第3話 天使は思い出す
「ぐふ。そういえばあの娘は今頃どうしてござるかな。デュフコポー」
女神ラーナリアから与えられた任務を無事に終えたエンジェル・キモオタは、初めての仕事をやり遂げた満足感を感じながら、今は自宅でくつろいでいた。
「思えば、我輩が非正規天使から正規天使に採用されたのは、あの娘に萌拳を伝授した結果でござったなwww」
エンジェル・キモオタは、でっぷりとしたお腹をさすりつつ、当時のことを思い出していた。
エンジェル・キモオタがアンナ・サンチレイナと出会ったのは、大陸の東端にある山奥だった。
彼は幼女鑑賞と妖異研究のために、主に前者の目的のために下界を訪れていた。
そんなある日……
「キェェェェ! メイド神拳、岩裁お辞儀ぃぃぃ!」
巨大な岩を頭突きで叩き割ろうとしている少女を見つけたのだった。
「ななな、何をしてござるかぁぁぁぁぁ!」
いつもなら幼女以外にはまったく関心を持たないエンジェル・キモオタだったが、さすがに美少女が岩に頭を打ち付けているのを見過ごすことはできなかった。
パァァァァァッ!
エンジェル・キモオタがアンナの前に降臨した。
「て、天使様!」
「少女よ、何故、そのようなことをしてござるか。女の子が自ら綺麗な顔を傷つけるなどあってはならぬことでござるよ。デュフコポー」
このときエンジェル・キモオタはアンナの左目に傷があることと、左の眉が落とされていることに初めて気がついた。
何やら大変な事情があることを察したエンジェル・キモオタが詳しく話すように尋ねると、少女はとつとつと話をしはじめる。どうやら少女は妖異に襲われたことがあるようだった。
「この左目は妖異によって傷つけられました」
幼女ではないにしろ、このような美少女の目を傷つけ、さらに眉毛まで削ぎ落すとは……。エンジェル・キモオタは妖異の極悪非道さに内心ブチ切れていたが、その感情を表に出すことはなかった。
「それで少女はその妖異を恨んでおるということでござるか。なるほどですぞwww」
「いえ、妖異を恨んでいるわけではありません」
「ほぅ。それはどういうことでござるかな。ヌカプフォ」
「わたくしが恨んでいるのは己が弱さ! 己が未熟! わたくしは強くなってあの妖異を打倒したい! より強い妖異がいるのなら、その妖異を! 妖異の王がいるのなら、その王を! この拳の下に沈めたいだけなのです!」
そういって拳を突き上げるアンナを見たエンジェル・キモオタは、少女の漢っぷりに感動し、お腹がタプタプ震えるのを抑えることができなかった。
「なんともお見事なお覚悟ですな! そういうことでしたら、我輩の同人研究がお役に立つかもしれませんぞwww」
こうしてエンジェル・キモオタは、彼が後に開発することになる世界最強スキルの土台となる独自研究から生みだした技をアンナに伝授する。
それは人の身にして妖異を打ち砕くことができる最強のCQC。
それは人に用いて最凶、魔物を打ちて最強、妖異を屠るに必殺の技。
中国武術、空手、柔道、メイド神拳、コマンドサンボ、オタ芸……あらゆる世界の格闘技を精緻にまとめ上げて最適化した技の集大成。
「少女よ、これがすべての始まりにして終わりの格闘術、全にして一、一にして全なる武技Tips集、深淵を覗くものを深淵から覗き返してくる邪神に
「ごくり……」
「萌拳でござるぅぅぅ!」
「もえ……けん……」
こうしてエンジェル・キモオタはアンナ・サンチレイナに萌拳を伝授したのであった。
あっという間に萌拳をマスターしたアンナは、彼女の左目を傷つけた妖異をあっさりと叩き潰し、さらに数多くの妖異をその拳の下に沈めていく。
結果、天使が勝手に下界の人間にスキルや加護を付与することは原則禁止されていたのだが、アンナの凄まじい功績によってその件についてはうやむやに済まされることとなった。
さらに萌拳の研究成果が上層部に認められ、ついにエンジェル・キモオタは正規天使として採用される運びとなったのだった。
「デュフフ。あの少女、今もどこかで妖異を殴り飛ばしてござるのだろうかwww」
少しだけそんなことを思ったエンジェル・キモオタだったが、興味はすぐほかに移ってしまい、それきり少女のことは忘れてしまった。
~ アンナの身の上話 ~
「……ということがあって、わたくしはエンジェル・キモオタ師匠から授かった萌拳で妖異を狩って回っていたのです」
「あ、アンナさんって、やっぱり凄い人だったんだね」
「エッ? エヘヘッ、いやそれほどでも……って、どうして後ずさりするのですか?」
「いや、恐れ多いというか、なんというか……」
「ふむ。話を戻しますが、この萌拳、妖異に対しては必殺の武技ではあるのですが、人や魔物に対しては少々やっかいな特性がございまして……」
アンナさんの言う萌拳のやっかいな特性。それは人や魔物に対しては魅了の効果を発揮するというものだった。
「つまり、もし人や魔物に対して萌拳を使った場合、相手がアンナさんに惚れてしまうということ?」
「はい。もちろん相手を殺してしまえばそれまでなのですが『萌拳は人魔不殺の拳。女神によるボーナス査定に響くので、できる限りなるべく妖異以外は殺生せぬよう善処するよう検討せよ』とキモオタ師匠から言われているのです」
「はぁ……善処を検討ですか……」
いつの間にかぼくの目からハイライトが消えていた。
「とはいえ妖異を倒して武功を上げるほどに、わたくしに挑戦してくる人や魔物も増えてくるようになり……」
「彼らを倒せば倒すほど、アンナさんの崇拝者が増えていくと……」
「ええ、軽くあしらえる相手であればメイド神拳で対処するのですが、強敵の中にはどうしても萌拳を使わざる得ない者たちもいまして……」
ということは、アンナさんの崇拝者は、ほぼ全員が物凄く強い人たちということでは?
「わたくしは彼らの執拗な追跡から逃れるため、ひたすら旅を続けてきました。そしてとうとうお金が尽き、食料が尽き、もう年頃も過ぎつつあるのに恋人もなく、妹はもう今頃結婚しているのだろうな、いいなぁ、よく考えたら最強とかどうでもよくない? だいたい萌拳のせいで今では男女混合ストーカー群に追われる始末……もう嫌! もう何もかもが嫌! となってとうとう気力まで尽き、この地で倒れていたところをトモヤ様に救われたという次第です」
それってアンナさんを追って怖い人たちがここにやってくるかもしれないということでは?
「おや、トモヤ様? どうしてわたくしから離れようとされているのですか?」
「え……っと、ほら、ぼくも萌拳でアンナさんに惚れちゃったら迷惑かけちゃうかもだし……」
アンナさんの目が妖しくきらめき、ぼくの方へ押し迫ってくる。
「ほぅ……わたくしがトモヤ様に萌拳を使うことがあると……」
ぼくはとうとう壁際まで後ずさりした。
壁ドンッ!
ぼくの背後にある壁にアンナさんの右手が打ちつけられる。獲物を前に舌なめずりする肉食動物の目で見据えられ、ぼくは身動きが取れなくなってしまった
「それは考えないでもありませんでしたが……」
アンナさんが顔をぼくの鼻先まで近づける。あと少しで唇が触れてしまいそうだ。
「そうした強制力ではなく、好きになった御方の自らの意思によって求められたいという乙女心をご理解いただきたいですわ」
そう言ってアンナさんは、ぼくの耳にフッと息を吹きかけてからぼくを解放した。
「さて、明日も早いことですし、そろそろ就寝するとしましょう」
「そ、そそそうですね」
その夜、ぼくはドキドキしてなかなか寝付くことができなかった。
~ 奇妙な噂 ~
旅の途中でこの町に立ち寄った冒険者の多くはギルドの噂を知らない。そのため彼らに声を掛け続けていけば、たまに仕事を依頼されることがある。
今日は久しぶりにポーターの仕事を取ることができた。クエストの内容は苔猪3頭の狩猟。
数日で終わってしまう簡単なものでぼくの報酬も多くはなかったけど、それでもとてもありがたい。
旅の冒険者たちと山中で過ごす間、ぼくは彼らから奇妙な噂を聞いた。
「そういや、この当たりに初級ダンジョンがあるよな」
「二か所ありますね」
焚火を囲みながら、ぼくは冒険者たちと雑談をしていた。
「そのどちらかで、新人冒険者たちがよく行方不明になってるから気をつけろって宿屋のおかみに注意されたんだが」
「あぁ、それなら川下側にある黒迷宮ですね。確かに行方不明になった冒険者は少なくないですね」
「ポーターさんは、そこに行ったことあるの?」
「何回か行ったことはありますよ。ただ初級ダンジョンに行く新人さんがポーターを雇うことはほとんどないですから」
実際のところ、ぼくが黒迷宮に行ったのは仕事ではなく、冒険者の資格を取るために第一層に入ったときだけだった。入っただけで戦闘はなかったけど。
「新人向けのクエストって初級ダンジョンなら、せいぜい相手にするのは歩く死体かゴブリンだろ?」
「そうですね。それで新人冒険者はゴブリンの脅威を甘く見て、返り討ちに会うというのが多いようです」
「それさ……本当なの?」
「はい?」
「新人がゴブリンを甘く見てパーティ全滅って、今なら冒険者じゃなくても知ってるし、冒険者なら資格を取るときにしつこく注意される話だよね」
「さっきから何が言いたいんだ? 話が見えねぞ」
ずっと黙ってぼくたちの会話を聞いていた別の冒険者が怒り気味で言った。
「んー、そう言われると確かに……」
言われるまで気が付かなかったが不思議と言えば不思議な感じがする。
「そんなに犠牲者が出ているなら、どうしてベテラン勢を派遣してぶっ潰さねぇの? 仮に訓練用にわざと維持しているのなら犠牲者を出しちゃなんねーし、少なくとも新人だけでダンジョンに入れるのは禁止くらいはすべきじゃねーの?」
「た、確かにそうですね」
「だから! 結論を言えったら!」
また別の冒険者が声を荒げて言った。
「似たような話を聞いたことがあるんだよ。新人だけが消えるダンジョン。そこの魔物もゴブリンだったんだが……」
話をしている冒険者はここで言葉を区切り全員の注目が集まるのを待ってから、静かに口を開く。
「黒幕がいたんだよ。人間の……」
周囲の空気が一瞬にして冷たくなる。
そこから冒険者が語ったのは、人間の醜悪で恐ろしい側面だった。
いや、そんなことを平気でするような奴はもはや人間とは呼べないモノだろう。
そんな内容だった。
~ 帰宅 ~
旅の冒険者たちのクエスト同行を終え、ぼくが家に戻ると玄関先の庭でアンナさんが呆然と立ち尽くしていた。
彼女はぼくの家をボーッと見つめて立っていた。
ぼくの家が燃えていた。
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