7.買い物~恩師との再会

魔術師団を抜けたおかげでやることが無くなってしまった

アリシャナはその日から自分がどう過ごそうかと多少の不安を持っていた


「どうかしたのか?」

帝王の元を訪れた翌日、昼食を済ませるとエイドリアンはそう尋ねた

「いえ…」

どう伝えていいかもわからず言葉を濁す

その時ドアがノックされエイドリアンが対応に当たる


「母さんが言ってた買い物に行きたいらしい」

「え?」

「娘を産むことが出来なかったから、俺かテオが結婚して娘が出来ることを楽しみにしてたんだ」

「そうなのですか?」

「ああ。だから付き合ってやってもらえると助かる」

エイドリアンは少し申し訳なさそうに言う


「何か問題でもあるのですか?」

「…問題というか…暴走する可能性がある」

「暴走…ですか。それはどういった?」

「まぁ、何というか…今後も続くことだから実際に体験してもらった方が早い」

「はぁ…」

アリシャナはよくわからないという表情をしていた


「出来るだけ守るつもりで入る。でも楽しい買い物にはならないだろうことだけは先に伝えておく」

「…わかりました。ご一緒します」

頷きながらそれがおそらく呪いの噂と関係しているのだろうと感じていた


「ありがとう」

エイドリアンはホッとしたように言うとアリシャナの額に口づけ手から扉の前で待つ執事に返事をしに行った


「行こうか」

そう言って伸ばされた手を取り立ち上がる

「リアン様も普段はご一緒されるのですか?」

「いや。俺は殆ど屋敷からは出ないな。でも流石にアリシャナを一人矢面に立たせるようなことは出来ないし、婚姻した以上、これまで通り引きこもってるわけにもいかない」

「確かに…」

この国では婚姻したタイミングで義務が増える

その中の一つに毎月開催される当主議会には婚姻した次期当主の参加というものがある

つまりエイドリアンは今後その議会には出席することになるのだ


「2人ともやっと来たわ」

表に出るとオードリーが駆け寄ってくる

「アリシャナ、今日は沢山買物しましょうね」

オードリーはアリシャナの手を取りさっさと馬車に乗ってしまう

「ほら、エイドリアンも早く乗りなさい」

「…あぁ」

頷き乗り込むとテオが既に乗っていた

「何だお前も行くのか?」

「初めてのことだから念の為って父さんが」

「そうか…」

エイドリアンはそれ以上何も言わなかった


「アリシャナには何でも似合いそうだから楽しみだわ。どんなドレスが一番似合うかしらねぇ…」

オードリーは楽しそうに話し、アリシャナは明確な肯定も否定もせず相槌を打つだけにとどめている

それでも機嫌よく話し続けるオードリーを見ればそれがかなりの能力なのだとわかるものの、通常ならアリシャナのような年頃で出来ることではない

エイドリアンはこれが10歳から魔術師団に入れられたことによる弊害なのだろうかと思わずにいられなかった


「さぁ着いたわね」

オードリーの言葉に馬車を降りる

最後に降りたエイドリアンを見た瞬間あたりがざわついた


「あれ…」

「ちょっと何でこんなところに?」

「マジかよ…こんなとこに呪い振りまきに来んじゃねぇよ」


そんな言葉がそこら中から聞こえてくる


「何これ…」

「気にすんな」

「でもリアン様…」

「この状態が俺にとっての普通。さして珍しい事でもない」

そう言ったエイドリアンは無表情だった


「じゃぁ行きましょうか」

オードリーも特に気にした素振りを見せることなく店に向かう

アリシャナはエイドリアンに促されてオードリーの後を追った


「まずはドレスからね」

そう言いながら店に足を踏み入れる


「いらっしゃ…いませ…」

店員がこちらを見るなり声のトーンが下がった

「まずはこの子の採寸をお願い」

「承知しました。どうぞこちらへ」

アリシャナは奥の小部屋へ案内される


3人がかりで採寸されている中小声でひそひそ話してる声が聞こえてくる

「あの子何なのかしら?」

「あら、知らないの?先日の舞踏会であの男と婚姻が決まった人よ」

「え?じゃぁ、アンジェラ様の妹って言う…?」

「それ。災難よね。アンジェラ様のせいであの家に嫁ぐことになるなんて…」


採寸中休むことなく聞こえてくる言葉にアリシャナは苛立ちを押さえるのに苦労した

採寸しているスタッフも時々その声を気にしている様子が見えるものの何も対処しない

「お疲れさまでした」

採寸が終わり店内の3人の元に戻るとスタッフはそう言った


「…本当に疲れたわ。この店、初めて来たけどスタッフの教育がなってないんじゃない?」

アリシャナはウンザリという顔で言う

「どうかしたの?アリシャナ」

オードリーが困惑の表情を浮かべていた

「いつもの噂話だか悪口だかに戸惑ったんだろう?」

エイドリアンがそう言った瞬間壁際にいたスタッフと採寸をしてくれていたスタッフが顔をこわばらせた


「あなた、何度も話し声を気にされましたよね?」

「…はい」

採寸してくれていたスタッフの一人が頷いた

「なぜ何も対処なさらなかったのかしら?歓迎しない客は悪口を言われていても関係ないということかしら?」

「決してそういうわけでは…」

「だったらどういうことか説明していただきたいものね」

「彼女は悪くないんです!私たちが…」

「私たちが、何?」

アリシャナは彼女たちを真っすぐ見据えた


「アリシャナ、俺たちは気にしない」

「リアン様、そういう問題じゃないんです」

アリシャナは止めようとしたエイドリアンに微笑んでから彼女たちに視線を戻した


「あなた方は私たちの入店を拒否なさいませんでした。であれば、私たちはあなた方にとって他の客と同じはずです。その客に対する態度として、先ほどのあなた方の態度は正しいのかとお伺いしているんです」

「…」

真っすぐ目を見て尋ねられたスタッフは目を反らした


「そもそも、先ほどのお話ですがあなた方の中に、エイドリアン様から直接何かの被害を受けられた方がいらっしゃいますか?」

「…いいえ」

「エイドリアン様のこの入れ墨が呪いだと噂されているのは私も存じてます。でもその呪いとされるものを受けられた方をあなた方はご存知なのですか?」

「それは…」

スタッフたちが顔を見合わせ首を横に振る


「あなた方の中にスターリング家の方から何か被害を被った方がおられるというなら謝罪させていたただきます。でも、被害を被ること自体あり得ない。エイドリアン様は噂を知ってるからと、必要以上に人前に姿を現すことさえ避けておられるような優しい方なのですから」

「アリシャナ…」

「アンジェラのことも同じです。あなた方は私とアンジェラが姉妹ということしか知らない。実際どんな関係性だったか等興味も示さない。あなた方はスターリング家に嫁いだ私を災難だとおっしゃいましたが、私にとったらブラックストーン家にいる方が災難でした。そんなことですら軽い気持ちで噂をするあなた達には関係ないのでしょうけれど」

「アリシャナ、もういいから…」

エイドリアンがアリシャナの肩を抱き寄せる

そのアリシャナの体は少し震えていた


「プライベートで貴方達が噂話を楽しまれるのは自由です。でも、あなた方の、興味本位の、無責任な噂話がその相手を傷つけることもあるんです。考えてもみてください。ご家族にただ痣があるからと虐げられても、あなた方は平気でいられますか?」

「…」

スタッフたちが黙り込む

「それに何より、少なくとも今、あなた方はこのお店の看板を背負っておられるはず。そんな方が無責任な噂話を店内でされる等私としては信じられないことです」

アリシャナが言い切った時奥から足音が近づいてきた


「あなたのおっしゃる通りです。彼女たちの分も謝罪させていただきます」

年配の女性がアリシャナ達の前で立ち止まり深く頭を下げた

それを見てスタッフたちも頭を下げている

「私共を含め国を守る総指揮を取られているバックス様のご家族の皆様に対して感謝こそすれ、根も葉もないうわさ話をするなどあってはならないことです。勿論アリシャナ様に対しても…随分立派になられましたね」

女性は目元に涙を浮かべてそう言った


「私の方こそ出過ぎた真似を。イライザ様のお店だと気づき内心喜んでいたものですから…」

アリシャナの言葉にイライザは首を横に振る

「あなたの言うことは正しいわ。情報を集めるのは大事です。その情報源として噂は役に立ちますが、まず自分でそれが真実なのかを見極めることが重要。一度口にした言葉は噂だからと言い逃れはできませんからね」

「はい。10歳の頃にイライザ様から教わったその言葉を忘れたことはありません。だから余計に悲しくて…ダメだと思っても止められませんでした」

「あなたは自分やスターリング家の方だけでなく、私の為にも怒ってくれたのね」

イライザはそう言って微笑んだ


「ご不快な思いをさせて申し訳ありませんでした!」

スタッフたちが揃って頭を下げていた

その行動にオードリーとテオ、エイドリアンが顔を見合わせる

こんなことはかつてない事だった


「イライザ様から自分の言動に責任を持つようにと日ごろから言われていました。でも、アリシャナ様に言われて初めてその意味を理解した気がします」

「私もです。私…妹が足が悪くて…心無い言葉に何度も腹を立ててきたのに…自分も同じことしてることに気付こうともしてなかった…本当に申し訳ありませんでした」

次々と謝罪される言葉は素直に心に入ってきた

表面的な謝罪とは違うのだと伝わってくる


「もう頭を上げて頂戴。私たちは気にしていないから」

オードリーがたまりかねて声をかける

「でも…」

気にしていないからといって許されるようなことでもないのだと訴える


「…なら、君達がアリシャナに似合うと思うドレスを仕立ててくれないか」

エイドリアンが突然そんなことを言い出した

「リアン様?」

困惑するアリシャナに目配せしてからさらに続ける

「君達も知ってるアリシャナの噂を黙らせるくらいのドレスを」

「それはいいわね。お金に糸目をつけないわ。イライザ様、お願いできるかしら」

「母さんまで…」

テオが呆れたように笑う

「私共に任せていただけるのであれば全力で仕立てさせていただきます」

「よかったわ。じゃぁお願いするわね。アリシャナも、それでいいかしら?」

「はい」

アリシャナが頷くとオードリーは微笑んだ

その後少しだけ話を詰めて店を後にした


「…アリシャナの意外な一面を見た気がする」

店を出るなりテオが言う

「本当よね。あんな流れになるなんて初めてのことだわ」

オードリーも驚いたわという


「そういえばイライザ様とはどういう関係なんだ?」

「10歳で魔術師団に入った時に帝王が付けてくださった教師の一人なんです」

「教師?」

「ええ。一応、帝王管轄の機関で働くということで、最低限のマナーや様々な知識を教えて下さる先生方をつけていただけたんです。もっとも、私には先代の知識があるのでほとんど必要なかったんですけど」

アリシャナは苦笑しながらそう言った


「全然、じゃなく?」

テオは変わったところに引っ掛かりを覚えたようだ

「ええ。時代と共に変わることもたくさんあるから、その情報のすり合わせには役立ったわ」

「そっか。確かに時と状況で変わることもあるもんね」

なるほど~と妙に感心している


「教師ってだけじゃなさそうだったのは気のせいか?」

エイドリアンの言葉にアリシャナが出会った驚いた顔をする

「リアン様は流石に鋭いですね。イライザ様は母のことをご存知だったようで、いつもとても気にかけてくれてたんです。出会った頃は、私の目を見て話をしてくれるただ一人の方でした」

「出会った頃は?」

「魔術師団に入ってしばらくすると元父の側近の方たちが娘のように気にかけてくださったので」

「そうか…」

エイドリアンはどこかやりきれない顔をした

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