5.帝王との面会
朝食の後、エイドリアンとアリシャナは帝王の館を訪ねた
先ぶれを出していたのですぐに中に通されたが何やら騒がしい
「何かあったのでしょうか?いつもは怖いくらいに静かですのに」
「申し訳ありません。先客が少々…」
執事がそう言いながら部屋へ案内してくれようとした時ひと際大きな音がした
『バンッ!』
「信じられない!こんなことになるならまだ呪われてるあいつの方がましだったわ!」
扉が開け放たれた瞬間聞こえた声に背筋が凍りつく
思わずエイドリアンを見るがその表情は読めない
「全てお前の自業自得だ。マックスとの離縁はない。子を2人成すまでの外出も認めない」
「だからどうしてよ?!」
「お前を信用できないからだ。他所の子種を持ち込まれたらたまらんからな」
「な…っ…!」
「これは決定事項だ。エリナ、今すぐ連れ帰って例の部屋につないでおけ。見境なく男に手を出す女だ。世話をするのも側に置くのも女で固めろ」
「承知しました」
エリナと呼ばれた従者は即答していた
そして2人の足音がこちらに近づいてくる
「大丈夫だ」
エイドリアンは微かに震えているアリシャナの肩を抱き寄せる
その次の瞬間こちらの存在に気付いたようだ
「あんた!!」
「…おはようございます。お姉様」
「お姉さまなんて呼ばないで頂戴。あんたは昨日ブラックストーン家と縁を切ったんだから」
「申し訳ありません」
「…で、その呪われた化け物、あんたのことは気に入ったわけ?」
吐き捨てるようにアンジェラは言う
「ねぇ、こんな女でいいなら私でもいいんじゃない?あんな豚よりあんたのがましだわ。それがいいわ。アリシャナ、旦那の交換をしましょう」
アンジェラはエイドリアンとアリシャナに向かってそう言った
「俺の妻とあんたを同じ土俵に置かないでくれないか」
「は…?」
「その辺の子供でもあんたより礼儀正しく常識も持ち合わせてるだろうに…」
「何を…!?」
「その娼婦のような姿もあんた自身には似合ってるが帝王の館に訪れるにはいささか…」
「なっ…娼婦ですって?!」
「どこからどう見てもそう見えるな。なんにしてもそんな非常識な人間と関わるのは遠慮したい。もちろんあんたの旦那にされるなんて御免被る。二度と対面しないことを願うよ」
淡々とそう告げる
「行こうか。アリシャナ」
「はい」
エイドリアンはアリシャナを守るようにエスコートしながら執事について帝王のいる部屋に向かった
その背中をアンジェラが睨みつけているのに気付きながらそちらには何の反応も示さなかった
「中々愉快な対応だな」
部屋に入ってきた2人の姿を見るなり帝王は言った
「相変わらず似ても似つかぬ姉妹だ。なぁアリシャナ?」
帝王はそう言ってニヤリと笑う
「…元姉がとんだご無礼を。一連の騒動の事も含めお詫び申し上げます」
「構わん。そなたに非はない。あの場を鎮めるためとはいえ、そなたにとってはとばっちりでしかなかっただろうが…」
帝王はそう言いながら目の前の2人を眺める
「少なくとも互いに受け入れたと言うことのようで安心したよ」
そう言って笑う帝王に舞踏会で発していたオーラはない
もっともアリシャナもエイドリアンも舞踏会に出ていなかったため知る由もないのだが…
「で、今日は何の用だ?そなたからの用などさほどないと思っていたが…」
「はい。昨日ブラックストーン家当主より縁を切ると、二度と顔を見せるなと告げられましたので、魔術師団をやめさせていただこうかと」
「ほう」
帝王はニヤリと笑う
「あのバカがとうとう自爆したか」
「そのようでございます」
「そういうことなら構わん。やめることはこっちから伝えておこう。他に何か伝えておくことはあるか?」
「特に何も。今後の事は帝王のお心のままに」
そう言ったアリシャナに帝王は満足げに頷いた
「我がスターリング家からも一言よろしいでしょうか?」
エイドリアンが帝王の目を真っすぐ見ていた
「よい。申せ」
「アリシャナが縁を切られた以上、スターリング家はブラックストーン家とは今後一切かかわりを持ちません」
「…まぁそれが妥当か。ブラックストーン家には我から伝えよう」
「ありがとうございます」
帝王の言葉にエイドリアンは頭を下げる
「エイドリアン、そなたに来るように言ったのは譲りたいものがあるからだ」
「譲りたいもの…ですか」
心当たりが全くないのかエイドリアンは首を傾げる
「そなたにしか扱うことの出来ぬ物ゆえ『その時』が来るまで大切にしろ。地下の倉庫にあるから…ハンス、エイドリアンを案内して例の物を渡してくれ」
「承知しました」
「アリシャナにはもう一つ用がある。共に帰るのであればそなたの用が済んだら応接室で待て」
「承知しました。では、失礼します」
エイドリアンはアリシャナに一度視線を向けてからハンスについて出て行った
「…私にどういった御用でしょうか?」
「用があるのはそなただろう?何を聞きたい?」
「…」
アリシャナは一瞬ハッとした表情をしてから帝王を真っすぐ見た
「…帝王はどこまでご存知なのでしょう?」
あえて何のこととは言わないアリシャナに帝王はため息をつく
「エイドリアンの祝福を解放するカギはそなただ」
「いつから?」
「初めてエイドリアンを見た時からだ」
「…やはり『超鑑定』をお持ちなのですね?」
「やはり?」
「帝王はすべてを見通しておられるようですから」
「それだけで気づくはずがなかろう?」
「『祝福』と…」
「?」
「10人いればその10人全てが『呪い』と言う入れ墨を『祝福』とおっしゃいました。そして『祝福』についてはブラックストーン家の記憶を継いだものしか存じ上げないことですので」
アリシャナはキッパリ言った
「なるほどな。書物より…は通用しないということか。で、その上で何が言いたい?」
「…なぜですか?」
震える声に帝王は首を傾げる
「最初からカギの事もご存知だったはずです。なのになぜエイドリアン様を必要以上に苦しめたのですか?」
「…その答えもわかっているのではないのか?」
「…」
「我が望むのは国の平和だ」
「そのためにエイドリアン様が犠牲になっても構わないと?あれほど繊細な心をした方を…!」
「最小限の犠牲だ」
その言葉にアリシャナは信じられないという目で帝王を見る
「そなたが18になるまで時を稼ぐ必要があった。それに今のそなたにはエイドリアンの傷ついた心も癒すことが出来る」
「癒せたからといって傷ついた過去が消えるわけではありません」
「…そうだな…」
少しも引かないアリシャナから帝王は目を反らした
「私は…エイドリアン様が自ら望まない限り私の力でカギを引き出すつもりはありません」
「何?」
「エイドリアン様の代わりに国を守るために私が出来ることはします。もう…これ以上傷ついてほしくないんです」
その目には強い意志が宿っていた
「…そなたの言いたいことは分かった。そなたが動いてくれるなら我はこれ以上誰も仕向けないと誓おう。ただしそなたがその役目を果たせているうちだけのことだがな」
「約束です。もし違えることがあれば…」
「そなたがこの国を出る、か?」
「はい」
「それは流石に困る。そなたはこの国にいるだけでこの国を守っている」
帝王は苦笑する
「エイドリアンに渡したのは魔力を抑える魔道具だ。解放直後、コントロールを覚えるまでは役に立つだろう」
アリシャナはあえてその言葉に何も返さなかった
ただ頭を下げ帝王の執務室を後にした
「お待たせしました。リアン様」
「ああ」
応接室でくつろいでいたエイドリアンは立ち上がる
「帝王は何と?」
「…ブラックストーン家の事を少し。大したことではありません」
「そうか…」
エイドリアンはアリシャナが嘘をついたと気づいた
でも相手が帝王だけに他言できないこともあるのだろうとそれ以上問いただすことはしなかった
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