24.裁判

3時少し前にエイドリアンとアリシャナは裁判所に到着した


「アリシャナじゃないか!」

魔術師団の団員たちが声をかけてくる

「今まですまなかったな」

「気にしないでください。皆さんが師団長から守ろうとしてくださっていたのは気付いていましたから」

「だが結果的にアリシャナにはかなりの負担がかかっていただろう?」

「でも、今回の事でアリシャナにとっては父親を断罪することになるけど大丈夫なのか?」

皆は本当に心配してくれているようだった

10歳で入団した時から妹や娘のように面倒を見てくれた師団長の側近達だから無理もない


「あの人を父と思ったことはありません。それに…」

アリシャナは少し離れた場所で待っていてくれるエイドリアンを見た

「今はエイドリアンがいてくれるので」

「あぁ、彼が…呪いが解けたのは本当だったんだな?」


「そういえばアリシャナそのピアスは…まさか?」

「はい。彼が用意してくれました。保護結界もついてるそうです」

「契約の上に保護結界…」

「我々よりもはるかに高い位置にいるのだな」

ぼそりとつぶやくように言う


「彼の素顔よりも魔力の方が気になるなんて…流石は魔術師団の側近の方々ですね」

アリシャナの言葉に彼らは苦笑する


「キミを守ってくれる人に出会えたのなら安心できる」

「我々は後進の為にもこの裁判を利用させてもらおうと思ってるんだ」

「帝王もそのことは許可を下さったが、アリシャナの事だけが気がかりだったんだ」

「ありがとうございます。私は大丈夫ですから思う存分やってくださいね」

アリシャナはそう言って微笑んで見せると軽くお辞儀してエイドリアンの元に向かう

側近たちは包み込むように肩を抱き歩いていくエイドリアンのアリシャナを見る優しい眼差しに安堵した


「自分の為にもアリシャナの為にも…かな?」

「でしょうね。あの容姿なら呪いの事など忘れたように群がるでしょう」

「アリシャナも師団長がずっと囲い込んでいましたからね」

「本来なら公の場に出れば男達に囲まれるだろうに、その機会すらなかったのだからな」


「それでもピアスの意味を知らずに手を出そうとする愚か者の為の保護結界というところかな」

「彼の魔力なら自分にその気がなくても相手がその気なら契約の効力を発揮するだろうからな。流石にそれじゃ2人とも救われない」

「そうですね。あの結界、すごいですよ。我々と話してる間ずっと見ましたが、彼に近づこうとした女性が1m以内に近づくことが出来ずに首を傾げてました」

「本人にとって害をなすものを近づけない、か…それを他者にまで…」

「我々も、もっと精進せねばな」

側近たちはそう結論付けて裁判所の中に足を進めた


裁判は時刻通り始まった

弁護人などという制度はなく部屋の中央に被告の立つ場所が設けられる

それを中心として囲うようにひな壇式の席が設けられている

そして今、ナイジェルの正面には帝王とその側近が座っていた

国務機関長であるバックスと騎士団長、魔術師団長の側近、そしてアリシャナとエイドリアンは帝王の側に固められていた


「アリシャナ…何でお前がそこに…!」

帝王の斜め後ろにアリシャナを見つけナイジェルが愕然とする

「そなたに発言は許していない」


帝王はそう言って亜空間から書類の束を取り出した

「さて、まずは職務放棄の件からだが…ナイジェル、これが何かわかるかな?」

帝王は試すようにナイジェルを見た

「…私にはわかりかねますが…」

「そうか。これはな、1か月程の間に起こったそなたに起因する問題の報告書だ」

「は…?」

ナイジェルは改めてその束を見る

厚みにして30cmほどはある

「まさか…流石にそんな…」

「我もそう思いたいところだがな」

「ひっ…」

突き刺さる様な視線にナイジェルは悲鳴をあげる


「しかもこれで全てではないそうだ。この1週間ほどそなたに確認をしに行く部下が沢山いたはずだな?」

「は、はい…」

「あれもほんの一部だ。アリシャナが辞めた日からそなたの側近であるローカンを代理に立て、魔術師団の者には全ての書類を2部ずつ作成するよう指示を出した」

「2部…なぜそのような…」

「分からんか?」

その問いかけにナイジェルは黙るしかできない


「そなたは花畑の中に住んでいるようだな」

「花畑…でございますか?」

突然この場に似つかわしくない言葉が出てきてナイジェルは首を傾げる

「おめでたい頭をしてるということだ。そなたの理解できる言葉に言いなおせば大バカ者というあたりか?」

帝王のその言葉に室内から失笑が漏れ、ナイジェルは羞恥に顔を真っ赤に染める


「1部はローカンに、もう1部はそなたに提出するよう指示をした。本来であれば重複する書類が随所で見られるはずだったのだがな?」

「!」

そこまで言われれば流石のナイジェルも理解が出来た


「1部は滞りなく処理が進み魔術師団は何の問題もなく動いていた。ああ、今朝確認のあった我の警備の件も、ローカンからのルートで承認は降りている。わざわざ確認に向かわせたのはそなたに気付かせるためだったのだが全て無駄に終わったな」

申し開きなど出来ない状況にナイジェルは全身嫌な汗に包まれていた


「今を持って、ナイジェル・ブラックストーンの魔術師団長の任を解き、ローカン・ホワイティアを新たに魔術師団長として任命する」

帝王の言葉に側近たちから拍手が起こりナイジェルは青ざめる


「続いて越権行為の件に移る。アリシャナ、そなたが魔術師団に入ってから日々何をしていたのか簡潔に述べよ」

帝王の言葉にアリシャナは立ち上がる


「10歳で魔術師団に入った際、ナイジェル・ブラックストーンの補佐をするよう申し渡されました。その内容についてですが、最初の3か月は部屋の片づけ等の雑用、その後半年頃まで出来上がった書類の提出、1年目までは不備書類の提出者との折衝を行っておりました」

アリシャナが淡々と告げる中ナイジェルはそれ以上言うなとでも言うようにアリシャナを睨みつけていた


「2年目に入ると魔術師団の内部書類の処理をするよう指示され、3年目には騎士団に提出する書類の処理も加わりました。4年目になると今後はすべての書類の処理をするよう申し付けられました」

「なるほど。その間ナイジェルは何をしていた?」

「…」

アリシャナは黙ったままナイジェルを見た

酷くうろたえているのがわかる


「…ナイジェル・ブラックストーンはその間、執務室に設けた隠し部屋で、連れ込んだ女性と肉体関係を持っておりました」

「なんと…」

「そのような…何といかがわしい…」

批判する声がそこら中から発せられる


「他には?」

「私が存じ上げるのは執務室にいる間のみでございます。それ以外の時間の事は私には関係ないからと開示されておりませんので」

「ほぅ…で、その執務室にはどのくらいいた?」

「最初の3年程は半日ほど、4年目以降は女性と関係を持つ2時間ほどを除いてはそのお姿を見ることもございませんでした」

淡々と話すアリシャナに周りはどんどんざわついていく


「日に2時間、してその2時間はどのくらいの頻度であった?」

「ほぼ毎日と記憶しております」

「なるほど。ではこういうことか。ナイジェルは未成年のそなたに仕事を全て押し付け、自らが職務室にいたのは女を連れ込む2時間だけだったと」

「はい。それに相違ございません」


「ここで一つ疑問がある」

「なんでしょう?」

「セキュリティの厳しい魔術師団の棟にどうやって女を連れ込んだ?」

「隠し部屋に専用の通路が設けられています。その通路を使えば教会の裏手から出入りすることが出来るようです」

「なるほど?執務室にそのようなものを勝手に設けたか…外部の者が侵入できる状況に師団長自ら持って行ったと?」

「隠し部屋から執務室へはナイジェル様しか出入りできないようになっていたようですが…そうなりますね。知りえた時点で報告すべきでした。申し訳ありません」


「アリシャナ!貴様…育ててやった恩を…!」

ナイジェルが身を乗り出すのを側にいた騎士が抑えつける


「帝王、私的な発言を許可いただけますか?」

「かまわん」

「ありがとうございます」

アリシャナは帝王に頭を軽く下げてからまっすぐナイジェルを見た

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