第2話 ザック冒険者ギルド

「サマンサさん! ミラクシャが連れてかれたって本当なの!?」


 新人冒険者パーティのクエストから戻ったぼくは、ギルドでミラクシャが官憲に逮捕されたという話を聞き、慌てて商会に戻ってきた。


「連れて行かれたのは本当よ……」

「でも、どうして!?」


 サマンサさんが真っ青な顔で答える。


「ミラが……冒険者のアイテムを横領したって……」

「そんなことするわけないじゃないですか!」

「わかってるわよ!」


 サマンサさんが頭を抱える。


 そうだった。ミラクシャのことはサマンサさんの方が良く知っている。ぼくよりもずっと付き合いは長いんだ。


「どうしてこんなことに……」

「ぼく、お役所に行ってミラクシャの無実を証明してきます!」

「ちょっと、どうやって……」


 バンッ!


 商会の扉が乱暴に開かれて、男たちが次々と入ってくる。見た目から彼らは冒険者らしかった。


「おい! あの泥棒ポーターの雇い主ってのはお前かぁ!?」

「盗賊商会ってわけだ。がはははは!」

「中も貧乏ったらしい作りだな。盗みをやって稼ぐしかねぇわけだ」

「いるのがガキ一人とか、もう商売たたんだら?」


 男たちがサマンサさんに詰め寄ろうとしたので、ぼくはその前に立ち塞がる。


「ちょっと、いきなり入ってきて! あなたたちは誰ですか!」

「ガキは引っ込んでろ!」


 男がぼくを手で押しのけようとする。しかし、ぼくは足腰にかけては大抵の大人には負けない。ぐっと踏みとどまると、逆に男の身体がのけぞった。


「……っと、クソガキ! 何しやがる!」


 何もしてない。


 男は腕を振り上げてぼくを殴ろうとしてきた。


 ガッ!


 ぼくは男の拳をつかんだ。男は拳を引こうとするが腕を動かすことができない。子どものころから、毎日たくさんの水を運んで鍛えた腕力は冒険者にも十分通用するみたいだ。


 バシッ!


 だが人や魔物と戦い続けるプロフェッショナルに通用するのはそこまでだった。次の瞬間にはぼくは男に足を払われて床に転がされてしまった。


 状況を理解する間もなく、誰かに頭を踏みつけられ。全身に何度も蹴りを入れられる。


「ぐぼっ!」


 ぼくの口から血が吐き出された。


 シャーッ。


 剣が抜かれる音がした。


 次の瞬間、ぼくの額に冷たい金属が押し当てられる。


「ちょっと止めて! まだ子どもなのよ!」


 サマンサさんが叫ぶ。だが俺の頭を踏みつける足の力はますます強くなった。


「だが盗人の仲間だろうが」

「お前んとこのドラ猫が、貴重なアイテムをガメたせいでこちとら貴重な新人を三人も失ってんだよ! このクソ共が!」


 ガッ!


 冒険者の一人がぼくのお腹を蹴った。うずくまるとき、額に当てられていた剣の刃で出血する。


「げふっ!」


 吐き出される血と額から流れる血が床に広がっていく。


「やめてぇぇぇ!」

  

 サマンサさんが絶叫する。


 畜生……このままじゃサマンサさんが酷い目に……。


 畜生……ミラクシャを助けなきゃいけないのに……。


 ぼくは何にもできない……。


 ぼくは……弱い……。


 ふと頭を踏みつけていた力が緩まる。


 ぼくが見上げると、男の一人がぼくにツバを吐いていた。


 頭を踏みつけていた男がさらに足を高く上げて、ぼくの頭を踏みつけようとしていた。

 

 ツバがぼくの顔にかかる。


 高く上げられた足が、再びぼくの頭を踏みつけようとしていた。


 その時――


 ドンッ!


 ぼくを踏みつけようとしていた男が吹っ飛んでいった。


「なっ!」


 突然、飛び込んできた黒い塊に男たちが動揺する。


 グキッ!


「ぐぇっ!」


 ぼくは意識が失われそうになるのをこらえて目を開く。すると剣を持っていた男の腕が変な方向に曲がっているのが見えた。


「誰だてめぇ!?」


 一番大柄な男が掴みかかろうとするのを、黒い服の人はサラリとかわして男の顔面に肘鉄を喰らわせる。


「ぬはっ!」


 鼻と歯を折られた大男はたまらず床にしゃがみこむ。


「ちょ、待て……」


 最後に残った男が、近づいてくるメイドに怯えて後ずさる。


 黒服のメイドは男の顔を片手で掴んでギリギリと締め上げる。


「お前たちは、わたしの主人に何をしたのか」


 そう言うとアンナさんは男を壁に叩きつける。打ち付けられた男はそのまま気を失ってしまった。


「アンナさん……すご……い……ね」

 

 疲れ切っていたぼくは最後にアンナさんを褒めたたえた。


「トモヤ様!」


 アンナさんが真っ青な顔でぼくに駆け寄ってくるのを見ながら――


 ぼくは意識を手放した。




 ~ 後日 ~


 サマンサポーター商会は店を閉じた。


 ポーターが盗みを働いたという噂が商売に致命的なダメージを与え、さらに冒険者の襲撃事件がギルドで広まって、誰も商会を利用しなくなってしまったのだ。


 ミラクシャの容疑は晴れないまま、ずっと牢に入れられている。


 ポーターの横領は罪が重い。無実が証明されるか保釈金が支払われないと、このままミラクシャは獄死させられてしまう可能性もあった。


 サマンサさんは獄吏にミラクシャの世話料を支払った後、保釈金を工面するために実家へ戻っていった。実家の政略結婚と引き換えにお金を融通してもらうつもりらしい。辛い話だった。


 ぼくも失業した。


 個人でポーターを続けようと頑張っては見たのだけど、元サマンサ商会だとわかると冒険者たちは契約してくれなかった。なじみの冒険者たちも、ぼくを避けるようになっていた。


 一番のお得意様だった冒険者さえぼくと契約するのを断った。だけど、その人はこっそりと事情を教えてくれた。


「元サマンサ商会で働いていたポーターは使うなってギルドから圧力が掛かってるんだよ。お前にはさんざん世話になっておいて悪いとは思うけど、俺たちもギルドに逆らって喰いっぱぐれるわけにはいかねぇんだ。ほんと済まねぇ」


 そういうわけで、最近は仕事ならなんでも、わずかな報酬でもなんでも、仕事があれば引き受けて日々をしのいている。


「トモヤ様の食い扶持はわたくしが稼ぎますから!」 

 

 アンナさんが、そう言ってくれるのは嬉しいけれど、だからと言って将来への不安が消えることはなかった。


 何といってもミラクシャを牢から出すにはお金が必要なのだ。もちろん無罪が証明されれば済む話ではあるけれど。それも今は手がかりひとつない。


「アンナさんの気持ちはすっごく嬉しいよ。でもぼくはミラクシャのためにお金を稼がなきゃならないし、それに……」


 今のぼくの一番の願い……


「もう一度サマンサポーター商会を立ち上げたいんだ!」

 

「トモヤ様! 素晴らしい!」


 アンナさんが突然抱き付いてきて、ぼくの顔に頬ずりをし始める。襲撃事件以降、アンナさんのぼくに対する接触が過激になってきている。


 まぁ、あの怪我から意識が回復したとき、最初に見たアンナさんの表情を思えば、ぼくのことを相当心配していてくれたことは想像に難くない。


 なので、ぼくは限度ギリギリまではアンナさんのしたいようにさせている。


「スーハ―、スーハー、あぁ、トモヤ様はなんて良い香りがするのでしょう」


 アンナさんがぼくの体のあちこちに顔を押し付けながらそんなことを言い始めた。

 

 だんだんと行動が怪しくなってくる。


「ここに何か固いものが……」

「ちょー---と待ってぇぇぇ!」


 ぼくの下半身に伸び掛けていたアンナさんの手が止まる。


「そ、そういえば、アンナさんってすごく強いよね! ど、どうしてかなー!」


「いえ、それほどでもありません」


 褒められて嬉しいのか、アンナさんの頬がポッと紅く染まる。


「知りたいなぁ! どうしてそんなに強くなったのか! アンナさんのこと知りたいなー!」


 ぼくは何とかアンナさんの行動を変えようと必死に話題を振った。


「そうですか……それほどまでにわたくしのことをお知りになりたいというのであれば……」


 アンナさんは居住まいを正して、ぼくにとつとつと語り始めた。




~ アンナの物語 ~


「わたくしは、ここから遥か西の国で生まれました……」


 アンナさんはゴーラ聖宗国という遠い異国の侯爵家令嬢だったらしい。幼い頃はやんちゃばかりで手が付けられない子どもだったそうだが、教育係として雇い入れたメイドによって彼女の振る舞いは一変する。


「父がわたくしの教育のためにと付けたメイドは、国で最強と称えられていた第一突撃メイド部隊の元隊長だったのです」


「は? はぁ……」


 外国には変わった部隊もあるものだ。そのメイドは、アンナさんをいっさい甘やかすことなく厳しく育てあげた。そのおかげで彼女が15歳の成人式を迎えるころには……


「部隊直伝のメイド神拳をマスターしました。そして師匠に卒業試験として与えられた試練がメイド神拳によるグレイベア討伐だったのです」


 グレイベア……ぼくは聞いたことがなかったが、アンナさんによると「とっても大きな熊」だそうだ。


 そしてアンナさんはメイド神拳によって見事グレイベアを討ち取ることができた。


「当時のわたしはまだ若かった……」


 アンナさんが遠い目をする。


 いや今も若いですよね?


「もっと強くなりたいと思ったわたくしは武者修行の度に出るべく、第一王子との婚約話を妹に押し付けて王都へ送り出した後、出奔しゅっぽんしたのです」


 その後、強い敵を求めて戦いの日々を送るアンナさんはついに別大陸にまで渡ってしまう。そこで彼女は最悪の敵と遭遇してしまった。


「それは妖異と呼ばれるモノでした」


 妖異は魔物とも人とも違う、この世の理から離れた存在だ。ぼく自身は出会ったことはないけれど、冒険者たちが夜更けに焚火の前で語る怖い話のなかでは何度も聞いたことがある。


「ショゴタンと呼ばれる怪物には、わたくしのメイド神拳は一切通じなかったのです。ついにわたくしは怖くなって逃げだしてしまいました」


 アンナさんの左目はその時の戦いで負傷したものだった。そのときのことを思い出すと今でも口惜しいとばかりに彼女は歯を食いしばる。


「もっと強くならなければ奴には勝てない! そう思ったわたくしは人が決して入ってくることのない山の奥深くで、ひたすら修行の日々を送りました!」


 そこから凄まじい修行の話が続くのだが、その内容はぼくの想像を遙かに超えるものだった。


「人恋しさに何度も山を降りようという誘惑にかられたわたくしは、その未練を断ち切るために片方の眉毛を剃り落としもしました」


 そんな修行三昧の日々を送るアンナさんに、ある日、奇跡が訪れる。


「天使が……わたくしの頭上に現れたのです……」


 大丈夫かこの人?


 ぼくは色んな意味で怖くなった。




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