エピローグ

「お母様早く!」

そう言ってアリシャナの手を引くのは3歳になった長男のエリオットだ


エイドリアンが帰ってきたと連絡を受けるなりこの喜びようだった

魔道師団の研究の手伝いをしていて、エイドリアンが数日家を空けるのは初めてだったので寂しかったのかもしれない


「お父様!お帰りなさい」

エントランスにたどり着くなりエリオットはアリシャナの手を放してエイドリアンの元に飛び込んでいく

「ただいまエリオット。何か変わったことはあったか?」

勢いよく飛び込んできたエリオットをしっかりと抱き留めてエイドリアンはたずねる


「お母様が編み物をはじめました」

「編み物?」

エイドリアンはアリシャナの方をみて首を傾げる


「お帰りなさいリアン。実はね、新しい命が宿ったみたいなの」

アリシャナはお腹をさすりながらそう言った

「本当か?」

エイドリアンはエリオットを抱き上げたままアリシャナを抱きしめる


「クリスマスの頃には生まれるそうです」

「最高だ…エリオット、お前はクリスマスの頃にはお兄ちゃんになるぞ」

「うん!」

嬉しそうに頷くエリオットにエイドリアンも幸せそうな笑みを見せる


「お父様たちにも知らせたら、お祝いしたいからすぐにこっちに向かうと連絡が」

「あぁ、まぁそうなるだろうな。いつ到着予定だ?」

「明日の昼過ぎには」

「なるほど。じゃぁ明日の昼まで3人の時間を楽しむとしよう」

「お父様と一緒?」

「ああ、一緒だ」

「やったぁ!お母様、お父様と一緒だって!」

エイドリアンは満面の笑みでそう言いながら、腕の中で暴れるエリオットを落とさないようにしっかり抱きかかえる


「エリオット、そんなに暴れたらお父様の腕の中から落ちてしまうわよ?」

「え?!」

驚いたようにエイドリアンを見る

「はは…大丈夫だよ。絶対に落とさない」

エイドリアンの言葉にエリオットはホッとした表情を見せる

「でも、もうすぐお兄ちゃんになるんだから落ち着くことも覚えないとな?」

「うぅ…」

「あら?かっこいいお兄ちゃんになるんじゃなかったの?」

「なるよ!でも今日はいいでしょう?お父様と一緒にいたいもん」

「ふふ…数日お父様がいないのは初めてだったものね」

アリシャナの言葉にエリオットはエイドリアンにしがみ付いたままうなづいた


「よし、じゃぁ俺がいなかった間のことから話してもらおうか?」

「…うん!」

サロンのソファに座ると用意されたお茶やお茶菓子を手にエリオットはしゃべり続けた

途中でエイドリアンの膝に乗ったりアリシャナの足にしがみついたりしながら3人の笑い声が響く

エリオットとじゃれながらおだやかなひと時を過ごすのは既に見慣れた光景となっていた


舞踏会の後、政務を一通りこなせるようになったエイドリアンは引っ越しを提案した

山と湖のある土地を買いそこに屋敷を立てたのだ

帝都から馬車で二日の距離にある静かな町にアリシャナも二つ返事で賛成した

今は何かがある度に色んな人が集まる憩いの家になっているのだ


翌日、昼を回ってすぐにバックスとオードリーが最初に到着した

その数時間後にテオとマックス、前帝王のサージュとエレナが到着した

「マックス様はわかるけど…サージュ様とエレナ様がテオと一緒にだなんて面白い組み合わせね?」

アリシャナがクスクスと笑いながら言う


「勘弁してよ姉さん、俺はマックス様だけだと思ってたのに…」

テオはグッタリしている

「ははは…馬車の中で父上に大分やり込められてたからな」

マックスが笑いながら言ったことで何があったのか理解する


「エレナおばあちゃま!」

「まぁ~エリオット大きくなったわね?」

エレナが駆け寄ってきたエリオットを抱き上げる

「僕お兄ちゃんになるんだよ!」

「そうみたいねえ?嬉しい?」

「うん!お父様がお母様を守るみたいに僕が守ってあげるんだ!」

エリオットの言葉にみんなが驚いている


「偉いなエリオット」

サージュがエリオットの頭をなでる

「大切な人を守れる強さを身につけないとな」

「うん!」

素直な返事に顔がほころぶ

無邪気なエリオットを囲みいろんな話が繰り広げられていた


「マックス様」

「ん?」

「アンジェラはどうしてます?」

アリシャナは尋ねる

「んー俺は直接かかわってないから教師たちの話でしか知らないけどねぇ…」

マックスは言葉を濁す


「どうやら最近女性同士の関係に興味を持ち始めたらしくてさ」

「…は?」

アリシャナは思わず変な声を出していた

「男を断ってそろそろ5年くらいか…彼女の性欲は想像以上のものだったらしくてさ、最初は自慰で誤魔化してたらしいけど、昨年メイドが困って相談してきてね、仕方ないから張型を用意させて凌いでたんだが…」

「張型…」

「最近になってメイドに手を出し始めたらしくてちょっと問題になってる」

「メイドに手を出すって…」

「自分の体に触るよう言ってくるらしい。それに教師たちの厳しい指導を喜ぶようになってしまったらしい」

「何てこと…」

アリシャナはありえないという顔をする


「だろう?流石に困って父上や兄上たちと相談して…急だけど来週、離縁して鉱山の娼館へ送ることになった」

「離縁は叶わずだったのでは?」

「まぁ普通ならそうなんだけど既にメイドと教師に被害が出てる関係で犯罪者という扱いだな」

「あぁ…犯罪奴隷という位置づけですか…」

アリシャナはかつて姉と呼んだ人物のなれの果てにため息しかでなかった


「彼女にとってはご褒美になりかねないという話もあったんだけど、相手を選ぶ権利がないし、彼女が望むような相手じゃないということで決定したって感じだな」

マックスは苦笑しながらそう言った


マックスがさらに続けた言葉は驚くものだった


「丁度魔術師団の方で体の感度を下げる術と、性欲を抑える術が仕上がったらしいからその実験体にするってのも決定した理由の一つだな」

「…何でまたそんな術を?」

「あぁ、隣国の協力要請だな。何でも外交官が淫乱らしくてさ」

「何でそんな人が外交官に?」

「それは隣国の事情だから俺は知らない。まぁ性欲が強すぎるのも肉体関係に溺れるのも、この国でもない話じゃないからその改善という意味では役立つだろうってことで協力したあたりだな」

「でもそれ、娼館に行くなら術を施さない方がいいのでは?」

「施すから罰になるんだよ。今の彼女は抱かれたら大喜びだろうから」

「…なるほど」

「ま、そういうことだからようやく君も過去を一切気にせずに済むんじゃない?今までならアンジェラといつか顔を合わす可能性もあったしね。限りなく低いけど」

「確かにそうですね」

アリシャナはそう言って苦笑する


「なにがそうですね?」

「リアン!びっくりさせないでよ…」

突然背後から抱き付かれてアリシャナは抗議する

「わーるかったって。で、何の話?」

「アンジェラを犯罪奴隷として娼館に送る話」

「あぁ、その話か」

「リアンは知ってたの?」

「ここしばらく協力してたのその関係だからな」

「…まさか…」

「そのまさかかな?俺がリーシャの不安を知っててそのままにしとくわけないだろ?」

アリシャナは絶句する


普段そこまで精力的に協力することはなかったのに、今回だけは驚くほど前向きに協力していたのは知っていた

それがアンジェラに関わることだったからだと知って嬉しくないと言えばウソになる

「だからサージュ様も来たってこと?」

「そういうことだな。向こうで父さんたちとその話をしてたよ。半月とは言え家にも被害があったからな」

「でもこれで本当の意味で解決したから突然来たのは許してやってくれ」

マックスはそう言って笑う


「リーシャ、テオが呼んでる」

「え?」

エイドリアンに言われて振り向くとテオがエリオットを肩車してこっちに向かってくるところだった

「お母様見て!高い!」

「本当だねぇ。遠くまで見える?」

「うん!テオおじさまお母様のところまで連れてって!」

「よーし…」

テオは頷いてエリオットを肩車したまま走り出した

皆に囃し立てられながらエリオットは嬉しそうに声をあげて笑っている


「リアン」

「ん?」

「幸せだね」

「そうだな。呪いでも祝福でも…そう思ってたけどやっぱり祝福だったかな?」

エイドリアンはそう言ってアリシャナを抱き寄せる


何かあればこうして駆けつけてくれる人たちに囲まれて穏やかな時間に包まれる

2人のこれからの日々ではそれが当たり前のように続いていくことになる


---END---


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これにて本編完結です。

あと3話ほど、おまけもどきが続きます。。。

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