15.苛立ち(side:エイドリアン)
アリシャナが嫁いでから1か月が過ぎようとしていた
だがここしばらくアリシャナの体調がすぐれない日が続いている
寝付けない夜も多いようだと気づきながらもただその体を温めてやることしか出来ないのがもどかしい
「大丈夫か?」
「…おはようございます」
顔をのぞき込んで尋ねるとアリシャナは笑顔でそう言った
一見血色のいい明るい笑顔に見える
でも目の前のアリシャナの顔色が魔術で誤魔化したものだとわかるだけに心配になる
本当に大丈夫ならそんなことをする必要はないだろうと問い詰めたくなるのを何とかこらえた
なぜだか問い詰めればアリシャナを追い詰めることになるのではないかと感じたからだ
「もう少し寝るか?最近ずっと体調がよくないだろう?」
「大丈夫です」
「何がおかしい?」
そう言って笑うアリシャナに思わず尋ねていた
「リアン様は心配性だったのですね」
…今なんといった?俺が心配性?
そんなことを言われて初めて自分がアリシャナの事をやたらと気にしていたことに気付く
「…俺も初めて知ったよ」
そう答えるもののそんな自分が照れ臭くなり口づけをしてごまかした
でもなぜかこの気持ちをなかったことにする気にはならない
それどころかアリシャナに惹かれていることを自覚してしまった
手放したくない。守りたい。その笑顔をもっと向けて欲しい
そんな欲が次々と溢れてくる
目の前のアリシャナが愛しくて仕方ないのだと、自覚した瞬間呪いも祝福も何もかもが些細なことに思えた
俺はもうアリシャナがいればそれでいいとさえ思える
「俺はアリシャナに救われてる。この気持ちをどうやって返せばいい?」
同じようにアリシャナの心を満たしてやりたいと思う
でも人と交流を断っていた俺にはどうすればいいかがわからない
「私は何も…」
そう答えるアリシャナが帝王に面会した日から何かを頑なに、自分の中だけに秘めようとしていることには気付いていた
それでも無理に問わなかったのは帝王が絡んでいるからだ
その時執事が俺を呼びに来た
「…ちょっと行ってくる。ゆっくり休んでろ」
アリシャナにそう告げると準備を済ませて部屋を出た
アリシャナが来てから全身のだるさが薄れることに疑問を持ちアリシャナに尋ねたことがある
その時に返ってきた答えは、これまで強すぎる魔力のよどみを自身の中にため込んでしまっていたからだというものだった
アリシャナはそれを浄化する力を持っているとその時に初めて知ったのだ
「どうかなさいましたか?」
一人考え込む俺に執事が尋ねる
「いや。何でもない」
そう返し応接室に入り中にいる人物を見て一瞬固まった
ソファでふんぞり返っているのは帝王だった
「そなたのそんな表情を見れるとは驚いた」
笑いながらそう言う帝王を前に何とか平静を装い向かいに座った
「一体どうなさったと?命じていただければ…」
何とか取り繕いながら言いかけた言葉は帝王に遮られた
「構わん。アリシャナの事が少し気になったのでな」
「アリシャナを?」
なぜ帝王がアリシャナを気に掛ける?
俺の中で靄っとした何かが沸き上がるのが分かった
「そなたはアリシャナからどこまで聞いておる?」
「どこまで…とは?」
一体何のことだ?
「祝福のことだ」
「!」
耳を疑った
なぜ帝王がそのことを知っている?
権力者に知れるのはまずいと言ったのはアリシャナ自身じゃなかったのか?
どこか裏切られたようなそんな仄ぐらい気持ちが溢れてくる
「誤解するなよ?我はアリシャナに聞いたわけではない。我が産まれた時より授かっているスキルのおかげだ」
「スキル…」
ではアリシャナが裏切ったわけではないということか?
ホッとした
俺は気づかないうちにこんなことで揺らぐほどアリシャナに心を許していたということだろうか?
「アリシャナはまだ寝ているそうだな?」
「はい。最近少し体調がおかしいのか弱ってきているようで…」
そう答えると帝王は何かを考えている素振りを見せた
これほどまでにアリシャナを気に掛けるのが解せない
一体2人の間に何があるというのか…?
「質問を変えよう。そなたは祝福に関して何を聞いている?」
「…私が伴侶と決めた相手と魔力を交換することが出来れば封印された魔力が解放されると。その魔力は国を左右するほどの力だと」
「他には?」
「いえ…」
他、とは一体?
この呪いだか祝福だかわからんものにまだ何かあるというのか?
帝王は一体何を聞きたいんだ?
話せば話すほど疑問ばかりが増えていく
「アリシャナの力については?」
だからなぜ帝王がそんなことを…!?
自らのこぶしを握り締めた痛みでハッとする
帝王がここまでアリシャナの事を気にかけることをこれほどまで不快に思うとは…
こぶしを緩め何とか気持ちを落ち着ける
「私の淀んだ魔力を浄化することができると」
「そなたの淀んだ魔力を…か」
繰り返しながら大きなため息が吐かれた
だから一体何が言いたいのかと叫びたくなるのを必死でこらえた
「アリシャナはただそれを浄化をしていると?」
「はい」
頷きながら『ただ』とつけられたのが引っかかるがそんなことは帝王の次の言葉でかき消された
「アリシャナの元に案内しろ」
「は?それは…」
ありえない
帝王が愛妻家だとしていても体調を崩すアリシャナの元に連れて行くなど到底許せるはずがない
そう否定しようとしたものの…
「否は認めん」
帝王の威圧を含んだ言葉に意志とは関係なく案内させられる
このスキルに逆らえる者などいるのだろうか?
それにここで逆らえばどうなるかわからない以上納得できなくても従うしかない
そのことに抑えようのない苛立ちが沸き上がってくるのがわかった
「リアン様?どうな…」
私の背後から姿を見せた帝王にギョッとしたのがわかる
アリシャナに申し訳ないと思いながらも俺にはどうすることも出来なかった
それがひどくもどかしく自分自身へのいら立ちだけが大きくなっていく
「久しいなアリシャナ。そなたの事だ。我が訪ねてきた理由位察しているだろう?」
「申し訳…ありません」
謝罪するアリシャナを抱き寄せてやりたいのを何とか抑えた
だが訪ねてきた理由を察しているとはどういうことだ?
2人の間に一体何がある?
「そなたは一体何を考えている?このままではそなたの身は亡びる。それが何を意味するのか分からぬ愚か者ではないと思ったが?」
アリシャナの身が亡びる?
予想もしなかった言葉にアリシャナを見るが黙り込んでいる
魔術で誤魔化していたはずの顔色が、誤魔化しきれないほど青ざめていた
これ以上はもう…
そう切り出そうとした
でもその前に帝王は言葉を続けた
「目覚めたばかりのそなたには限界がある。今そなたが限界を迎えれば…そこに待っているのはそなたが一番望まぬことではないのか?」
目覚めたばかりとはどういうことだ?
アリシャナが望まないこととは?
帝王言葉を聞けば聞くほどわからないことだけが増えていく
「そなたはこれ以上エイドリアンを傷つけたくないと申したな?本当にそう思うなら真実を全て話した上でエイドリアンに選択させるべきではないのか?」
「それは…」
「そなたの身が滅びればそなたとの約束は無くなる。それがどういう意味かは分かるな?」
帝王はそこで言葉を切ると見送りはいいと言って帰ってしまった
一体何が起こっている?
アリシャナは何を抱え込んでいるというんだ?
何もわからないまま俺はアリシャナと2人取り残されてしまった
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