第40話 元勇者アルタの誤算




 アルタ達が王城を出から間もなくして、メルサナ神殿に到着した。


 玄関先で応対しようとする神官達を強引に跳ね除け、そのまま神殿に乗り込んで行く。

 問い詰めた神官から「教皇様は礼拝堂で祈りを捧げている最中」だと聞き、急ぎ足で向かう。


 礼拝堂の扉を開けると、そこに純白の祭服を纏った一人の女性が立っている。


 教皇のレイラだ。

 彼女はフィアラの母親だけあり、長い銀色髪を靡かせた美しい清楚な雰囲気を纏わせた淑女である。


 レイラはアルタに向けて丁寧に一礼して見せた。


「これはアルタ殿下、お久しぶりです」


「よぉ、レイラおばちゃん、おひさ~。相変わらずの美魔女ぶりだなぁ。んなことより早速だが親父から預かっている『玉璽ぎょくじ』を渡してくり~」


「わかりました。こちらに用意しております」


 デリケートな年頃のレイラは「おばちゃん」呼ばわりされるも、あくまで無表情である。

 祭壇に置かれている、手の平サイズの四角い箱を取って差し出してきた。


 アルタはその場で蓋を開けると、間違いなく国王の『玉璽ぎょくじ』が入っている。

 だが本物であると確認したにもかかわらず眉を顰めていた。


「……随分、あっさりと無抵抗だな? 何を企んでいる?」


 アルタは勘繰り、レイラを凝視する。


「別に……私達、聖母メルサナに仕える者は信仰さえ守られれば、誰が当主だろうと関係ありませんので」


「そういうドライな考え方は大好きだが……けどアンタ、堅物娘フィアラの母親だけに、普段はそんなタイプじゃねぇだろ?」


「無益な血を流させないためです。背後の方々は暗殺者アサシンですよね?」


「なるほど……大切な神官達を守るためか。まぁ、『玉璽ぎょくじ』さえ手に入れれば文句はねぇ……これで俺は、グラーテカの王だ! 見たか、俺を見限った女共めぇ! ついに返り咲いてやったぞ、フハハハハハハ!」


 アルタは喜悦する。

 自分から離れて行った四人の婚約者達を思い浮かべていた。

 一時期、物乞いまで成り下がった男が、神聖国グラーテカの国王になる一歩手前まで来ている。そんな自分の悪運に酔いしれていた。


 その時だ。


 一羽の鴉こと、『密偵鴉』が部屋の窓から入って来る。


『カァーッ! ボス、お漏らしポンプルからの伝言デス――たった今、王城が奪還されてしまったっす! 至急お戻りくださいっす、とのこと! 首謀者は「死神セティ」と仲間達、カァーッ!』


「なぁにぃぃぃぃぃ!?」


 アルタは高揚した気分が一転して、声を荒げるほど驚愕した。





**********



 1日前まで遡る。


 僕ことセティは、アルタ絡みで神聖国グラーテカの不穏な動きを察知し、みんなを引き連れて急いで向かっていた。


 移動中、魔法で構成された《言霊の鳩ラグ・ピジョン》が降りてきて、僕達に王城で起こったことがリアルタイムに伝えられた。

 その魔法鳩は、マニーサの父親「大賢者マギラス」が放った術だった。


 なんでも王城の懐刀である貴族、ムランド公爵から《高度思念魔法ハイテレパシー》で助けを求める要請があったとのことだ。

 実はムランド公爵も若い頃は魔導師として活躍しており、マギラスと競いあっていた旧知の仲であったらしい。


 情報によると、既にアルタは100人の暗殺者アサシンを配下につけ、王城は完全に制圧されてしまう。

 さらにイライザ王女は牢獄に入れられ、ロカッタ国王は王位継承の調印式に必要なため、傍に置かれているとのことだ。


「父の話によると、ムランド公爵の時間稼ぎの策が功を奏して、アルタが『玉璽ぎょくじ』を手に入れるまで状況は停滞しているみたいね……けど、もう時間の問題かもしれないわ」


 移動中、馬車の中でマニーサが懸念した様子を見せる。


「……だろうな。暗殺者アサシン達の移動力を考えても、きっと明日にはアルロス元国王が連れて来られる筈だ。僕達が到着するまで、いいところギリギリか……イライザ王妃が首を刎ねられたら、アルタの思い通りになってしまう」


「ですが、セティさん。アルタが欲する『玉璽ぎょくじ』は、アルロス様はお持ちではございません。あの方が退位される際わたしの母レイラが預かり、今はメルサナ神殿で保管されている筈です」


「本当かい、フィアラ?」


 僕の問いに、彼女は「はい」と聖女らしく柔らかく微笑む。


「ということは、仮にアルタがアルロス元陛下と謁見できたとしても、まだ多少は時間が稼げそうですな、セティ殿」


「カリナの言う通りだ。このまま王城に乗り込もう! イライザ王妃を救出して、僕がアルタと決着をつける!」


 ここまでやらかしている以上、もう容赦なくアルタを屠ることになるだろう。

 しかし、どうして奴は突然暗殺者アサシン達を従えるようになったんだ?

 アルタに従っている連中は、間違いなく暗殺組織ハデスに属している筈。

 だとしたら、ボスのモルスが絡んでいることは間違いない。


 以前アルタと再会した時も、モルスの影がチラついていた。

 きっと僕を殺すために接触したのだろう。

 逆恨みにせよ、最も僕に憎しみを抱き因縁深い相手だけに……。


「それでセティ、乗り込んだ時の作戦はどうするの?」


 馬車の手綱を握る僕の隣で、ミーリエルは首を傾げている。


「まずは状況を見た方がいいかな。優先するべきはイライザ王妃の救出だからね。いざとなったら、僕がアルタと暗殺者アサシン達を引き付けるから、みんなで王妃を救出してほしい」


「あたしはセティと一緒に戦うよぉ。後方支援は必要でしょ?」


「こら、ミーリ! 抜け駆けをするな! セティ殿の背中は騎士として、私が守ると決まっている!」


 カリナは力説しているけど、いつ決まったんだよ?


「いえ、ここはやっぱり回復系ヒーラーのわたしが適任でしょう、ね? セティさん」


 フィアラまで自分アピールをしてくる。

 多少の傷なら自己修復できるんだけどな……。


「まったくわかってないわね……万能な魔法の方が多方面から援護しやすいのに決まっているじゃない。セティ君の背中は貴女達には渡さないわ!」


「「「はぁ?」」」


 マニーサの断言に、三人の美少女達は額に青筋を立て瞳孔が開いている。

 なんか殺意が込められているような気がするんですけど。

 ちょ、ちょっと、馬車の中で揉めるのやめてくれない? 移動中だよ?


「セティお兄ちゃん。王妃様を守るためなら、ヒナも戦えるよぉ。拳銃ハンドガンも上達したからねぇ」


 ヒナは腰のホルスターに収納されている武器に手を振れながら、愛くるしい笑みを浮かべている。

 確かにかなり腕を上げているけど……。


「ヒナはシャバゾウと留守番してほしい。このキッチンワゴンを守るためにね……僕達の大切な場所だから頼むよ」


「うん、わかったぁ!」


 ヒナの曇りのない屈託な笑顔で緊迫していた場が和む。

 どれだけ戦う技術を磨いても、この子にまだ早すぎる。

 

 いや、違うな……こういう子が戦わなくても良い時代を造りたい。


 その為なら、僕はいくらでも『死神セティ』となろう。





 次の日、僕達は神聖国グラーテカに到着した。


 自国の有力者達の娘である、フィアラとマニーサのおかげで検問は内密で通ることができた。

 可能な限り、アルタに察知されないようするためだ。


 僕達が入国したと同時に、そのアルタが50人の配下達を引き連れて王城から離れていることを知る。

 フィアラが言った通り、『玉璽ぎょくじ』を手に入れるためメルサナ神殿に向かっているとのことだ。


「チャンスだな。今の内に王城に奇襲を仕掛けよう! マニーサ、魔法でフィアラのお母さんとコンタクトを取って、抵抗せず『玉璽ぎょくじ』をアルタに渡すよう伝えてもれっていいかい?」


「わかったわ、セティ君!」


「50人くらいの暗殺者アサシン程度なら、僕一人で十分だ。話に聞くところ、アルタは幹部達までは従えてないようだからね。みんなは予定通りイライザ王妃の救出を頼むよ」


「「「「はい!」」」」


 カリナ、フィアラ、ミーリエル、マニーサの四人は力強く頷いてくれる。

 普段は癖のある女子達だが、一致団結したら美しき最強のパーティだ。



 それから《隠密スキル》を発動し、単身で王城へと潜入した。

 まずは僕が内部で騒ぎを起こし、その隙に彼女達が王妃の救出に向かう手筈である。


 潜入したと同時に、アルロス元国王が息子のアルタに討ち取られたことを耳にした。


 実の親を躊躇なく手に掛けるなんて……そこまで落ちぶれてしまったのか?


 アルタ、お前はやりすぎた。

 ここで決着をつけてやる!


 身を潜めながら頑なに決意した。




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