6.そんなつもりではなかった(side:ナイジェル)

いつものように女を連れて執務室に入った

「ん?」

普段なら作業をしているはずのアリシャナの姿がない


「あの出来損ないが遅刻とはいい度胸だ」

吐き捨てるように言いながら女を抱き寄せる

「どうかなさったの?珍しく怒鳴り声なんて…」

「何でもない。さぁ、いつも通り…」

言いながら本棚の裏にある隠し扉の中に入る

ここは帝王も知らない隠し部屋だ

防音もしっかりしてるため何をしてもバレることがない

執務室の様子は常に確認できるよう魔道具を仕掛けてある


「な…?」

ふと魔道具の映像を見て目を疑った

執務室の前の通路に帝王がいる

「…今日は帰れ」

「え~?」

「いつものように隠し通路から帰れ。わかったな?」

そう言って隠し部屋を出る


隠し扉を塞いで少しすると帝王が入ってきた


「突然どうなさいました?御用であればこちらから伺いましたが…」

立ち上がりそう言うと刺すような目で私を見る

一体なんだというんだ?

何かしてしまったのか?

焦りで上ずりそうになる声を何とか抑える


「アリシャナからの魔術師団を抜けるという打診を許可した」

帝王の言葉に固まってしまった

あり得ない

というよりはそんなことあってはならない

信じがたい言葉を私の脳は理解するのを拒否していた


「帝王、今なんと…?」

聞き間違いであって欲しいと望みながら聞き返した

でも帰ってきたのは…

「アリシャナは魔術師団を抜けた」

聞き間違えではなかったらしい

だから今日はここにいなかったのか?

でもそんなこと認めるわけにはいかない…


「なぜ!?私は許可してませんぞ?魔術師団長であるこの私が!」

そうだ。長である私が認めていないのにそんなことがまかり通るはずがない

そう開き直ったはずだった…


「魔術師団長である、お前の上に立つ、我が、認めた」

「ぐっ…」

帝王は反論の余地のない確固たる立場を口にした

しかも子供にわからせるようにゆっくりと区切りながら…

これは帝王の絶対に覆る事の無い言葉だとごねた相手に使う口調だ

…ということは私がごねていると認識されたということか?それは流石にまずいぞ?

私は帝王の命に背くことは出来ない

一体どうすれば…


そんなことを考えていると再び帝王が口を開いた

「アリシャナはブラックストーン家と縁を切られたと申していた」

昨日の事がもう帝王に伝わっているのか?

アリシャナのやつ後で懲らしめてやらなければ…


「そ、それと魔術師団のことは別問題です」

「そうかな?」

試すように尋ねられ私は必死で言葉を探していた

帝王が認めた以上覆すことは不可能

だがそれではいそうですかとは言えない

私にはそうできない事情があるんだ…!


「あぁ、もう一つ」

「…?」

浮かべられたにこやかな笑みが逆に恐怖心をあおる

「二度と顔を見せるなと言われたとも言っていたな」

「は…?」

いかん

予想外の言葉に間抜けな反応をしてしまったではないか…


「だとすればお前自身が魔術師団から追い出したともとれる」

「なっ…私はそう言うつもりでは…!」

だがしかしそう取れなくもないではないか…そんなつもりは全くなかったというのに…!

そもそもこれまでのようにいつもの捨て台詞だったはずだ

それがなぜ今回だけはこんな大事になっているんだ?

これまで通り次の日には何もなかったかのようにふるまえばまだ可愛げがあるものを…


「何にせよアリシャナはその言葉に従ったまでだろう。ブラックストーン家と縁を切り、今はスターリング家の者となった。スターリング家もブラックストーン家とのかかわりは拒否するようだ」

「そんなはずは…」

スターリング家からそんな話は来ていないはず…

でも帝王がいってるということはあの男がそう宣言したということか?

なんという余計なことを…!


「このことを我が知っているということがどういうことかは分かるな?」

威圧を含んだ声音で言われ私の体は震えた

圧倒的な力の差は過去より身に染みて知っている

逆らい、怒らせれば私だけでなく一族の命の保証はないだろう

実際そうして消えていった一族をいくつも見てきただけにただの脅しでないことは明白だ


だが私は認めるわけにはいかないのだ

「しかし…アリシャナが突然抜けると業務に支障が…」

にだ?」

「それは…」

言いかけて慌てて言葉を飲み込んだ

私の業務だと悟られるわけにはいかない…何かうまい言い訳を…


「魔術師団に入れた際に言ってあったな?未成年の内は雑用以外に携わらせることは認めないと。それが法で定められている以上、魔術師団の中でも例外は認めないともな」

「確かに聞いております」

ここは反論すべきではないと反射的に肯定した

でも嫌な汗が止まらない


「アリシャナが成人したのは1か月ほど前だったか?」

「はい」

「であれば大した業務は出来ないはずだな。それなのに雑用係が抜けて誰が困るというのだ?魔術師団には雑用レベルの業務をこなせない者しかいないのか?」

「いえ、決してそのようなことは…」

団員は全く困ることもない

アリシャナがしてたのは私の仕事だけだ

こんなことなら団員の仕事も手伝わせていれば…

今さら悔やんでもどうしようもないのだがそう思わずにいられない

歯を食いしばり何とか抜け道を探していると帝王はさらに続けた


「50人近くの雑用をしていたとはいえ、それを1人あたりにすれば大したことはないだろう?その程度の業務が増えて支障が出るのであればそんな人材は不要だ」

「それはもっともですがしかし…」

まずい。まず過ぎる

この流れは私の地位が危ぶまれる!


「それとも魔術師団は、成人したばかりの小娘が一人抜けただけで立ち行かなる程度の集団だったか?ならば魔術師団自体の存在意義を考え直さねばならんな」

帝王は私の逃げ道をことごとく塞いできた

これ以上反対するのはどう考えてもまずい

反論すればするほど追い詰められてしまう…


「お、お待ちください!アリシャナの脱退は認めます。これまで通り帝王のお役に立つよう…」

「当然だ。それが出来ぬのならそなたの進退も含め考え直すだけの話だ」

私にはもう何も言えなかった


「ナイジェル、我が何も知らぬ愚王だとでも思っていたか?」

帝王の視線が私の背後の本棚に向いているような気が…?


「と、とんでもありません!」

まさか全て知られている…?

そんなはずはないはずだ。知っていればこれまで見逃されてきたはずが…

「本当にそうかな?まぁ、それは今問わずともその内わかる事か」

「それは…どういう…?」

「さぁな」

帝王は意味ありげに笑いながら立ち去った


「まずい…」

つぶやきながら自らの執務室を見回片付けした

綺麗に片付けられたデスクに書棚、そのどこに何があるのかさえ見当もつかない

「単にアリシャナを痛めつけたかっただけなんだ…それなのに私はどこで間違えたのだ…?」

部屋の中をウロウロしながらブツブツとつぶやいているとノックの音が響いた


「入れ」

「失礼します。師団長、こちらの書類の処理ですが、いつものようにお願いします」

「あ、あぁ分かった」

書類を受け取りその団員に助けを求めたいのを必死にこらえて見送った

扉が閉まった途端書類を食い入るように見るがなんの書類か見当もつかない

いつものようにと言った団員に今さら問いただすことなど出来るわけがない

そんなことをすれば私はとてつもない恥をさらすことになるではないか…


「書類の処理は全てアリシャナにさせていたのにこんなことになるとは…」

焦りから冷や汗の止まらない中、必死で思考を巡らせるがいい考えは浮かばない

最初の3年ほどは大したことはさせていなかったが、この5年程は補佐として全て押し付けてきたのがあだとなってしまった

「何とか代わりを用意しなければ…」

そうつぶやきながら必死で逃れる道を探し続けた

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