第42話 偽物同士、最後の戦い




 そいつは嘗て勇者と呼ばれ、神聖国グラーテカの王子だった。

 美しき人の婚約者達にも囲まれ、とても輝かしく華やか人生を歩めた筈だ。


 しかし実力が伴わず、本人も努力することを怠っていた。

 所詮は世襲の忖度だと周囲から軽んじられ、婚約者達からも見限られていた。


 だけどアルタは僕に全てを狂わされたと思っている。


 確かに身代わりとしてバレないよう配慮したつもりが、実は女子達に偽物だと気づかれてしまっていた事は、プロの暗殺者アサシンとして完全なミスだと認めよう。


 けどそもそもだ。

 アルタが怠け心で僕を雇わなければ……勇者として努力し周囲と向き合ってさえいれば……。

 今も勇者でいられた筈だし、きっと婚約者達にも見限られず次期国王として称えられたと思う。


 それを逆恨みして、ボスのモルスに肉体を預け……自分の父親まで殺めた。

 外道として完全に墜ちてしまった、元勇者。


 だからアルタ……僕はお前に詫びることはしない。

 お前の偽りの強さを完全に否定する。



 ――死神セティとして!



「《生体機能増幅強化バイオブースト》発動――リミッター解除ッ!!!」


 僕はこれで最後と言わんばかりに本気モードになる。

 全身に古代魔法の呪文語が、赤い輝きを発する刺青タトゥーとして羅列され浮き出された。

 双眸の瞳孔が赤い光を宿すと同時に、攻撃的な衝迫に感情が染められ支配される。


「――アルタ、お前を殺す!」


 変貌したオレ・ ・はキル宣言した。


 しかしアルタは臆することなく不敵に微笑む。


「いいねぇ……セティ! 全力となったテメェを殺すことで、ようやく俺は本物・ ・になれるんだ! 勇者として、そして国王としてもな! そうすりゃテメェから女共を取り戻し、死ぬまで犯し続けてやるぜぇ、ギャーハハハハハッ!!!」


「臭い息して喋るな、鬱陶しい」


 オレは神速に移動し、アルタの背後を取った。


「は、速ぇ――だが読める!」


 アルタは魔剣を横薙ぎに一刀する。

 すると剣閃は異様な角度に軌道を変え、真後ろにいるオレの首へと襲ってきた。

 『魔剣アンサラー』が持つ追撃能力だ。



 ギィィィィン!



 前回のように素手で受け止めるのは不可能だと判断し、両手の短剣ダガーを交差させ斬撃を受け止める。


 弾かれた筈の魔剣は、さらに軌道を変え二撃三撃と連続攻撃を放ってきた。


「チィッ! しつこい!」


 オレは難なく反応し、悉く二刀の短剣ダガーで弾き返していく。


「ボディがガラ空きだぞ、セティ!」


 アルタは前蹴りを放ち、オレの腹部にヒットした。

 蹴りなら一発くらい食らっても問題がないと思ったが、何故か鋭い痛みと衝撃が走る。


「ぐふっ! お、お前……ブーツに何か仕込んでいるのか!?」


 オレはよろめき後方へと下がった。

 アルタが放ったブーツの先端に鋭利な刃が仕込まれていたのだ。


 もろに食らってしまった……腹部の傷口から血が溢れ出てしまっている。


「流石の貴様でも今の攻撃は読めなかったようだな、セティよ。敵を軽んじるのが貴様の欠点だと伝えた筈だがな……」


 アルタじゃない、モルスが言ってきた。


 そうか……今の蹴りはモルスが放ったのか。

 アルタの殺意に紛れる形での攻撃。

 だから一瞬、反応が遅れて食らってしまったようだ。


 一対一の対決に見えるが、実は二人を相手にしているようなもの。


「……ったく、相変わらず器用な真似を」


「ギャハハハ! やったぜぇ! セティ、ついにテメェに一撃を食らわせてやった! どうだ、痛いか!? めっちゃ血が出てんぞぉ! ざまぁぁぁ!」


 アルタがイキっている隙に、オレは腹部の損傷部分を意識して止血を試みる。

 しかし《生体機能増幅強化バイオブースト》で痛みは消失するも、傷口は一向に塞がらない。

 血がどんどん溢れ流れている。


「なんだ……可笑しいぞ。どうして傷が塞がらない?」


「せティよ。言っておくがこのブーツの刃には、強力な禁忌魔法が施されている。回復系魔法を持っても傷口が塞がらない呪術だ。自慢の《生体機能増幅強化バイオブースト》だろうと不可能。そのまま血液は延々と流れ、やがて出血死するだろう」


「干からびちまえ、バーカ!」


 スィッチが切り替わるように、モルスとアルタが表情を変えながら言葉を吐き捨てる。

 その様は一人芝居のようで滑稽だが、今の心境じゃちっとも笑えない。

 精神が病んでいるようで不気味なだけだ。


「やれやれ……この程度で、いちいち勝ち誇るなよ。呪術ならば術者を殺せば呪いが解かれるってルールだろ? 出血死する前に、お前らを殺してやるよ」


「余裕ぶってんじゃねぇよ! この偽物野郎がぁぁぁぁ!!!」


 アルタは『魔剣アンサラー』を連続して振り払う。

 風を斬る轟音と共に飛燕する複数の刃。


 それは魔剣で直接斬りつけるための攻撃でなかった。

 妖しい魔力を宿した、「真空の刃」による斬撃だ。


「チィッ!」


 オレは短剣ダガーで「真空の刃」を弾き、後方へと下がった。

 追撃能力もあるので、残りの刃が千変万化に踊り回避する方向へと追随してくる。


「厄介だな! 悪趣味だが仕方ない!」


 オレは床に転がっている暗殺者アサシン達の亡骸を蹴り上げ軌道上に壁を作った。

 そこに「真空刃」が接触し斬り刻んでいく。


 瞬時に底から離れ全て躱しきるが、つい奴との距離が置かれてしまう。

 また激しい動きと時間が経つにつれ、腹部から大量の血が流れていることに気づく。


 まずいな……このまま血を失ってしまうと、本当に出血死してしまう。

 いくら《生体機能増幅強化バイオブースト》でも失った血液の回復はできない。


(もって1分くらいか……まるで死へのカウントダウンだな)


 オレはそう判断した。

 絶対に口には出さないが地味にピンチのようだ。

 まさかアルタ相手にそう思うとは……。


「オラァ! どうしたぁ、セティ!? 俺を殺すんじゃねぇのか!? 死神さんよぉ!」


「別に……《生体機能増幅強化バイオブースト》モードになると血の気が多くなる。だから多少血を失った方が頭も冷えて冷静になれるから感謝するよ」


「強がるな、セティ。その出血量だ、もうじき死ぬぞ。全ての血液を失うまで、残り50秒。その前に動けなくなるまで、せいぜい30秒ほどか?」


 クソォ……向こうにはモルスっていう参謀役がいる分、虚勢による心理戦は使えない。

 全て見透かされてしまっている。


 ならば仕方ない。


 オレは肩の力を抜き「ふぅ……」と溜息を吐いた。


「実を言うとかなりピンチだ。スキルで痛みは消せても出血は止められない。モルス、あんたが言う通り、もうじき出血多量で動けなくなるだろう……正直、本気モードでこれほどまで窮地に立たされたのは久しぶりだ。魔王ガルヴァロンと戦った時以上に苦戦している」


「だろ? 見たか、俺の実力を! 認めろ、セティ! 俺は強い! 強くなったんだ! もう誰にも馬鹿にされない! 女共にも見くびられない! 俺様こそが本物であり最強の一番だぁ!! 一番なんだよぉぉぉ!!!」


「ああ。そうだな、アルタ……正直、オレはお前を見くびっていたよ。温室育ちの王子様だと思って、その覚悟を甘く見ていた……そこは素直に認め詫びよう」


「ハハハハハ! そうか! ついに認めたか! このぅ偽物がぁ、ざまぁ! 俺を見捨てた女共にも聞かせてやりたがったぜぇぇぇ! 安心しな、無様に死んでいくテメェの代わりに、たっぷりと女共を可愛がり死ぬまで犯してやんよぉぉぉ! カリナもフィアラもミーリもマニーサも俺のモノだぁぁぁ!! 四人とも俺の女だぁぁぁぁ!!!」


 アルタは醜悪に顔を歪ませ喜悦する。

 

 だがオレは生きるのを諦めたわけじゃない。

 逆手に握る両手の短剣ダガーを翳し身構えた。


「お前に彼女達を渡さない――みんなはオレが守る! アルタ、今からオレは全身全霊を懸けて、お前が得たモルス強さを否定する!」


「んな出血量で何ができる!? もうじき30秒だ! 命乞いしろ! 俺様にひれ伏せぇ! ギャーハハハハハハハッ!!!」


「アルタよ、お前を仕留めるのに1秒……いや、0.5秒あれば十分だ」


 オレの全身に描かれた呪文語の刺青タトゥーが眩い光輝を放ち全身を包む。

 視界を奪うほどの鮮烈な赤き閃光。


「な、なんだ! クソオォッ、眩しいぞ!?」


(まさか、セティめ! あの出血量で全身のリミッターを解除するつもりか!? いかん、アルタ! なんでもいいから攻撃を仕掛けろ! セティが『時』を止める!)


「時だと!? セティは時間を止められるってのか!?」


 問われたオレは首を横に振るう。


「正確には違う……全リミッターを解除することで、オレは瞬きほどの間だけ音速を超え光速以上の存在、『超神速』となる。この全身に刻まれた刺青タトゥーは、その際に発生する摩擦など物理の法則を無効化するための呪文語ルーンであり、この肉体が魔導書のような役割を担っているんだ」


「クソォッ! セティ! テメェ、とっとと死にやがれぇぇぇ!」


 アルタは床を蹴り、『魔剣アンサラー』を構えて斬り掛かった。

 目標さえ捉えれば、魔剣の追撃能力は発動される。


 オレは小刻みに身を震わせ、力を最高潮に滾らせていく。

 

 全てはこの刹那に懸けるため!


「アルタァァァァア! おおおおおぉぉぉ――――……」


 凄烈な気鋭の雄叫びと共に、オレは臨界まで高めた力を解放した。


 ――光速を超え『超神速』となる。


 モルスが言った通り刹那の瞬間のみ、オレ以外の世界が停止した。



 静寂



 ずっと隅の方で傍観していた、ロカッタ国王と重鎮達の誰もが息を呑んでいる。

 そして誰もが自分の目を疑っていた。


 激戦の先には魔剣を振るい下した姿勢で立つ、アルタしかいなかったからだ――。




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