27.お茶会

ある日、アリシャナとエイドリアンは出かける準備をしていた

宝飾品店の店主が取り持ってくれた元の持ち主とのお茶会に行くのだ


「リアン、変じゃないかな?」

ゴールドの台座にデマントイドガーネットの付いたネックレスとおそろいのイヤリング、指輪をつける

「見事に俺の色だな」

エイドリアンは驚き半分、喜び半分という顔をする


「このままここに閉じ込めたくなる程度には似合ってるよ」

「…」

それをどうとらえていいのかわからずアリシャナは困惑の表情を見せる


「出来るならこの姿はほかの奴に見せたくないって意味だよ」

「もぅ…」

文句言おうにも嬉しさの方が勝る


「よし、行こうか」

アリシャナは差し出された手を取り頷いた




馬車に揺られて宝飾品店の店主が用意してくれた地図の指す屋敷を目指す

そこに元の持ち主である婦人が住んでいるという

「森の中?なのかな」

「そんな感じだな」

町から遠ざかり静かな自然の中に馬車が進んでいく

屋敷から小一時間程経ったとき馬車が止まった


「こちらのようです」

御者がそう言って扉を開けた

アリシャナがエイドリアンにエスコートされて馬車を降りると、目の前には絵画に描かれたような景色が広がっていた


「すごい…」

思わずそうつぶやくほど素晴らしい景色だった


「おほめ頂き光栄だわ」

優しい女性の声が聞こえた

「あ…」

「初めまして。シャリラ・オーキッドです。遠いところまで足を運んでいただき申し訳ありません」

「お気になさらず。ご招待いただきありがとうございます。エイドリアン・スターリングです」

「アリシャナ・スターリングです」

2人して自己紹介をする


「ふふ…堅苦しい挨拶は抜きでいいかしら?どうもそういう世界は苦手なのよ?どうぞこちらへ」

シャリラは微笑みながらそう言って屋敷の中に促した

こぢんまりとしたとても温かみのある屋敷だ


「この絵…」

通されたサロンに飾られていた夫婦の肖像画を見てアリシャナは立ち止まる

描かれた夫人の身に着けている宝飾品は今アリシャナが身に着けているものだった

そして描かれたご主人の髪の色は金色で目の色は宝石とそっくりな色だった

この宝飾品がご主人の色を持ったものだと疑い様もないほどの色味に、アリシャナとエイドリアンは顔を見合わせた


「こちらはご主人ですか?」

「ええ。3年前にこの世を去りました。とてもやさしく、穏やかな人だったんですよ」

シャリラは穏やかな笑みを浮かべてお茶とお茶菓子を用意する


「こちらへどうぞ」

そう言ってソファーを進められた


2人がソファに座るとシャリラは話を切り出した

「突然お会いしたいだなんて、驚かれたでしょう?」

「…そうですね。でもお礼も言いたかったので丁度良かったです」

アリシャナが答える


「結果的にこの素晴らしい宝飾品を頂くことになってしまって…」

「いいのよ。主人のような色を持つエイドリアン様の奥様の手に渡ったならこれほどうれしいことはないわ」

その言葉に迷いも嘘も感じられなかった


「でもどうして幻影の魔術を?」

それはずっと疑問に思っていたことだ

盗難を恐れてと店主に説明されたものの、幻影の魔術自体が使えるものが少ない

あえてその魔術を施すこと自体がそうある事ではないのだ


「その石が貴重なものだということはご存知かしら?」

「ええ。デマントイドガーネット、滅多に取れない上にこの純度のものはそうある物ではありませんよね?」

「その通りよ。その宝飾品は夫がある王族の命を助けた褒賞として頂いたものなの」

「命を…」

エイドリアンが呟くように言う


「夫は何もいらないと言ったらしいのよ?でもそれでは気が済まないからと、夫の色を持つその宝飾品を下さったと言っていたわ。いつか結婚した際に奥方にプレゼントするといいと、そんな言葉と共にね」

「じゃぁ結婚なさる前の出来事だったんですね?」

「そうみたい。で、結婚した私にプレゼントしてくれたのよ」

そう言ったシャリラは幸せそうな顔をしていた


「5年程前になるかしらね。その王族の息子が宝飾品を返せと言ってきたの」

「え…?」

「私たちとしては返してもよかったんだけど、その前に父親を殺したということが分かったのよ」

実に衝撃的な話である

エイドリアンとアリシャナは息を飲んだ


「その息子に渡してはいけないと、私も夫もそう思ったのよ。だから夫はそっくりな形の宝飾品を用意して両方に幻影の魔術を施したの」

「…ご主人が施した、ということですか?」

「ええ。魔術馬鹿でね、中でも幻影に関しては誰にも負けないと自負していました」

馬鹿な人でしょう?

そう言いながらシャリラは笑う


「本物は万が一に備えて全く違う色に変えて信頼のおける友人に預けていたの。3年前に夫が他界して、その2か月後にその息子が戦死したと聞いたわ。友人から戻してもらったその宝飾品を元の色に戻したかった」

「…でもご主人は…」

「ええ。だから色んな術者にお願いしたの。でもかなり緻密で高度だと言われてしまったわ。でも、ちゃんと本当の姿を取り戻せたのね…」

シャリラの目はアリシャナの身に着けている宝飾品を見ていた


「…手放されたのはなぜですか?」

アリシャナは沈黙を破る様に尋ねた


「主人の手紙が出てきたの」

「手紙、ですか?」

「ええ。俺は幸せだった。この先は俺のこと思い出として覚えてくれてればいい。残りの人生は自分の為に生きて欲しいと」

「…」

「例の宝飾品は俺と同じ色を持つ者に譲って欲しい。時が来て解呪できればその連れ合いと共に幸せにしてくれるはずだからと」

アリシャナがエイドリアンを見ると優しい眼差しが返された


「おそらく主人は自分が生きているうちにその時が来たとしても解呪しなかったでしょう。もともと内臓を患っていたので数年の命だと言われていたの。自分が解呪すれば私が主人の面影に縋って生きていくと思ったんでしょうね」

「それも悪い生き方ではないと思いますけど…」

「そうね。そこまで愛せた証拠だものね。でもあの人はそれを望まない人だと私も知ってたわ」

少し寂しそうな笑みを浮かべてシャリラは言う


「素敵な宝飾品は身に着けた者を輝かせてくれるわ。それは自信となり幸せへとつながっていく。もし本当に解呪できる方がいるのならその方に譲りたいと私もそう思ったの」

「…幸せのおすそ分け」

「え…?」

アリシャナの言葉にシャリラもエイドランもアリシャナを見た


「幻影の術の中に偲ばされていたことばです。その言葉がカギになっていました」

「まぁ…」

「ご主人は本当に幸せだったんですね」

アリシャナがそう言った途端、シャリラの目から涙が零れ落ちた


「…だから会いたかったのか」

エイドリアンがどこか納得したようにつぶやいた

「おすそ分けするほど幸せな人が、こんな素敵な宝飾品をどうして手放したのか知りたかったの。今なら素直に受け取れるわ」

アリシャナはそう言って微笑んだ


「シャリラ様」

声をかけるとハンカチで涙を押さえながらシャリラが顔を上げた

「もし、ご主人との思い出に浸りたいときがあればご連絡ください。こんな素敵な仕掛けを施したご主人の事、私も知りたいです」

それはアリシャナの素直な気持ちだった

「時々懐かしむくらいなら思い出に縋ってることにはならないでしょう?」

「えぇ。そうね。ありがとう…」

嬉しそうに笑うシャリラにアリシャナもほほ笑んだ


「俺としてはご主人が夢中になってた魔術の方が気になるけどな」

「リアンー?」

「いいのよ。もしよければ主人のまとめていたノートをお持ちになる?」

「よろしいのですか?」

「ええ。私には何が書いてあるかさっぱりなのよ。でも分かる人に活用してもらえるなら主人がしてきたことも無駄にはならないでしょう?」

ちょっと待っててね

そう言って少し席をはずしたシャリラは20冊ほどのノートの束を持って戻ってきた


「すごい量…」

「こんなに沢山本当に…?」

「ええ。どうぞお持ちになって」

重ねて言われ有り難く貰うことにした


その後シャリラとは定期的に交流を持つことになった

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