげですよ。封印を解く直前、かなり煽っていただきましたから」

「気付いていたのか…」

「後からですがね。まぁその点は感謝してます」

エイドリアンは苦笑交じりに言う


「リアン、煽ったってどういうこと?」

「…リーシャを好きだと認めさせられたってことだよ」

エイドリアンはそう言ってアリシャナの頬に口づける


「…そのピアスもだけどかなりの独占欲だよな?アリシャナは窮屈なんじゃない?」

マックスがからかうように尋ねる


「窮屈だなんて思ってないですよ?私はリアンの側が一番落ち着きますから」

キッパリ言うアリシャナにみんなが顔を見合わせる

「余計なお世話だったようだな。まぁ辛い思いをしてきたキミたちがそうやって幸せそうに笑ってくれてるなら良しとしよう」

「アリシャナは瘴気を払い、エイドリアンは負を浄化する。今の君たちはいてくれるだけでも国の宝だ。2人が気持ちよくこの国にいてくれるように我々は努力しなくてはな」

ドミニクの言葉にアレンとマックスが頷いた


この舞踏会でのことと、2人の力のことは正式な声明として発表され、2人は勿論、スターリング家を取り巻く環境は少しずつ変わっていくこととなる

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