26.招待状
裁判から数か月過ぎるとスターリング家を取り巻く環境は少しずつ変化を見せていた
エイドリアンは魔術師団に所属することを望まれたがそれを断り定期的に協力するだけにとどめた
スターリング家の政務をバックスから正式に引継ぎ当主になると決めたからだ
「リアン大丈夫?」
書類に埋もれかけているエイドリアンに声をかける
「ああ、あとはこれだけだから」
エイドリアンが指した場所には数束の書類
どうやら積み上げられた他の書類は処理済みのものらしい
「通常の業務は問題ないんだけどな」
「どういうこと?」
「パーティーや茶会の招待状が山のように届く。これまで一切無かったのにな」
ため息交じりに言うエイドリアンの視線の先には招待状が10センチほどの山となっている
裁判の日、素顔で登場したエイドリアンを見た者から、呪いの解かれた貴公子として噂は瞬く間に広がってしまった
「これまでは俺の姿を見るだけで逃げてたくせにな」
その言葉に嫁いできたころのことを思い出す
買物に出ても針の筵
避けるだけならまだしも、わざと聞こえるように蔑む会話を楽しむ者たちは大勢いた
店に入って不当な扱いを受けたことも数えきれないほどある
「ずっと変わらないのは家族と屋敷の者、それに…」
エイドリアンはアリシャナを自らの膝の上に引き寄せた
「リーシャ、おまえだけだ」
「私はちょっと違う気もするけど…」
「違わない。俺も家族もリーシャには感謝してる」
「それを言ったら私もリアンにもスターリング家のみんなにも感謝してるよ?」
言い返すアリシャナにエイドリアンは笑い出す
それにつられてアリシャナも笑みを零した
「パーティーもお茶会も参加はしないの?」
「…リーシャがしたいなら参加で返すよ」
「遠慮しとく」
少し考えてそう言ったエイドリアンに苦笑しながら返す
アリシャナの方もあのアンジェラの妹ということもあり周りは騒がしくなる一方だったからだ
「アンジェラと似ても似つかぬ令嬢、だっけ?アンジェラの正体は太陽の女神ではなく愚かな魔女だったとかなんとか…」
「世間の噂って本当に無責任だよね」
「まぁおかげで信用していい人間とそうでない人間の区別はつけやすいけどな。ちなみにその山は後者だな」
「前者からの招待状なんてある?」
「これだけだ」
エイドリアンは数束あった書類の隙間から封筒を1つ取り出した
手渡された封筒は権力者のそれとは感じが違っていた
「これは?」
「最初に買い物に行った宝飾品の店、覚えてるか?」
「勿論。幻影の魔術が施されていた商品をいただいたお店でしょ?あれ以来宝飾品は全てあのお店で購入してるもの」
「ああ。あの店主からの招待状だ。読んでみるといい」
そう言われてアリシャナは中の用紙を取り出した
そこに書かれていたのは、幻影の魔術が施されていた商品の元の持ち主が会いたいと言っているということ
もし同意してもらえるなら茶会をセッティングするということだった
結果的にいただいたものの購入していればかなりの値段がつくはずのものだったのだ
「あっちの山はこれまで通りそっとしておいてくれと執事から返してもらうけど、これだけはどっちにしてもきちんと返事しようと思ってる。どうするかはリーシャが決めていい」
「…会ってみたいかも。お礼もちゃんと言いたいし」
お礼も伝えたいが本当にいいのか今でもわからない
エイドリアンの色を纏う繊細なデザインのセットで、気に入ってるだけに多少の罪悪感があるのも事実だった
「わかった。じゃぁそう返しとくよ。俺も興味はあるから」
「ふふ…そこで興味って言うあたりがリアンだよね」
からかうように言うアリシャナに苦笑する
「勝手に言ってろ。もう少しだから先に片付けるよ」
エイドリアンは誤魔化すように言いながらアリシャナをおろす
「無理しないでね」
アリシャナはそう言ってエイドリアンに口づける
その瞬間流れてきた魔力でエイドリアンの体が軽くなる
魔力を直接流し治癒を促す
アリシャナが最近自在に操れるようになった術の一つだ
「ありがとな」
エイドリアンは口づけを返して笑みを浮かべる
相変わらずの破壊力を持った笑みにもかなり慣れたなとどこかで思いながらアリシャナは執務室を後にした
「アリシャナここにいたんだ?」
「どうかしたの?テオ」
「ちょっと勉強で分からないところがあってさ。時間あったら助けて貰おうと思って」
テオは今人間心理と呪いに関しての勉強をしている
そのアドバイスを引き受けるのも日常の出来事になりつつある
「いいわよ。サロンに行くからいつでもどうぞ」
「サンキュ」
嬉しそうに頷いて一度自室に引き上げていった
「そう言うことだからお茶は2人分お願いね」
控えていたメイドにそう言ってサロンに向かう
庭を見渡せる明るいサロンはアリシャナが気に入りよく入り浸っている
そのせいかほぼアリシャナの部屋と化していた
この日テオへのアドバイスはエイドリアンの執務が終わるまで続いた
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます