29.私の立場(side:アンジェラ)

お父様の裁判がどうなったのか

私はそれだけが気がかりだった


「今日の授業を始める前に…」

教師が入ってくるなりそう言いながら椅子に座った

「あなたも気になっているでしょうからお伝えしておきましょうね」

「…」

首を傾げつつもきっとお父様のことなんだと思う


「マックス様にも許可を頂きましたから…」

あんな豚の許可なんてどうでもいいから早く言いなさいよ!

内心そう思いながらも叩かれたくないから言わない


「ディフェントヒールをかけ、魔力を封じたうえで魔術師団及び騎士団の実験体として提供する」

教師はそう言って私を見てきた

「それが帝王がナイジェルに下した裁きです」

「…は…?」

意味が分からない

魔力を封じて実験体って何よ?

それにこの女お父様を呼び捨てにした?


「アリシャナ様がお可哀そうです。随分酷い扱いを受けておられたようですね」

「あんなのどうでもいいのよ。ただのゴミなんだから!それよりお父様が何で…」

「掲げられた嫌疑は全て証明されました。さらにそれ以上のナイジェルの愚かな行為も露見しました。あの場でナイジェルを擁護する者は一人もおらず帝王の裁きが軽いという意見の方が多かったように思います」

「何…ですって?」

「罪の重さからして死刑が妥当…でもそれでは誰の為にもならない。牢に閉じ込めておくにも税金が無駄になる。それらを考慮した上での裁きです」

教師は淡々と言う


「アンジェラさん、あなたは犯罪者の娘となりました」

え?どういうこと?

確か犯罪者が出た場合一族が皆奴隷になるんじゃ…

そう言えばこの女私の事アンジェラさんって言ったわよね?

裁判の前はアンジェラ様って呼んでたはずだけど…


「本来であればあなたも奴隷となりますがマックス様と婚姻している上に、帝王の命で離縁がかないません」

え?ひょっとして私は免れたってこと?

それってラッキーなんじゃ…


「しかし、これまでと同じ待遇というわけにはまいりません。マックス様が奥方と認めていない以上、提供される衣類も食事も、その他の待遇も立場もこの屋敷の使用人以下となります」

「は?!」

何言ってんのこの女

認めようが認めなかろうが妻なのよ?

こっちだって好きで結婚したわけじゃないのに何言ってんのよ?


「もちろんあなたに付く使用人もいなくなります。自分のことは全て自分でなさるようにとのことです」

「何よそれ…そんなの無理に決まって…」

「あら?アリシャナ様にはそれを強制なさっていたんでしょう?」

「!!」

何よこの女…

いきなりあの屑を引き合いに出してきてどういうつもりなのよ?

睨みつけたらさらに驚くことを告げてきた


「ナイジェルはアリシャナ様を不当に虐げていたことが証明されました。裁判の後、あなたがアリシャナ様にしてきたことも全て洗い出されました」

「は…?」

ちょっと待って…

私がアリシャナにしてきたことって…


「そういえばアリシャナの立場はどうなるのよ?あの子も…」

「アリシャナ様は既にブラックストーン家から縁を切られています。それはあなたもよくご存じでしょう?」

そういえばあの日…お父様が縁を切ると…

じゃぁあの子はあの家でヌクヌクと暮らしてるってこと?

許せない…


「奴隷以下の扱い、それを家族によくできたものだとあなたをおぞましく思うものが大勢います。そうそう、あなたの正体はではなくだった、それが今のあなたへの評価ですよ」

教師は笑いながらそう言った

「私が…愚かな魔女ですって?」

私は思わず教師を殴っていた


「先生!大丈夫ですか?!」

メイドたちが騒ぎ出す

「大丈夫です。みなさんは持ち場に戻ってください。バートン様に報告だけお願いします」

「…承知しました」

大丈夫だからと再び言われ皆が散っていく


「報告って…」

私は嫌な予感がした

「お伝えしたはずですよ?あなたの立場は使用人以下だと。そのあなたが私に手を上げた。それがどういうことかお判りになりませんか?」

「!」

流石にまずいと思った

バートンは恐ろしく厳しい

メイドたちに手を上げる事さえ許さない


「相変わらず愚かなことをなさったようですねアンジェラさん」

「バートン…」

恐怖から嫌な汗が吹き出すのが分かる


「先生、本日はゆっくりお休みになってください。このおわびは改めて」

「お気になさらないで。でもそうですわね。今日は…」

少しバートンと話をしてから女は帰って行った


「アンジェラさん、あなたの新しい部屋を用意したのでそちらに移ってください」

「え…?」

待って、部屋を移るって何?


私が戸惑っていると両脇を護衛に掴まれた

そしてそのまま歩き出される

「ちょっと待ってよ!私はここに…」

拒否しようにもつま先しか地面についていない

踏ん張ることさえ叶わない


「こちらですよ」

そう言って放り込まれたのは狭いベッドと机しかない部屋だった

「何よここ…」

「昔、奴隷を使用人として使っていた時の部屋ですよ。今のあなたの立場には丁度良いでしょう」

バートンは淡々と言い放つ


「教師達に認められれば元の部屋へお戻りいただけますよ。それまではこの部屋で全てご自分でなさってください」

「イヤよそんなの…待って!謝るから!」

「あなたの謝罪は表面的なものですから意味はありません。食事だけはメイドが運びます。衣類はそのクローゼットに入っていますので洗濯もこの部屋の掃除もご自身でなさってください」

そう言ってバートンは出て行ってしまった


お仕置きがなかったのは良かった

それは心からそう思う

「でも…」


私は部屋を見回した

ベッドと机、クローゼット壁に埋め込まれた鏡とその前に水道がある

窓はあるけど小さい上に鉄格子がついてる


「鉄格子なんてなくてもあんな窓から出られるわけないじゃない!」

吐き捨てるように言いながらベッドに腰かける


「固い…」

こんなに固いベッドは初めてだわ

流石に酷すぎでしょ!?


ちょっと待って、服は…?

恐る恐るクローゼットを開けると…

地味な古ぼけたワンピースが5枚ほどかかっていた


「これを私に着ろって言うの?」

太陽の女神と言われた私にこんな古ぼけたワンピースを着ろだなんてありえないわ!

”バタン”

苛立ち紛れに扉を閉める


怒りをぶつける相手も愚痴をこぼす相手もここにはいない

静まり返った狭い部屋の中で私は初めて自分の身に起きていることをじっくり考えた


太陽の女神と称えられ、男性たちにチヤホヤされた

お父様にも可愛がってもらってずっと幸せに暮らしてた

アリシャナの母親が来て私がお姉ちゃんになると言われたとき嬉しかった…のよね…

「そう、私はあの時喜んでたんだ…可愛がってあげるって決めてた…?」


そう思っていたはずなのにいつから変わったのかしら?

突然お母様が亡くなって…

でもアリシャナの母親は優しくしてくれたから寂しくもなくて…

少しずつ記憶をたどる


「そうよ…アリシャナが生まれて母親が亡くなった後からお父様が変わったんだわ…」

おぼろげな記憶だった

あの日からお父様は私をそれまで以上に可愛がってくれるようになったんだわ

でも私がアリシャナに関わろうとすると叱られて…それがイヤで関わらなくなったんだ…

子供心にそれが辛かったのを覚えてる


でも段々それが当たり前になってアリシャナを虐げれば虐げるほどお父様に褒められるようになったから

だから私はそれが正しいのだと思ってた

「違うわ。それで実際正しかったじゃない。いきなりエイドリアンの婚約者にされるまでは…」


あれは突然の命だった

次の日にはあの家に連れていかれてあの男を見て気を失いそうになった

納得いかなくて散々喚いて、それでも受け入れられなくてお父様に相談したのよ

そしたら恐怖から精神を病んだふりをすればいいと言われたのよね

その通りにしたら上手くいって婚約破棄できてそれで解決したはずだったのに…


舞踏会で帝王に見つかった

あの時見つかりさえしなければこんなことにはなっていなかったのよ!

見つかったから豚をあてがわれてこんな部屋に閉じ込められて…


そこまで考えて思った

私がこんな使用人以下の立場になったのは結局誰のせいなのかしら…?

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