25.過去の真実と裁き

「お言葉ですが、私はナイジェル様に育てていただいた覚えはございません」

「な…」

「物心つくまでは乳母を脅して無償で面倒を見させ、私が物心ついてからは家の中の事は全て私がするよう命じられていましたので。それに…そのころからブラックストーン家の「黙れ…それ以上は…」政務的なことも私がしておりましたのにどう育てていただいたとおっしゃるのです?」

ナイジェルの遮る声を無視してアリシャナは続けた


「ナイジェル様が私に与えてくださったのは暴力と暴言のみでございます。その証拠に、ブラックストーン家は私が去って2か月も経っていないのに傾きかけているではないですか」

クスリと笑ってアリシャナは帝王に再び礼を告げ座った


「さて、これで越権行為と偽証、さらには育児に関する法にも違反していたことが証明されたが?」

「証明などと…全てその小娘のたわごとではないですか」

「なるほど。では先月末時点のブラックストーン家の資産状況を述べてみよ」

「は…?」

「長年携わっていれば大まかな内容くらい当然言えるだろう?毎月そなたの名で報告書が上がってきているのだからな」

「それは…!」

ナイジェルはアタフタして顔色がどんどん悪くなっていく


「答えられないということはそなたが自ら証明したということだ。さて、これだけの罪が重なると刑もたいそうなものになるな」

書類をパラパラとめくりながら帝王は思案しているようだった


「帝王」

「何だ?バックス」

「ここまで国を侮った者です。国の為にその身を生涯ささげていただいてはどうでしょう?」

「なるほど。確かに鞭打ちや処刑をしたところで誰の為にもならぬか…牢に閉じ込めておくにも税金が無駄になる。では魔力を封じたうえで魔術師団及び騎士団の実験体として提供すると言うのでどうだ?我の情けだ、ディフェントヒールのみ施してやる」

「お待ちください…それでは私は…」

ナイジェルが崩れ落ちる


ディフェントヒールは帝王を継いだ者のみが使える魔術である

どんな痛みや苦しみを感じても死に至る前にすべての治癒が施されるというものだ

一度施されると生涯その術は継続されるため、繰り返し痛めつけることで効力を発揮する拷問に使われることが多いものでもある

つまりナイジェルは寿命を迎えるまで永遠に人体実験のモルモットとなるということである


「新しい技の練習台にもってこいですな。技の習得のためとはいえ怪我人を減らせるのは有り難い」

そう言ったのは騎士団長だ

その言葉にローカン達も頷いている

「ナイジェル、これまで国を食い物にしてきた報いをその身を持って受けよ。因果応報、この言葉は確かブラックストーン家に代々受け継がれる思想だったか?」


「…ならば…ならばアリシャナにも報いを!シリルの命を奪って生まれた報いを!」


母親の命を奪って生まれた子供に報いを

その発言にその場にいた者がざわついた


「子に報いを等…何を言ってるんだ?」

「気でも狂ったか?」

魔力の高い子どもを産めば母体の危険は高まる

それはこの国では知れ渡っていること

そのことに報いを受けさせていれば子など産む親はいなくなる

そもそも生まれてくる子に罪はないのだから


「帝王、発言させていただいても?」

「ああ、かまわん」

「ありがとうございます」

アリシャナはそう言って立ち上がる


「ナイジェル様、私が母の命を奪ったのではありません」

「なに?」

「母は胎内にいる私を何度も殺そうとしました。その挙句自ら命を絶ったのです」

「何を出鱈目な…」

「ここに母の日記がございます」

アリシャナは取り出した手帳を帝王に渡した

「角を折っているいるページがその証拠となるページです」

「角を…かなりの数あるようだが…」

帝王はそう言いながらパラパラと捲りながら中に目を通す


『胎児の命を刈り取ることが出来るお茶をようやく手に入れることが出来た。

早速飲んだのに何も起こらない。なぜ?』


『この1週間お茶を飲み続けているのに胎児は元気だと言われた。

ナイジェルの血を引く子供など生みたくもないのにこのままでは…

早く確実に殺す方法を見つけなければ』


『入手した毒を含む薬草を飲んでもこの子は死なない。

一体どうすればいいのか』


ページを捲りながら帝王が読み上げるたび周りに動揺が広がっていく

「リーシャ…」

エイドリアンはアリシャナを座らせ肩を抱き寄せる


帝王は何か所か読んだのち最初のページに目を止めた

『恐れていたことが起こった。

舞踏会の帰りにナイジェルに捕らえられ襲われた証拠がこの身に宿った。

両親がナイジェルに責任を取るよう詰め寄ったけどナイジェルはそれを喜んでいた。

きっと計画通りだったんだろう。

憎くて仕方がない。

あんな男の血を引く子供など生みたくもない。

何としても生まれる前に殺さなければ…

もしそれが叶わなかったときには私は死を選ぼう。

ナイジェルとその血を引く子供に捉われた人生などおぞましすぎるもの』


「すべてはナイジェルに起因するようだな?そなたの言う愛する妻は死を選ぶほどそなたを心底憎んでいたらしい。アリシャナの咎は皆無だ。これまで苦しんだ分、同じように理不尽な仕打ちによる苦しみを知るエイドリアン、そなたが癒してやれ」

「はい。必ず」

エイドリアンはしっかりと頷いていた

この場であえてそう言ったのは帝王なりの謝罪を込めての事だと理解したからだ


「ナイジェル、そなたの罪は簡単に償えるものではない。実験体として敵意を向けられる中で少しでもその行いを悔いる、人としての心が目覚めればよいがな」

「…」

ナイジェルの目は何も映していなかった

ただ宙を見つめている


「これを持ってナイジェル・ブラックストーンの裁判を終了する。皆ご苦労であった」

帝王がその場から姿を消すとそこら中でざわつき始めた


「行こうリーシャ」

エイドリアンはアリシャナを促し裏口から外に出る

先に言ってあったのかすでに馬車が待っていた


「気になることがある。リーシャとアンジェラは…」

「リアンは本当に鋭い」

アリシャナは苦笑する

「私とアンジェラは異母姉妹です。妊娠した私の母がブラックストーン家に入った時に嫉妬に狂い、ナイジェルを殺そうとして返り討ちにあったそうです。だからナイジェルはアンジェラに対して強く出ることが出来ず甘やかしました」

「なるほど…じゃぁ帝王がリーシャを気にかける理由は?」

「え…?」

予想外の質問にアリシャナはエイドリアンの顔を見る


「何もない、はずはないよな?」

肯定的な質問

誤魔化すことは許さないとその目が言っている


アリシャナは大きく息を吐いた

「…知ってる人は限られているようですが…母は帝王の奥様の末の妹です。だから、リアンが心配するようなことは何も」

満足ですか?とでも言うようにエイドリアンの頬に手を添えた


「帝王がそのことを知ったのは比較的最近なんです。母は兄弟が多く、嫁いだ理由があまり表に出せるようなものでもなかったので…」

裁判の中で知らされた真実を思い返せばその通りだとエイドリアンは頷いた

「それまでは祝福のカギである事はご存知でしたけど…いくら特別なスキルがあったとしても多用する方では無いので」

「…」

「ここ数年のナイジェルの動きが見逃せないものになってきたために、色々調べ始めた中で私の素性も知ったと」

「そう…か」

エイドリアンはアリシャナの手を握り口元に運ぶとその甲に口づける


「それからは気にかけてくれていたようですが…それでも私は許すことが出来ないままです」

「許す?」

「帝王が国の為にリアンを…スターリング家を犠牲にしようとしたことを。国の為の最小限の犠牲と言われれば理解出来ないわけではないですけど…」

「リーシャ…」

エイドリアンはアリシャナを抱きしめる


「その気持ちだけで充分だ。許すとか許さないとか…もうそういうのはどうでもいい」

「リアン…」

「裁判も終わった。今日から新しく始めるってのはどうだ?」

「いい…かもしれませんね」

アリシャナは笑みを零した

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