第41話 対峙する三つの因縁




「し、死神セティだぁぁぁ!」


「殺せぇぇぇ、ぎゃああぁぁぁぁ!」


「つ、強い! 強すぎるゥゥゥ、うぐあぁっ!」


 王城に潜入した僕は、見張りの暗殺者アサシン達を容赦なく斬首して葬り去る。

 騒ぎに駆けつけた他の暗殺者アサシンも向かって来るが、僕の相手ではない。


 思った通り、この城にいる連中は低レベルの雑魚ばかりだ。

 わざわざ《生体強化バイオブースト》するまでもなく、素の状態でも十分に戦える。


 僕は暗殺者アサシン達の大半を屠り謁見の間へと入った。

 謁見の間にいるとされる、ロカッタ国王とムハランド公爵の重鎮達を助けるためだ。


 案の上、この室内にも5人ほどの暗殺者アサシン達は待機している。

 その中にアルタと行動を共にしている、ポンプルという小人妖精リトルフ族もいた。


「お前達、みんな組織ハデスだな? 大人しく国王と近臣達を解放しろ。言っとくが僕に人質は無意味だからな」


 返り血塗れの僕は短剣ダガーの刃をポンプル達に向ける。

 奴らは壁際でロカッタ国王と重鎮達を取り囲む形で、身を寄せ合うように震えていた。


「ひぃぃぃい! 死神セティ!? ヤバイっす! アルタの兄貴ィ、早くぅ、早くぅ来てくださいっすぅぅぅ!」


 ポンプルは悲鳴を上げ両手に抱えている黒い物体を宙に放り投げた。

 物体は両翼を羽ばたかせ、開かれた天窓から脱出して空へと飛んで行く。


「……あれは密偵鴉? アルタに報告しに行ったのか……まぁ好都合だな。今頃、僕の仲間が地下の牢屋に閉じ込められているイライザ王妃を救出することだろう。お前達の乗っ取り計画は失敗だ。大人しく国王達を解放しろ」


「解放したら、ボク達の命は助けてくれるんっすか?」


 ポンプルが大きな瞳を潤ませながら聞いてくる。

 小人妖精リトルフ族だけあり、低身長の可愛らしい少年のような容姿だ。

 どうせ実年齢は僕より一回りも上だろう。


「駄目だ。ハデスの暗殺者アサシンは誰だろうと全員殺す。僕はそう決めているからな」


「ひぃぃぃい! 無理じゃないっすか!? どっち道、速攻でキルされちまうじゃないっすか!? んなの大人しくできねぇっす! ちょっとは交渉してくださいっすよぉぉぉぉ!」


「お前達を生かして、この世界に一体なんのメリットがある? お前達が組織ハデスから抜け出すっていうのなら、僕の標的から外れる。それだけだ……」


「つまり、ボクが組織ハデスから抜ければ、殺されなくて済むってことっすか?」


「そういうことになる。但し、これだけ騒ぎを起こしたんだ。その責任は国家法律に基づいて裁きを受けてもらう。どうせ極刑だろうがな」


「アホっすか!? どう転んでも死しか待ってないっす! 無駄な抵抗続けた方がマシっす!」


「じゃあ死んでくれ。一瞬で終わらせてやる」


 僕は両手に短剣ダガーを逆手で握り締め、じりじりと距離を詰めて行く。


 ポンプルと暗殺者アサシン達は「ひぃ!」と喉を鳴らし、より縮こまり怯えて出した。


「く、来るなっすぅ! アルタの兄貴ィィイ! 早く来てぇぇぇ! 小悪党の癖にヒーロー並みに遅いっす! そういう、じらし展開はいらないっすよぉぉぉ! 兄貴ィィィィ!!!」


「――うっせーな! 小悪党じゃねぇ! 超極悪党だっつーの!」


 背後から男の声が響く。


 僕は視線を向けると、開かれた入り口の前でアルタが単独で立っていた。

 他の仲間はいないようだ。


 思いの外、到着が早すぎる。


「……アルタ。一人か? 確か50人くらい部下を引き連れている筈だが?」


「死神セティ……会いたかったぜ。部下達は置いてきた。つーか、あの連中じゃ誰も俺の脚力についてこれねーからな。所詮は低レベルの暗殺者アサシン共だ」


暗殺者アサシンが部下? アルタ……本当にアルタなのか?」


 僕はポンプル達を無視し、アルタの方を振り向き凝視する。

 姿形こそアルタだが、何かが違う。

 禍々しい巨大な邪気が奴の身体を覆っているように感じた。


 この雰囲気……まるで――


「モルスみたいだ。そう言いたいのだろ、セティよ」


 アルタの口調が変わる。

 声は本人のままだが、明らかに異なる人格だ。


「お、お前は……モルス? ボスなのか!? どういうことだ!? アルタがモルスだっていうのか!?」


「そういえば、お前は俺の正体を知らなかったな。わざわざ丁寧に教える必要もない。セティよ、どうせお前は俺のモノになるんだからな……だが親切に説明すれば、今の俺は半がアルタありモルスってところだな」


「なんだって? 憑りついているってのか? 何なんだ、あんたは!?」


「知る必要はねぇよ! セティ! テメェは殺す! この俺が直々にブチ殺す!」


 再びアルタの口調で叫び、腰元の鞘から『魔剣アンサラー』を抜いた。


 刹那だ。



 ――ザッ!



 アルタは踏み込み、瞬く間に僕との距離を縮めた。

 高速に魔剣を横薙ぎに振り払ったのだ。


「くっ!?」


 僕はすかさず後退するも、鋭利な尖端の刃が喉元に触れてしまう。

 微かだが滲むような熱い痛みを感じた。

 つぅと僅かに血が滴り落ちている。


 危なかった。


 てか、こいつ……以前より断然速い。

 まるで別人のような動きだ。


「いい表情だな、セティ? 意表突かれましたって顔だぜぇ? 確かにテメェは強ぇ。だが強すぎるが故に敵を軽んじるところがある……そこが弱点でもあるってな。テメェの育ての親であるモルスはそう言ってるぜ~」


 アルタはニヤつきながら言い放つ。

 

 僕は軽く舌打ちをして見せた。

 

「意表を突かれたのは認めるよ。けど、この程度の掠り傷でドヤ顔されてもね……」


「わかってねぇな……テメェ。今のが全力なわけねぇだろうが――セティよ、本気を出さなければ、アルタは斃せんぞ」


 急にモルスの口調となる。

 不気味すぎて調子が狂いそうになる。


「ボス、あんた何を企んでいる? どうしてアルタを巻き込んだ?」


「この展開はアルタ本人が望んだことだ。俺は契約に基づき手助けをしているまでのこと……それにこやつとは目的が共通しているからな」


「目的だと?」


「――お前だよ、セティ。アルタはお前の命を欲している。そして俺はお前の肉体を欲している」


「ぼ、僕の肉体? どういう意味だ?」


「お前の肉体は、俺が丹精を込めて鍛え上げ完成させた最高の芸術品だ。だから返してもらう」


「……意味がわからないんだけど?」


「知る必要はないと言っている。今日、お前はここで死ぬからだ、セティ」


 モルスが言うと、奴の背後から暗殺者アサシン達がぞろそろと現れる。

 その数は50人ほど。どうやら置いて来た部下達が追いついてきたようだ。


「よし、テメェら! 死神セティを殺せぇ! 殺した奴には100億Gをくれてやるぅ! さらに最高幹部の地位を保証するぜぇ!」


 アルタの口調に戻り、『魔剣アンサラー』を掲げて指示を下してきた。


「おおぉぉぉぉぉぉぉ! 死神セティを殺せぇぇぇぇぇ!!!」


組織ハデスのために、裏切り者を始末しろぉぉぉぉ!!!」


「全員で100億Gを山分けだぁ! 最高幹部だぁ、ヒャハハハハハ!!!」


 暗殺者アサシン達は敵意と欲望を剥き出しに喊声かんせいを上げる。

各々の武器を手にし、僕に向けて一斉に襲い掛かってきた。

 さっきの連中と違って、随分と威勢のいい連中ばかりだ。


「死神セティ! 言っておくが、そいつらはボスである俺様達モルスといることで、高揚し潜在能力を引き出すことができる! 普通の雑魚とは一味違うぜぇぇぇ!」


 アルタは自信満々に言い切る。

 早い話、モルスが一緒にいることで低級暗殺者アサシンのレベルが一時的に増強化ブーストされるのだろう。 


 しかし、どにらにせよ。


「――関係ない。お前らじゃ1000人いても不可能だ」


 僕は疾走しながら、両手に持つ短剣ダガーを縦横無尽に振るう。


 それはまるで巨大な竜巻きの如く、あらゆる者を吞み込んでいった。

 暗殺者アサシン達の頭部が幾つも宙を踊り、次々と床に落下していく。


「う、動くなァ、死神ィ! こっちには人質がいるんだぞ――ぎゃぁぁぁ!」


「関係ないと言っている」


 ロカッタ国王達を取り囲んでいた暗殺者アサシン達が、国王に刃を向けようとした瞬間、僕は既に連中の背後に回り首を刎ねていた。


 その死神が放つ大鎌を目の当たりにし、ロカッタ国王と重鎮達は絶句している。

 ドン引きされてしまったが、下手に騒がれるよりはマシかと思い開き直った。


 だが、さっきまでいた筈のポンプルが見られない。

 気づけば奴は、アルタの傍にいる。


「お漏らしのポンプルよ、貴様の役目は終わった。解放してやるから、パシャの下へ戻るがいい」


「ええ? アルタの兄貴ぃ、姐さん生きているんっすか!? てか『お漏らしポンプル』って通り名だけはやめてくれっす!」


「駄目だ、それにとぼけるなよ。今はモルスとして喋っている。ここで貴様が死ねば、パシャが後々うるさい。貴様ら・ ・ ・四柱地獄フォース・ヘルズ』は団結してもらわなければ困る……組織ハデスのためにもな」


「……わかったっす、ボス。それじゃっす!」


 戦闘中の僕は奴らが何を話しているのかわからないが、不意にポンプルは一人で駆け出し謁見の間から抜け出して行く。

 小人妖精リトルフ族はすばしっこくて瞬足だ。

 仕方ない、奴は見逃すしかないと判断する。


 それよりも――。


「た、助けてぇ、ボスゥ! ギャァァァァァ……!」


 僕は最後の暗殺者アサシンの首を掻き斬り鮮血と共に飛び散らせた。


 血飛沫と共に、天井からも赤い雫が幾つも滴り落ちている。

 真っ白で清潔感溢れる謁見の間が、今では暗殺者アサシン達の残骸で血の海と化していた。


 そんな常軌を逸している空間で、僕とアルタは対峙する。


「残るはお前だけだ、アルタ!」


「死神セティ! 今日でテメェとの因縁を終わらせてやるぜぇぇぇ!!!」




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